上 下
154 / 225
第四章 財欲の四天王

10 王立学問所

しおりを挟む


「はい、いいですか? 今日の文字はここまでです。部屋に戻ったら、しっかり復習をしておいてくださいね」

 集まった子供たちを前に、教師の女性がきりりとした声で言う。すると、それまで和紙のようなものに文字を書きとっていた子供たちが、元気に「はーい!」と返事をした。
 魔都の中に創立された、平民の子らのための王立学問所である。
 とはいえ、そんなに立派なものではない。建物はまずまず大きめだが、石と木造りの二階建て。もとは商家だったという。敷地面積は、日本の学校で言うのなら四クラス分ほどだろうか。
 そこに町の人々から提供された長机やら椅子やらを持ちこんで、どうにか教室としての体裁を整えただけの場所。机も椅子も、形や大きさがまちまちだ。
 しかしここは、それでも立派な「王立学問所」なのだった。

 子供たちは、冬の間この街に出稼ぎにくる親に連れられてきた者が中心だ。ほかに、魔都の中や近隣に住む下層階級の子らもいる。服装は色々だが、高級な装束の子はひとりもいない。みな、麻や木綿地のごく質素な身なりの子供ばかりだ。
 近場から来ている子供に限っては、小さな赤子を背負っている者もいる。そのため、教室の中に時おり赤子の声が響く。だからとても賑やかだ。

「ツグミチお兄ちゃん、また来たんだね!」
「今日もケンガクの人、来たの?」
「ああ、うん。いつも邪魔してすまないな」

 俺は今、こういうお忍びの時によくやるように、<幻術>を使って短髪の平民姿になっている。こういう場合は、名前も下の「ツグミチ」を使うことが多い。
 年齢も様々な子供たちが、教室の後ろにいた俺たちのところへ走ってくる。そうして今書いたばかりの、まだ墨の乾いていないてらてら光る文字の並んだ和紙を一生懸命に見せてくる。

「聞いて聞いて、ツグミチお兄ちゃん! 今日はね、十個目から二十個目まで、字を覚えたんだよ」
「あたしのも見て見て。ほら、これっ!」
「うん、なかなか綺麗に書けてるな」

 あらためて不思議に思うが、彼らが学んでいるのは日本語だ。和紙の上には元気のいい書体で黒々と、「さ」から始まる平仮名が並んでいる。

「あのねあのね! 今日はもしたんだよ。くりあがりと、くりさがりをやったんだ……!」
「そうか。それは普段の買い物のときにも役に立つからな。変な商人にだまされたりしないためにも、しっかり覚えるんだぞ」
「うん! 帰ったら、父さんと母さんにも教えてあげるの~!」
「そうか。そうだな、それがいい」

 こんな大騒ぎの果てに、やっと子供たちが教室から出ていくと、最後に残ったシャオトゥとマルコを伴って、女性の教師が微笑みながらこちらにやってきた。
 実はシャオトゥとマルコもまだ文字の読み書きがおぼつかず、ここでみんなと一緒に勉強することを望んだのである。
 教師は長い髪を結い上げて、すっきりした単衣の着物に身を包んだ美貌の人だ。ほかにも何人かいるけれども、この人はハイエルフ族である。

「魔王陛下。お忙しい中、いつもわざわざのお越し、ありがとうございます」
「いえいえ。見学したいという御方が、つぎつぎにいらっしゃるものですから。先日のゾルカン殿に引き続き、いつも授業の邪魔ばかりして申し訳ありません」

 この人は、先日キリアカイから俺に「献上」されかかった女性の一人だ。
 あの女性がたの中には幸い、文字の読み書きができる者が数名いた。俺は前々から計画していたこの王立学問所のために、彼女たちをスカウトしたというわけだ。
 特にこのハイエルフの女性は南方の出身で、もともとそれなりの家柄の出でもあった。なんと、あのキリアカイは彼女に言う事を聞かせるために、南のヴァルーシャから家族ともども彼女をかどわかして来たのだそうだ。
 そんなわけで、今では彼女の家族たちも協力してくれ、ここで子供たちの世話なども含め、大いに活躍してくれている。親が出稼ぎに来ている子供たちについては、ここをそのまま宿舎にもできるようにしているためだ。宿舎は二階に作られている。
 まだまだすべての事業は端緒についたばかりだが、地方の町などから優先的に、こうした学問所を設立し始めているところなのだ。

「大したものだ。この短期間に、ここまでのことができるとは──」
 俺の隣で、感心したように呟いたのはデュカリスだった。彼の周囲には、羊皮紙とインク壺などの筆記具を手に、数人の文官たちも立っている。みな必死にメモを取っていた。背後には、あのギガンテもぬっと立っている。
「いえ、すべてが始まったばかり。まだまだ至らぬことばかりですが──」
「いいえ! とっても素敵です、ヒュウガ様」
「さっすがはヒュウガっちなのにゃ。小さい子のために、こんな学校まで作っちゃうにゃんて! 魔王になってもめっちゃマジメで、働きものにゃー! やっぱりヒュウガっちはカッコいいのにゃ」
「いや……。ありがとう」

 ギガンテの脇には、例の二人の少女が立っている。ライラとレティだ。すっかり興奮気味であり、目がきらきらと輝いている。
 あれから彼女たちのリクエストに応える形で、俺は二人にこちら風の衣服をプレゼントした。
 レティは分かりやすく言えば中国風の、特に映画などでよく見るカンフー娘のような姿だ。金糸銀糸の刺繍の入った紅色のものである。飛んだり跳ねたりを得意とする彼女には、この動きやすい衣服が一番似合うようだった。
 一方のライラは中華風の女官衣装をやや短めにしたものだ。こちらも、ライラ本人のリクエストによる。

「南側の国々でも、ここまで貧しい者たちへの教育に力を入れているところはないだろう。今回はヴァルーシャ陛下からも『しっかりと視察してこい』との厳命を受けている。早速、質問してもいいだろうか? ヒュウガ殿」
「もちろんです、デュカリス閣下。なんなりと」
「教師の選定には、何かの試験を行っているのかな?」
「はい。ご覧の通り、教えている内容がごく基礎的なものですので、比較的簡単なものではありますが。一応は試験制度を導入しております」
 要は資格試験のようなものだ。
「なるほど。どんな内容か、ちょっと見せてもらえるかな」
「は。前回の試験問題が奥の部屋にございます。よろしければ一部、差し上げましょう。どうぞこちらへ」
 準備室として使っている隣の小部屋へと皆を案内していると、デュカリスがしみじみと言った。
「それにしても、この都市は温かいな。外ではあんな雪嵐が渦巻いていたというのに。ちょっと信じられないよ」
「ええ。今日は格別、荒れ模様ですしね」

 俺は窓の外をちらりと見て答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

転生賢者の異世界無双〜勇者じゃないと追放されましたが、世界最強の賢者でした〜

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人は異世界へと召喚される。勇者としてこの国を救ってほしいと頼まれるが、直人の職業は賢者であったため、一方的に追放されてしまう。 だが、王は知らなかった。賢者は勇者をも超える世界最強の職業であることを、自分の力に気づいた直人はその力を使って自由気ままに生きるのであった。 一方、王は直人が最強だと知って、戻ってくるように土下座して懇願するが、全ては手遅れであった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...