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第七章 混沌
8 蹂躙
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《その『創世神の巫女』殿が、どうして我々に干渉を? お見掛けしたところ、貴女は南側のお人のようだ。こちら北側への干渉は、ほどほどに願いたい》
空中に浮かんだ光球の中にいる清らかな「巫女」に向かって、ユウジンは落ち着いた声音で問うた。四天王の一人としての、堂々たる態度である。言いながら少し移動し、自分の騎獣であるドラゴンの背で、キリアカイと子を庇うように立っている。
女がにっこりと微笑んだ。
《ええ。もちろんわたくしだって、そのつもりでおりましたのよ?》
《でしたら、なにゆえ》
《さあ……それは》
少し小首をかしげるようにして考えてから、巫女はにこりとこちらを見直した。
《退屈だから……でしょうかしらね》
《……なんですと?》
ユウジンの眉間に皺が立った。
《聞こえませんでしたかしら。『退屈だから』と申しました。このままあなた方を放っておいても、大して面白い見ものは展開されないだろうと踏んだのですわ》
《おっしゃる意味が、よくわかりませんが》
《あら。ご聡明なユウジン閣下には珍しいお言葉ですこと》
女は穏やかそのものといった声で、ころころと笑って見せた。
眼下では、相変わらずの下級魔族どもの阿鼻叫喚。そしてその上空では、この上もなく穢れを知らぬ顔で笑う、美しいハイエルフの女。あまりの落差の激しさに、まったく現実味が感じられない。
マントにくるんだ我が子の亡骸を抱きしめたまま、キリアカイもしばし呆然と相手を見つめざるを得なかった。
《これでもわたくし、楽しみにしておりましたのよ? 南東のバクリョウ様がこちらに侵攻されて、『さあどうなるかしら。さぞや楽しくなりそうね』と、それは期待しておりましたのに》
(期待、ですって……?)
この女は、一体何を言っているのだろう。
キリアカイは困惑した。さっきから、言っている意味があまりよく分からない。子供のことで混乱した思考をどんなに励ましてみても、女の意図はまったく理解しかねるものだった。
《侵攻先の姫を手に入れて、さあどうなさるのかしらと見ておりましたら、まあ。ユウジン様はあっさりとその御方のお心を手に入れられて。そこからは、絵に描いたような愛に溢れる幸せなご家庭をお築きになり──》
言葉づらは美しいというのに、女の思念にははっきりとした嫌悪と苛立ちが見て取れた。
《ほら。ね? とってもつまらないではありませんか。ユウジン様に無理やりに夜のあれこれを命じられ、キリアカイ様はもっともっと、わが身の不幸と非業を嘆いて、大いに悲嘆してくださらなければ。ああ、つまらないこと。見ているこちらは、退屈するというものでしょう?》
(何を……言ってるの。この女……!)
さっきからつらつらと、何を勝手なことを並べているのか。
では、この女はずっとこれらの顛末を傍観者として眺めていたということなのか。それも、事件に巻き込まれた人々の嘆きや苦しみを見て、愉しみたいという目的のためだけに?
あれこれ思いめぐらしているうちにも、マリアは言葉を続けている。
《実はわたくし、南側ではちょっと別の呼び方をされることもあるのです。とはいえそれも、わたくしが造り上げて人口に膾炙させた名前なわけなのですけれどもね。……まあ、それはそれとして。こちら側の皆さまは、『創世神』とその信仰についてはご存知ですかしら?》
「創世神……」
独り言のように呟いたのは、ユウジンだった。
「無論、聞いたことがある。南の人族側で、もっぱら人々に信仰されている神の名だ。この世界のすべてを作り、すべてを制御している造り主。すなわち、あらゆるものの造物主……と。そのような信仰だと聞き及んでいる」
「左様にございますな。東のティベリエス帝国、中央ヴァルーシャ帝国、そして西のレマイオス共和国。三国すべての主たる宗教の神。それが『創世神』にございます」
彼の言を受けたのは、少し離れたところで騎獣に乗っている魔導師の一人だ。
《わたくしは、その創世神さまのしもべです。便宜上、シスターと呼ぶ者もおりますわ》
《あなたの呼び名など、なんでもよろしい》
ユウジンがぴしゃりと言い返した。
《いずれにしても、南の御方がこちら北側への過度の干渉はおやめください。こちらの問題はこちらで解決いたします。どうか速やかに南へお戻りくださいませ》
《あら。そうは参りませんわ》
返って来た女の思念は笑みを含んでいる。
