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第八章 胎動

3 非業の子ら

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《おいおい。だったら、どーするってえのよ》

 割って入ったのはガイアだった。
 「黙りなさい」と言わんばかりの凄まじい目で、またフリーダが睨みつけている。が、彼は柳に風とばかりに受け流すだけだ。

《あいつらを倒さねえことにゃあ、『創世神』を倒したことにはなんねえんだよなあ? これといった弱点も見当たらねえんじゃ、とっかかりも見つからねえぞ》
《……確かに》
《『確かに』じゃねーっての。どうなさるってえんですかい? 
《……いや。その呼び方はご勘弁ください》
 たまらず言ったら、ガイアはさも楽しげにニタニタ笑った。
《ふっはは。その顔、その顔。その顔が見たかったんだよなあ》
《こら、いい加減にしろ。ふざけている時間はないぞ》
 隣からそれを制したのはデュカリスだ。
《申し訳ありません。公式の場では、以前通りの態度は控えよと申しているのですが──》
《いえ、構いません。そこは是非、以前どおりでお願いしたい》
《ほーら。本人がそう言ってんだから、いいじゃねえかよ》
 ガイアがぐいとデュカリスを押しのけて前に出てきた。

《んで? なんか秘策はねえのかよ、秘策は。お前、ドラゴンどもとも話ができんだろ? あいつら、なんかヒントとかくれねえのか?》
《ヒント……ですか》

 俺は再び、考え込んだ。

《おーい。ちょっと、しゃべっていい?》
 割り込んできたのは、ガッシュだった。
《ああ。なんだ?》
《おじいちゃんが言ってるんだけどさー。なんか、その『マリア』ってやつ、ヒュウガたちと似てるとこがあるみてえよー?》
《何だって? どういう意味だ》

 周囲の皆も、驚いたように目を見合わせている。

《だから、なんかさー。ヒュウガたちにはもともと、居た世界があるんだろー? そっちから来る奴が、こっちで魔王やら勇者やらになるんだったよなあ?》
《ああ、そうだな》
《なんか、おじいちゃんが言うにはさー。その、タマシイっての? その色みてえなもんが、マリアたちとヒュウガたち、どこか似てるんだってよー》
《…………》

 あの、マリアが。
 俺や真野や、ミサキたちに似ているだと──?

《それにさあ。おじいちゃん、あいつらのことをよく、『ヒゴウの子ら』って呼ぶんだー。なあヒュウガ、ヒゴウって何?》
《ああ、……うん》

 ヒゴウ。それはもしかすると「非業」だろうか。
 伝説のドラゴンが、マリアを「非業の子ら」と呼称していると……?
 俺が大体の言葉の意味を説明すると、ガッシュは分かったような分からないような声で「ふーん」と言った。

《だったら、もしかするとー。あのマリアってやつらも、ヒュウガがいた世界となんか関係があるのかも知んねえよなあ? そうじゃね?》
《……なるほどな》
 答えたのは、マルコの顔をした真野だった。
《真野? 何か心当たりでもあるのか》
《あー、うーん……。ま、はっきり言えることじゃないんだけどさあ》
 真野はやや困ったような顔で、後頭部をちょっと掻いた。

《オレ、今はあっちとこっちを行ったり来たりしてるだろ? そんでさあ……実はちょーっと、思ってたことがあってさ──》
《何だ? 言ってみろ》

 俺が先を促しても、真野はしばらく「うーん」と言ったきり、あれこれと言葉を選んでいる様子だった。

《まあ、わかんないぜ? わかんないけど……。どうもオレ、ここってオレたちの世界で言う、『死後の世界』に近いんじゃねえかなって、思っててさ──》
《死後の、世界……?》

 俺は瞠目した。
 他の皆も、一様に驚いたり、互いに顔を見合わせたりしている。

《だって、そうだろ? お前とオレは、あの時トラックにねられて意識不明になった。それでこっちにやって来た。お前の知ってる『勇者』たちがどうだったかは知らねえけど、これまでの魔王たちだって、どうやらそういう感じだったみたいなのよ》
《そうなのか……?》
《あー。かもな》
 今度はガイアだ。
《俺も、ミサキからちょこっとだけは聞いてんぜ。あいつ、あっちでかなり、人生ダメだったみてえでよ》

