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第六章 窮追
2 錯乱
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なにほども歩かないうちに、空気を切り裂くようにして紫の閃光が走った。上方から斜めに打ち下ろされてきたその光が、広間の隅にあった太い円柱を切り裂く。
ドドドド、と天上が揺れ、今にも崩れてきそうな音がした。ばらばらと上から石の欠片などが落ちてくる。
「きゃああっ!」
ライラが両手で頭を抱えてしゃがみこみそうになる。レティと抱き合うようにして、ギガンテの後ろを歩いているのだが、周囲をギーナをはじめとする魔術師や魔導師たちによって保護されていても、恐怖は少しも軽減しないようだった。
落ちて来た壁材や石くれなどは、魔力シールドではじかれて俺たちに当たることはない。
砂ぼこりのために視界が悪く、なかなか前方が見えなかった。が、どうやら広い空間のようだ。響きわたる音の感じで、なんとなくそれだけは分かる。
ゴオオオッ、と唸りをあげて、今度はトラックほどもあろうかという火炎の塊がいくつも飛んできた。それはまだ無事だった周囲の柱の表面をじゅうじゅう溶かし、あちこちにはね飛んで、しまいに黒煙をあげてボッと消え散る。
その他、氷魔法に毒魔法。
近づくにつれ、ありとあらゆる攻撃魔法が、前方のとある一点から放たれているのがわかってきた。
その中心にいるのが、恐らくはキリアカイなのだろう。
やがて、千々に乱れた女の絶叫が耳に届いた。
「バカにして、バカにしてええっ! このあたくしを、一体だれだと思ってるのおおおッ!」
「殺してやる! 耳をそぎ、鼻をそぎ……指を一本残らず切り落として、全員、なま皮を剥いで殺してやる。目の前で家族をなぶり殺しにしてやるうう!」
そのほか、聞くに堪えない悪罵の限りが聞こえてくる。なるほど、あのガッシュが「そばに近寄りたくない」と言うはずだ。
ぎゃりぎゃり、ガリガリとまた壁面や柱を抉って、一戸建ての家ぐらいはありそうな氷の塊がいくつも飛んでくる。
と、俺の隣にいたギーナが即座に呪文を詠唱した。
「<叫喚炎撃>!」
途端、彼女の持つ煙管から、氷塊に負けないほどの炎の柱が渦巻き出た。それがぐるぐると巨大な螺旋を描き、獣のような咆哮をあげて巨大な氷の塊をかみ砕いて行く。他の魔導師たちもそれぞれに、「<煉獄吐息>」を唱えて彼女の攻撃に参加した。
氷の塊がじゅうじゅうと溶け、やがて膨大な水蒸気をあげて霧散していく。
周囲に溢れた蒸気が、むわっとその場を蒸し暑くした。とは言え、シールドに護られているためにさほどの苦しさは感じない。
ひとしきり、その炎と氷の狂乱が終わったところで、俺はまた足を踏み出した。
「……キリアカイ殿。そこにおられるのか」
「え……。な、なに……?」
もうもうと立ち込めている蒸気の向こうで、ゆらりと動く人影がある。
キリアカイだった。
髪は乱れ、結っていた部分もあちこちが落ち、マントや鎧は煤に汚れているが、それでも女は美しかった。
周囲の蒸気や土埃が少しおさまったところでようやく俺たちの姿を認めると、キリアカイはぎょっとしたように立ち尽くした。
「へ、……陛下? それに、そっちは……ゾルカンなの? 一体どうして──」
一瞬だけ呆気にとられたように言いかけたキリアカイだったが、次の瞬間にはもう、女はカッと目を見開き、感情を爆発させた。
「どういうおつもりですか、陛下! ここはあたくしの領内、あたくしの城ですわよ? 他国の四天王を連れて上がり込むなど、一体何をお考えです! 斯様に勝手なことをされては困りますわ!」
「申し訳ない。キリアカイ殿の危機と聞いて、共にお連れしてしまいました。こちらは以前、あなたともご縁のあった間柄ということだったもので」
「そんな──」
そこで初めて、キリアカイは俺の真後ろにいて見えなかった、フェイロンに目を留めたようだった。そしてぎくりと停止した。
「なっ……? あ、あなたは──」
急に慄いたように、一歩あとずさる。それにつられるようにして、フェイロンの方は一歩前へ出た。
「お久しぶりにございます、義姉上さま。ご健勝そうにて、なによりにございます。……義弟、ハオユウにございます」
静かにそう言い、この状況には甚だ場違いとしか言いようのない、華やかな一礼を披露する。
