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第四章 財欲の四天王
10 王立学問所
しおりを挟む「はい、いいですか? 今日の文字はここまでです。部屋に戻ったら、しっかり復習をしておいてくださいね」
集まった子供たちを前に、教師の女性がきりりとした声で言う。すると、それまで和紙のようなものに文字を書きとっていた子供たちが、元気に「はーい!」と返事をした。
魔都の中に創立された、平民の子らのための王立学問所である。
とはいえ、そんなに立派なものではない。建物はまずまず大きめだが、石と木造りの二階建て。もとは商家だったという。敷地面積は、日本の学校で言うのなら四クラス分ほどだろうか。
そこに町の人々から提供された長机やら椅子やらを持ちこんで、どうにか教室としての体裁を整えただけの場所。机も椅子も、形や大きさがまちまちだ。
しかしここは、それでも立派な「王立学問所」なのだった。
子供たちは、冬の間この街に出稼ぎにくる親に連れられてきた者が中心だ。ほかに、魔都の中や近隣に住む下層階級の子らもいる。服装は色々だが、高級な装束の子はひとりもいない。みな、麻や木綿地のごく質素な身なりの子供ばかりだ。
近場から来ている子供に限っては、小さな赤子を背負っている者もいる。そのため、教室の中に時おり赤子の声が響く。だからとても賑やかだ。
「ツグミチお兄ちゃん、また来たんだね!」
「今日もケンガクの人、来たの?」
「ああ、うん。いつも邪魔してすまないな」
俺は今、こういうお忍びの時によくやるように、<幻術>を使って短髪の平民姿になっている。こういう場合は、名前も下の「ツグミチ」を使うことが多い。
年齢も様々な子供たちが、教室の後ろにいた俺たちのところへ走ってくる。そうして今書いたばかりの、まだ墨の乾いていないてらてら光る文字の並んだ和紙を一生懸命に見せてくる。
「聞いて聞いて、ツグミチお兄ちゃん! 今日はね、十個目から二十個目まで、字を覚えたんだよ」
「あたしのも見て見て。ほら、これっ!」
「うん、なかなか綺麗に書けてるな」
あらためて不思議に思うが、彼らが学んでいるのは日本語だ。和紙の上には元気のいい書体で黒々と、「さ」から始まる平仮名が並んでいる。
「あのねあのね! 今日はケイサンもしたんだよ。くりあがりと、くりさがりをやったんだ……!」
「そうか。それは普段の買い物のときにも役に立つからな。変な商人にだまされたりしないためにも、しっかり覚えるんだぞ」
「うん! 帰ったら、父さんと母さんにも教えてあげるの~!」
「そうか。そうだな、それがいい」
こんな大騒ぎの果てに、やっと子供たちが教室から出ていくと、最後に残ったシャオトゥとマルコを伴って、女性の教師が微笑みながらこちらにやってきた。
実はシャオトゥとマルコもまだ文字の読み書きがおぼつかず、ここでみんなと一緒に勉強することを望んだのである。
教師は長い髪を結い上げて、すっきりした単衣の着物に身を包んだ美貌の人だ。ほかにも何人かいるけれども、この人はハイエルフ族である。
「魔王陛下。お忙しい中、いつもわざわざのお越し、ありがとうございます」
「いえいえ。見学したいという御方が、つぎつぎにいらっしゃるものですから。先日のゾルカン殿に引き続き、いつも授業の邪魔ばかりして申し訳ありません」
この人は、先日キリアカイから俺に「献上」されかかった女性の一人だ。
あの女性がたの中には幸い、文字の読み書きができる者が数名いた。俺は前々から計画していたこの王立学問所のために、彼女たちをスカウトしたというわけだ。
特にこのハイエルフの女性は南方の出身で、もともとそれなりの家柄の出でもあった。なんと、あのキリアカイは彼女に言う事を聞かせるために、南のヴァルーシャから家族ともども彼女をかどわかして来たのだそうだ。
そんなわけで、今では彼女の家族たちも協力してくれ、ここで子供たちの世話なども含め、大いに活躍してくれている。親が出稼ぎに来ている子供たちについては、ここをそのまま宿舎にもできるようにしているためだ。宿舎は二階に作られている。
まだまだすべての事業は端緒についたばかりだが、地方の町などから優先的に、こうした学問所を設立し始めているところなのだ。
「大したものだ。この短期間に、ここまでのことができるとは──」
俺の隣で、感心したように呟いたのはデュカリスだった。彼の周囲には、羊皮紙とインク壺などの筆記具を手に、数人の文官たちも立っている。みな必死にメモを取っていた。背後には、あのギガンテもぬっと立っている。
「いえ、すべてが始まったばかり。まだまだ至らぬことばかりですが──」
「いいえ! とっても素敵です、ヒュウガ様」
「さっすがはヒュウガっちなのにゃ。小さい子のために、こんな学校まで作っちゃうにゃんて! 魔王になってもめっちゃマジメで、働きものにゃー! やっぱりヒュウガっちはカッコいいのにゃ」
「いや……。ありがとう」
ギガンテの脇には、例の二人の少女が立っている。ライラとレティだ。すっかり興奮気味であり、目がきらきらと輝いている。
あれから彼女たちのリクエストに応える形で、俺は二人にこちら風の衣服をプレゼントした。
レティは分かりやすく言えば中国風の、特に映画などでよく見るカンフー娘のような姿だ。金糸銀糸の刺繍の入った紅色のものである。飛んだり跳ねたりを得意とする彼女には、この動きやすい衣服が一番似合うようだった。
一方のライラは中華風の女官衣装をやや短めにしたものだ。こちらも、ライラ本人のリクエストによる。
「南側の国々でも、ここまで貧しい者たちへの教育に力を入れているところはないだろう。今回はヴァルーシャ陛下からも『しっかりと視察してこい』との厳命を受けている。早速、質問してもいいだろうか? ヒュウガ殿」
「もちろんです、デュカリス閣下。なんなりと」
「教師の選定には、何かの試験を行っているのかな?」
「はい。ご覧の通り、教えている内容がごく基礎的なものですので、比較的簡単なものではありますが。一応は試験制度を導入しております」
要は資格試験のようなものだ。
「なるほど。どんな内容か、ちょっと見せてもらえるかな」
「は。前回の試験問題が奥の部屋にございます。よろしければ一部、差し上げましょう。どうぞこちらへ」
準備室として使っている隣の小部屋へと皆を案内していると、デュカリスがしみじみと言った。
「それにしても、この都市は温かいな。外ではあんな雪嵐が渦巻いていたというのに。ちょっと信じられないよ」
「ええ。今日は格別、荒れ模様ですしね」
俺は窓の外をちらりと見て答えた。
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