《どうも、お話しが通じませんわね。聞いていらっしゃらなかったの? わたくしは、退屈なの。虜になった姫君と穏やかに仲良くなられ、素敵な愛を交わして御子まで儲け。『それからお二人はいつまでも幸せに暮らしました』などという、童話のように陳腐な結末。そんなもの、わたくしは望んでいないのですから》
《あなた様のお好みもまた、どうでもよろしい》
ユウジンは目を細め、やはり毅然と言い放った。
その思念は、相変わらず冷静そのものだ。
《もし、この度これらオーガたちの『分限』を侵したのがあなた様だというのであれば、これは大きな問題です。即刻元通りにしていただこう。これは、あまりと言えば過剰な干渉。民らの被害もまことに甚大。いったい、どう償うおつもりなのか》
厳しい顔でそう詰られても、女の表情はまったく変わらない。
《しかもこれでは、我が北東の領地のみならず、魔族領全体への侵略と見なされますぞ。そう思われても仕方がない。そうまでして、魔王陛下と四天王全員からの反感をお買いになりたいと申されるのか》
《それは、まあどのようでも。……わたくしは、自分の見たいものを見るばかり。どなたの指図も受けませんわ》
言って、女は突然、無造作にその片手をあげた。
みなが、ハッと身構える。
次の瞬間、信じられないほど強力な魔撃が、上方から雨あられと降り注いできた。
「うわっ! なんだ……?」
「があッ!」
「き、騎獣が……!」
「ぎゃああああっ!」
大小さまざまな光輝く魔撃が、突然騎獣を襲ったのだ。それは騎獣とその乗り手たちに容赦なく襲いかかった。被膜に包まれたドラゴンの翼を貫き、そこにばりばりと大穴をあける。乗り手に直撃して、振り落とす。
もちろんユウジンも、すぐさま魔導師たちと魔法障壁を作り直した。だがその時にはもう、こちら側は騎獣の半数以上が乗り手を失っていた。乗り手たちは次々に、オーガどもの待ち受ける地上へと悲鳴をあげて落下していく。
「うわあっ!」
「た、助けて……」
「ぐああああっ……!」
直後、下方から断末魔がほとばしった。
バキバキ、ゴリゴリと聞くもおぞましい音がして、彼らの姿はオーガどもの間に飲み込まれ、あっさりと見えなくなる。下で何が起こっているかなど、明らかだった。
空中に浮かんだ光球の中にいる清らかな「巫女」に向かって、ユウジンは落ち着いた声音で問うた。四天王の一人としての、堂々たる態度である。言いながら少し移動し、自分の騎獣であるドラゴンの背で、キリアカイと子を庇うように立っている。
女がにっこりと微笑んだ。
《ええ。もちろんわたくしだって、そのつもりでおりましたのよ?》
《でしたら、なにゆえ》
《さあ……それは》
少し小首をかしげるようにして考えてから、巫女はにこりとこちらを見直した。
《退屈だから……でしょうかしらね》
《……なんですと?》
ユウジンの眉間に皺が立った。
《聞こえませんでしたかしら。『退屈だから』と申しました。このままあなた方を放っておいても、大して面白い見ものは展開されないだろうと踏んだのですわ》
《おっしゃる意味が、よくわかりませんが》
《あら。ご聡明なユウジン閣下には珍しいお言葉ですこと》
女は穏やかそのものといった声で、ころころと笑って見せた。
眼下では、相変わらずの下級魔族どもの阿鼻叫喚。そしてその上空では、この上もなく穢れを知らぬ顔で笑う、美しいハイエルフの女。あまりの落差の激しさに、まったく現実味が感じられない。
マントにくるんだ我が子の亡骸を抱きしめたまま、キリアカイもしばし呆然と相手を見つめざるを得なかった。
《これでもわたくし、楽しみにしておりましたのよ? 南東のバクリョウ様がこちらに侵攻されて、『さあどうなるかしら。さぞや楽しくなりそうね』と、それは期待しておりましたのに》
(期待、ですって……?)
この女は、一体何を言っているのだろう。
キリアカイは困惑した。さっきから、言っている意味があまりよく分からない。子供のことで混乱した思考をどんなに励ましてみても、女の意図はまったく理解しかねるものだった。
《侵攻先の姫を手に入れて、さあどうなさるのかしらと見ておりましたら、まあ。ユウジン様はあっさりとその御方のお心を手に入れられて。そこからは、絵に描いたような愛に溢れる幸せなご家庭をお築きになり──》
言葉づらは美しいというのに、女の思念にははっきりとした嫌悪と苛立ちが見て取れた。
《ほら。ね? とってもつまらないではありませんか。ユウジン様に無理やりに夜のあれこれを命じられ、キリアカイ様はもっともっと、わが身の不幸と非業を嘆いて、大いに悲嘆してくださらなければ。ああ、つまらないこと。見ているこちらは、退屈するというものでしょう?》
(何を……言ってるの。この女……!)