 ああ、うん。
 そのことは俺も本人から、ちらっとだけれども聞いている。

《んで、夜、どうしても眠れなくなっちまってたとかでさあ。あっちにゃあ、そういう時に眠りやすくなる薬っつうのがあるんだろ? ある日、そいつをめちゃめちゃに飲んじまって、それで気が付いたらこっちに来てた、っつうんだよ──》
《……そう、なのですか》
《おお。でよ、あんまり飲みすぎると、それ、命に係わるんだろ? んでもあいつ、その日はついつい、バリバリかじって、なんも考えずに飲んじまったみてえなんだわ》

 ……そうだったのか。
 では、もしかしてもう、あちらの世界のミサキの体は……?

《まっ、今じゃ後悔してるみてえだけどな。あっちには家族もいりゃあ、友達だっていなかったわけじゃねえのに、ってよ。一人で暮らしてたみてえだし、飼ってた猫のことも心配みてえでさ》
《…………》

 俺は沈黙するしかなかった。
 遺された人たちや猫のことを考えれば、嫌でも気分が滅入ったのだ。

《でも、そういうことならさ──》
 再び、真野。
《やっぱり、この仮説って間違いでもないんじゃねえ? あの『マリア』どもだって、もしかしたらあっちの世界から零れ落ちた、人間の魂みたいなもんなんだ、ってことになるんじゃねえ?》
《ああ……。そうかもしれないな》

 俺はつい、目線を落とした。
 と、真野は何を思ったか、とととっと俺の方に駆け寄ってきた。そうして、俺の腰のあたりに小さな拳をぶつけてきた。

《バカ。日向、しっかりしろよ》
《真野……?》
 見下ろすと、きらきらした少年の目が明らかに怒って俺を見上げていた。
《お前、今は魔王なんだぞ。いちいちこんなことでヘコんでんじゃねーよ》
《まっ、そだなー?》
 いかにも暢気のんきな声で言ったのはガッシュ。
《あっちで死んでたとしても、こっちじゃちゃんと、そこのおっちゃんと幸せになってるんだろ? だったらいいじゃん、心配すんなよー》
《くぉら。『おっちゃん』言うな、ガキドラゴンが》
 すかさず突っ込んだのはもちろんガイア。
《はっは! わりいわりい。怒んなよ、!》
《あのなあ……》

 さすがのガイアも半眼で脱力する。
 まったくこの男、「坊や」と呼ばれたり「おっさん」と呼ばれたりと、忙しい。

《でもさ、とにかくさあ。ヒュウガが顔に似合わずめっちゃ優しーのは分かってるけど、そこまで心配することじゃねーよ、多分。それより、今はマリアって奴のことだ》
《……ああ。そうだな》

 何やらさらっと余計なひと言が聞こえたような気はしたが、俺はそれには目をつぶって先を続けることにした。

《で? 真野。ここがお前の言う通りの世界なのだとして、マリアは何者だと思うんだ。同じ個性と人格を持った、三百人もの個体だぞ。双子や三つ子というならまだわかるが、なにしろ数が多すぎる。あちらの世界にそんな存在があるとは思えないんだが》
《あー。それ、なんだけどなあ……》

 真野はまた、ぽりぽりと頬の横を掻いた。

《一応、仮説として考えてることはあるんだけどな。でもまあ、これこそ予想の域を出ねえことだし。あいつらと戦う上で、特にその情報が重要ってんでもないし》
《…………》
《なにより、これ言っちゃうと、お前の戦意がめちゃくちゃ減退しそーだからさあ。やっぱ、やめとく》
《……おい》

 ここまで言いかけておいてそれか。
 俺がつい睨みつけると、真野は「てへっ」とばかりに舌を出した。

《まあ、そのうち嫌でも分かんだろ。それより、今はあいつを倒すにはどーするのか、具体的に考えるほうが重要だぜ》
《ま、そこは同感だな》
《右に同じ》

 ガイアとデュカリスも頷いた。
 そこから俺たちは、さらに具体的な話を始めたのだった。

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