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第四章 財欲の四天王
11 隔靴掻痒
しおりを挟む「それにしても、この都市は温かいな。外ではあんな雪嵐が渦巻いていたというのに。ちょっと信じられないよ」
「ええ。今日は格別、荒れ模様ですしね」
俺は窓の外をちらりと見て答えた。
魔都を囲む魔力シールドの外側は、暗い灰色に閉ざされている。シールドにつぎつぎに雪や雹を叩きつけて渦巻き、中にいる人々に向かって牙を剥いているのは、非常に激しいブリザードだった。
どの地方でも多いのだけれども、特に北方の寒冷な地域では、毎年、暖房がおぼつかずに凍死する人々が出る。あのルーハン邸やダーホアン邸のように、魔力のガードによって寒風を防ぐことのできる地域は限られているからだ。
一般の邸宅であっても使えないことはないけれども、それは当然、<魔道師>たちを雇うことのできる裕福な層に限られてくる。
もともと魔力が少なく、燃料を買う金にも乏しい人々から先に命を奪われることになるのは、いかにも残念なことに思えた。それこそ大切な人材をみずからドブに捨てているようなものではないか。
この魔都は、魔王軍直属の<魔道師>部隊が街全体に交代でシールドを張り、冬の間じゅうしっかりと中の人々を守っている。要するに、あの「北壁」と同じ原理だ。そのため、内側は真冬であっても温かい。
実は、人々がここに出稼ぎに来る理由のひとつがそれなのだ。金を稼ぐことと共に、厳しい冬を生き残るため。
今まではその子供たちも働き手として連れてこられていたわけなのだが、この学問所ができてからはそれも次第に変わってきた。親たちはこの街の入り口で、衛兵らから「子供たちを積極的に学問所に連れていくように」との勧告を受けるのだ。
学問所には子供のための食事と宿舎を準備してある。そのため、親たちも食費や宿泊費等が浮いて助かる。そのためか、ここしばらくは積極的に利用してくれる者が増えてきている。
もちろん、それらを賄うための国庫の負担は大きくなるが、これまで民からの血税をちょろまかしてきた俗吏どもを罷免し、彼らから引きはがした財産が随分とあったため、どうにか運営できているという状況だ。
とはいえ財政はなかなか厳しい。なにしろこれまでの魔王がどいつもこいつも、ひたすら利己的で己が遊興に耽るだけの俗物ぞろいだったからだ。もちろん、あの真野だってその一人である。
皆があれこれと俺や教師の女性に質問したり、教材を観察している間、ライラとレティも楽しそうに教室を見て回っている。
と、ふとライラが思い出したように言った。
「そういえばレティ、ちょっと字を読むのとか、計算とか苦手だったわよね? ここでみんなと一緒に勉強してみたら?」
「ええっ……そりゃないにゃ、ライラっち~! た、確かにレティ、ちょ~っとおベンキョーは苦手にゃけどお~……」
困った顔で頭を掻いている。
俺はレティを見下ろして少し笑った。
「そうなのか? それはお母上やおばあ様がさぞやご心配されるだろう。レティならいつでも大歓迎だ。これから編入してもいい。遠慮はいらんぞ」
「ヒュ、ヒュウガっちまで~! もーっ。ひどいにゃあ! さすがにレティ、あんな小さい子と一緒にやんなきゃなんにゃいほど、ひどくにゃいにゃよ~っっ……!」
「それはそうか。すまん」
「もーっっ!」
半べその顔になって俺の肩あたりをぽかぽか殴るレティを中心に、皆はひとしきり明るい笑声をあげる。
会話は続いているのだったが、俺はそこでそっと心の中の回線を開いた。
《……少しよろしいでしょうか、デュカリス閣下》
《ああ。むしろ、その言葉を待っていた》
すぐにあちらから応答があり、俺たちは例によって<念話>による密談を始めた。
《ヴァルーシャ帝におかれましては、先日少しお話しした件、いかが思し召しなのでしょう》
《うん。それなんだがね》
実のところ、「創世神討伐作戦」に関しては、まだヴァルーシャ帝国政府には内々に打診した程度である。そのため、このことを知っているのも、ごく一部に限られている。
あちら世界では、あのマリアたちが特に一般民にひどい真似をしたという歴史的事実もなく、「創世神信仰」は数百年も続く根強いものだ。マリアが馬脚を露した例の事件を目撃したのもごく一部の兵らであって、とても周知されたとは言いがたい。
ヴァルーシャ帝国内でもそうであれば、東のレマイオス共和国や西のティベリエス帝国ならばなおのこと。前回の「魔王討伐作戦」のようにはとてもいかない。
《とはいえ、私とフリーダ様は君とまったくの同意見だ。あの『創世神』は我らにとっても危なすぎる。もはやこの世界を、彼奴の勝手にはさせておけん。赤パーティ、緑パーティの面々も君に協力すると言っている。……ただ、残念ながらヴァルーシャ軍や他国の軍が同時に動くことは期待できないだろうね》
《左様ですか……》
《我らの力不足だ。ヴァルーシャ陛下におかれても、同様に隔靴掻痒の思いであらせられる。ヴァルーシャ宮にいるマリアですら、今すぐ排除するのは難しい状況なんだ。……まことに申し訳ない限りだが》
《いえ。無理もないことです。どうぞお気になさらずに》
そうか。
ではやはり、討伐はこちらだけで行うことになりそうだ。もと「赤パーティ」と「緑パーティ」の協力は得られそうだが、あとはすべてこちらで算段するほかないわけだ。
《でしたらどうか、ヴァルーシャ陛下には、その間、ご自身の配下と共に東西両国を抑えておいていただくようお願いを申し上げたく──》
《それはもちろんだ。かの国々が妙な動きをしないよう、すぐにこちらも動けるように、すでに多数の密偵も放ってある。そこはどうか安心されたい》
《ありがとうございます。ヴァルーシャ帝にはくれぐれも『ヒュウガがよろしくと申しておりました』と、どうかお伝え願いたい》
《了解した。任されよ》
美麗な青年の思念が、非常に爽やかに笑って見せたような感覚があった。
デュカリスはその後、親善使節の一行を引き連れてすぐにヴァルーシャ帝国へ戻っていった。
もちろん、レティとライラ、そしてギガンテをここに残してである。
「あらためまして、どうぞよろしくお願い申し上げます、魔王陛下」
魔王の執務室に戻ったところで、武骨そのものの蜥蜴族の男は、巨躯を折り曲げて俺に一礼した。ヒエンと並ぶと、彼らはなにやら、異形の阿吽像のようにも見えてちょっと可笑しい。いや、見た感じからすると地獄の獄卒、牛頭馬頭のほうが近いだろうか。
「いや。こちらこそ、レティとライラの護衛役、どうぞよろしくお願いします。ギガンテ殿」
「いえ。どうか『ギガンテ』とお呼び捨てを。ほかの皆さま同様、配下としてご遠慮なくお使い回しくださいませ」
いつものような会話が展開され、こうして晴れてギガンテが俺の配下に入ることになった。
「ところで、デュカリス閣下がちらりと申されていたことなんだが。魔力をお持ちというのは本当か」
「……は。一応、自分はこちらの生まれであるようなので」
「それも話しておいでだったな。その辺りのこと、もう少しお訊ねしても構わないだろうか?」
「は。もちろんにございます」
斯くしてそこから、しばしギガンテの身の上話が始まった。
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