さっきからつらつらと、何を勝手なことを並べているのか。
では、この女はずっとこれらの顛末を傍観者として眺めていたということなのか。それも、事件に巻き込まれた人々の嘆きや苦しみを見て、愉しみたいという目的のためだけに?
あれこれ思いめぐらしているうちにも、マリアは言葉を続けている。
《実はわたくし、南側ではちょっと別の呼び方をされることもあるのです。とはいえそれも、わたくしが造り上げて人口に膾炙させた名前なわけなのですけれどもね。……まあ、それはそれとして。こちら側の皆さまは、『創世神』とその信仰についてはご存知ですかしら?》
「創世神……」
独り言のように呟いたのは、ユウジンだった。
「無論、聞いたことがある。南の人族側で、もっぱら人々に信仰されている神の名だ。この世界のすべてを作り、すべてを制御している造り主。すなわち、あらゆるものの造物主……と。そのような信仰だと聞き及んでいる」
「左様にございますな。東のティベリエス帝国、中央ヴァルーシャ帝国、そして西のレマイオス共和国。三国すべての主たる宗教の神。それが『創世神』にございます」
彼の言を受けたのは、少し離れたところで騎獣に乗っている魔導師の一人だ。
《わたくしは、その創世神さまのしもべです。便宜上、シスターと呼ぶ者もおりますわ》
《あなたの呼び名など、なんでもよろしい》
ユウジンがぴしゃりと言い返した。
《いずれにしても、南の御方がこちら北側への過度の干渉はおやめください。こちらの問題はこちらで解決いたします。どうか速やかに南へお戻りくださいませ》
《あら。そうは参りませんわ》
返って来た女の思念は笑みを含んでいる。
《どうも、お話しが通じませんわね。聞いていらっしゃらなかったの? わたくしは、退屈なの。虜になった姫君と穏やかに仲良くなられ、素敵な愛を交わして御子まで儲け。『それからお二人はいつまでも幸せに暮らしました』などという、童話のように陳腐な結末。そんなもの、わたくしは望んでいないのですから》
《あなた様のお好みもまた、どうでもよろしい》
ユウジンは目を細め、やはり毅然と言い放った。
その思念は、相変わらず冷静そのものだ。
《もし、この度これらオーガたちの『分限』を侵したのがあなた様だというのであれば、これは大きな問題です。即刻元通りにしていただこう。これは、あまりと言えば過剰な干渉。民らの被害もまことに甚大。いったい、どう償うおつもりなのか》
厳しい顔でそう詰られても、女の表情はまったく変わらない。
《しかもこれでは、我が北東の領地のみならず、魔族領全体への侵略と見なされますぞ。そう思われても仕方がない。そうまでして、魔王陛下と四天王全員からの反感をお買いになりたいと申されるのか》
《それは、まあどのようでも。……わたくしは、自分の見たいものを見るばかり。どなたの指図も受けませんわ》
言って、女は突然、無造作にその片手をあげた。
みなが、ハッと身構える。
次の瞬間、信じられないほど強力な魔撃が、上方から雨あられと降り注いできた。
「うわっ! なんだ……?」
「があッ!」
「き、騎獣が……!」
「ぎゃああああっ!」
大小さまざまな光輝く魔撃が、突然騎獣を襲ったのだ。それは騎獣とその乗り手たちに容赦なく襲いかかった。被膜に包まれたドラゴンの翼を貫き、そこにばりばりと大穴をあける。乗り手に直撃して、振り落とす。
もちろんユウジンも、すぐさま魔導師たちと魔法障壁を作り直した。だがその時にはもう、こちら側は騎獣の半数以上が乗り手を失っていた。乗り手たちは次々に、オーガどもの待ち受ける地上へと悲鳴をあげて落下していく。
「うわあっ!」
「た、助けて……」
「ぐああああっ……!」
直後、下方から断末魔がほとばしった。
バキバキ、ゴリゴリと聞くもおぞましい音がして、彼らの姿はオーガどもの間に飲み込まれ、あっさりと見えなくなる。下で何が起こっているかなど、明らかだった。
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