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第六章 窮追

3 義姉と義弟

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「ハオユウ……本当に、ハオユウなの? でも、いまなんて? 『フェイロン』って……その名前は、まさか──」
「はい」
 言ってフェイロンはにこりと笑うと、改めてキリアカイに深々と頭を下げて見せた。
「このわたくしが、このほど、南西のルーハン閣下のご命令にて北西の統治を任された、そのフェイロンなのですよ。義姉上あねうえさま」
「なんですって──」

 あまりのことに、キリアカイは少し体をぐらつかせた。まだ、まったく話に追いつけないでいるらしい。

「生きて、いたのね……? でも、どうして──いえ、ちょっと! その前に、もっと……もっと、顔をよく見せてちょうだいっ!」

 と、キリアカイがいきなりフェイロンに駆け寄って来た。周囲の皆が思わず身構えるのもまったく構わず、ぐいとフェイロンの肩をつかんでいる。
 と、これまで怒りや驚愕に歪んでいたその顔が、急に柔らかにゆるんでふっと崩れた。

「まあ……まあまあ! あらあらあらあら! イヤだわ、ハオユウったら! すっかりいい男になってしまって。昔はあんなに素直でおぼこいだけの、キラッキラの美少年だったのに──」
 フェイロンが、何故かごほんと咳ばらいをした。
「いえ。義姉上──」

 キリアカイは今や、両手でフェイロンの頬をはさみ、まじまじと至近距離から彼の顔をめつすがめつ観察している。
 なんとなく、年末年始などで集まった親戚の伯母(または叔母)たちの反応を思い出して、俺はちょっと閉口した。
 我が家は三人兄弟で、兄の孝信たかのぶと次男の俺、そして弟の良介が、それら年上の女性たちの玩具おもちゃにされるというのが、毎年の恒例行事のようなものだったのだ。

 曰く、
『あらやだ、タカちゃん。すっかり背が伸びちゃったのねえ。やだっ、うっすらヒゲなんか生やしちゃって! 小さい頃はつるんっつるんのぷにぷにだったほっぺにい~! いやーん!』
『タカちゃん、今年から大学生? 早いわねえ、もうそんなになるのねえ。頭もいいし背も高いし、女の子にもてるでしょう? もう彼女いるのお?』
『ツグちゃんも、もう高校生だったかしら。あなたは相変わらず不愛想ねえ。そんな硬派すぎるんじゃ、女の子が怖がって寄ってこないでしょうに。今から色々慣れておかなきゃ、あとあと泣くことになるわよお?』
『良ちゃんは、まだまだコドモね。こんな話題は早すぎるわよね~? でも、そうやってゲームやら二次元の女の子やらばっかりでてちゃダメよお? うっふっふ──』

 妙齢の女性たちというものは、どうしてああもかしましく、ああだこうだと親戚の若者をいじりたがる生き物なのだろう。特に俺に対しては、やたら「女の子が」「女の子が」と、うるさい事この上なかった。まったく大きなお世話である。
 ちなみに「ツグちゃん」というのは俺のことだ。いや、別に思い出したくもないが。
 そんなことを考えているうちに、キリアカイの様子がまた変わった。喜びを前面に出していたはずの女帝は、今度はなんとなく、全体がしおれたように見えた。

「どことなく、あの方の面影もあるわね……。そりゃそうよね。兄弟なんですもの」

 そう言ったきり、暗い瞳をして床を見下ろす。
 フェイロンはさりげなく、まだ自分の肩に触れていたキリアカイの手を外した。

「義姉上さま。わたくしにも、まこと積もるお話はございますが。まずは、この場をどうにか致しませぬと」
「……あ。え、……ええ。そうね……」
「聞けば、義姉上の配下の者どもが、己が財産をかき集めて一斉に逐電したのだとか。今後、いかがなさるおつもりなのです?」
「そっ……そうよっ! あいつら……!」
 それでやっと事態を思い出したのか、キリアカイの気が再び怒りの色に染まりはじめた。
「絶対に許さない! 追いかけて、一人残らずつかまえて、家族全員皆殺しよ。ヒイヒイ泣き叫ばせてやるんだから……!」
「……いえ、お気持ちはお察ししますが。出来ますことならば、そうしたことはもうおやめください。そんなことより、今はもっと大事なことがございますゆえ」
「えっ……?」
 驚いて見上げる義理の姉の瞳を、フェイロンは静かな瞳でまっすぐに見返している。
「まずは、あなた様の身の安全です。そして、こちらの支配体制を今後どうするのかということでしょう。ここに来るまで、我々はほとんど、あなた様の配下の兵らに足止めすらされなかったのですよ? これではもはや、あなた様の支配体制は崩壊していると言っていい──」
「え──」

 キリアカイがハッとしたように俺たちの方を見た。おもに俺とゾルカンが、彼女に向かって頷きかえす。
 確かにここに至るまで、キリアカイ兵はろくに俺たちを制止することもなかった。皆、自分の家族や財産を守るために逃げ散って、とっくに城は空っぽになっている。
 単純に自分の保身のためもあっただろうが、それ以上に、こうして錯乱している女帝の魔撃に当たり、巻き添えで死ぬことを懸念したのは間違いなかった。こんな女のヒステリーに巻き込まれて死ぬなんて、誰だって嫌だろう。

「今や、あなた様は裸同然。どうやら宝物庫の中身だけは無事のようではありますが、今、それだけあっても意味を成さぬことでしょう。通常であればこの機に乗じて、魔王陛下や隣国の四天王に一気に攻め込まれていてもおかしくはないのですよ?」
「…………」
 キリアカイがぎゅっと唇を噛み、俺の方を睨みつけた。
「ですが、幸いにしてこちらの陛下は左様なお方ではありません。ゾルカン閣下も同様です。お二人とも、あなた様を攻めようとはおっしゃっておりません。もちろん、北西のわたくしもです。……まさに幸運。なんとなれば、これぞ不幸中の幸いではありませんか」
「幸運……? これが、幸運ですって?」

 キリアカイは突然、その言葉に反応した。義理の弟をぎろりと睨む。

「冗談じゃないわ。何が幸いよ! どうせあなたたちだって、なんだかんだ言ってもこの機に乗じて、わたくしの領土を侵そうと考えているのでしょう。領土も、わたくしの財産もね! なにしろわたくしの宝物庫には、百年以上もかかってため込んだ金銀財宝がうなるほど眠っているのだから……!」
「義姉上。ですから、それは──」
「たとえあなたでもダメよ、ハオユウ。何を言ってもムダ。あたくしは今まで、百年以上もの間、散々に見せつけられてきたんだから。どんなに真心がどうのこうのと言ったって、目の前の金銀財宝に目のくらまない者なんていなかった。……まあ、あなたのお兄様だけは別だったけど」
「…………」

 さすがのフェイロンも絶句したようだ。黙り込み、こわばった顔でキリアカイを見つめ、立ち尽くしている。
 やはり、ダメなのだろうか。この女には、どんな言葉も届かないのか。俺はゾルカンとヒエン、ギガンテに代わるがわる目をやったが、みな困ったように沈黙しているばかりだ。ゾルカンは完全に辟易した顔で、もはやそっぽを向いている。
 彼らの背後にいるライラとレティ、シャオトゥとマルコもじっと事のなりゆきを見守っている。ちなみに今、マルコは真野にはなっていない。
 
「あんたたちが、どんな綺麗ごとを並べてもダメよ。この世は結局、財がすべて。それで人の心も、命すらもが買えるのだから……!」
「そんなわけないだろうさ」

 するりと入って来たのは、静かなギーナの声だった。

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