「もっとも。ただ今はルーハン閣下の御元で、フェイロンと名乗っておりまするが」
「なっ……。なんですって……?」
キリアカイが呆然と、美貌の青年を凝視した。
ドドドド、と天上が揺れ、今にも崩れてきそうな音がした。ばらばらと上から石の欠片などが落ちてくる。
「きゃああっ!」
ライラが両手で頭を抱えてしゃがみこみそうになる。レティと抱き合うようにして、ギガンテの後ろを歩いているのだが、周囲をギーナをはじめとする魔術師や魔導師たちによって保護されていても、恐怖は少しも軽減しないようだった。
落ちて来た壁材や石くれなどは、魔力シールドではじかれて俺たちに当たることはない。
砂ぼこりのために視界が悪く、なかなか前方が見えなかった。が、どうやら広い空間のようだ。響きわたる音の感じで、なんとなくそれだけは分かる。
ゴオオオッ、と唸りをあげて、今度はトラックほどもあろうかという火炎の塊がいくつも飛んできた。それはまだ無事だった周囲の柱の表面をじゅうじゅう溶かし、あちこちにはね飛んで、しまいに黒煙をあげてボッと消え散る。
その他、氷魔法に毒魔法。
近づくにつれ、ありとあらゆる攻撃魔法が、前方のとある一点から放たれているのがわかってきた。
その中心にいるのが、恐らくはキリアカイなのだろう。
やがて、千々に乱れた女の絶叫が耳に届いた。
「バカにして、バカにしてええっ! このあたくしを、一体だれだと思ってるのおおおッ!」
「殺してやる! 耳をそぎ、鼻をそぎ……指を一本残らず切り落として、全員、なま皮を剥いで殺してやる。目の前で家族をなぶり殺しにしてやるうう!」
そのほか、聞くに堪えない悪罵の限りが聞こえてくる。なるほど、あのガッシュが「そばに近寄りたくない」と言うはずだ。
ぎゃりぎゃり、ガリガリとまた壁面や柱を抉って、一戸建ての家ぐらいはありそうな氷の塊がいくつも飛んでくる。
と、俺の隣にいたギーナが即座に呪文を詠唱した。
「<叫喚炎撃>!」
途端、彼女の持つ煙管から、氷塊に負けないほどの炎の柱が渦巻き出た。それがぐるぐると巨大な螺旋を描き、獣のような咆哮をあげて巨大な氷の塊をかみ砕いて行く。他の魔導師たちもそれぞれに、「<煉獄吐息>」を唱えて彼女の攻撃に参加した。
氷の塊がじゅうじゅうと溶け、やがて膨大な水蒸気をあげて霧散していく。
周囲に溢れた蒸気が、むわっとその場を蒸し暑くした。とは言え、シールドに護られているためにさほどの苦しさは感じない。
ひとしきり、その炎と氷の狂乱が終わったところで、俺はまた足を踏み出した。
「……キリアカイ殿。そこにおられるのか」
「え……。な、なに……?」
もうもうと立ち込めている蒸気の向こうで、ゆらりと動く人影がある。
キリアカイだった。
髪は乱れ、結っていた部分もあちこちが落ち、マントや鎧は煤に汚れているが、それでも女は美しかった。
周囲の蒸気や土埃が少しおさまったところでようやく俺たちの姿を認めると、キリアカイはぎょっとしたように立ち尽くした。
「へ、……陛下? それに、そっちは……ゾルカンなの? 一体どうして──」
一瞬だけ呆気にとられたように言いかけたキリアカイだったが、次の瞬間にはもう、女はカッと目を見開き、感情を爆発させた。
「どういうおつもりですか、陛下! ここはあたくしの領内、あたくしの城ですわよ? 他国の四天王を連れて上がり込むなど、一体何をお考えです! 斯様に勝手なことをされては困りますわ!」
「申し訳ない。キリアカイ殿の危機と聞いて、共にお連れしてしまいました。こちらは以前、あなたともご縁のあった間柄ということだったもので」
「そんな──」
そこで初めて、キリアカイは俺の真後ろにいて見えなかった、フェイロンに目を留めたようだった。そしてぎくりと停止した。
「なっ……? あ、あなたは──」
急に慄いたように、一歩あとずさる。それにつられるようにして、フェイロンの方は一歩前へ出た。
「お久しぶりにございます、義姉上さま。ご健勝そうにて、なによりにございます。……義弟、ハオユウにございます」
静かにそう言い、この状況には甚だ場違いとしか言いようのない、華やかな一礼を披露する。
「もっとも。ただ今はルーハン閣下の御元で、フェイロンと名乗っておりまするが」
「なっ……。なんですって……?」
キリアカイが呆然と、美貌の青年を凝視した。
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