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第四章 財欲の四天王

9 美しい人

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「えっ? なに言ってるのにゃ、ギーナっち……」

 完全に呆気にとられた顔になっている。猫族であるレティは素晴らしい聴力を持つ。当然、聞こえたということだろう。
 実を言うと、俺にも聞こえた。
 魔王としての聴力は、人間だったころの比ではないのだ。

──『あたしが、キレイなわけないだろ』。

 それは恐らく、単純に美醜の問題ではないはずだった。
 ギーナは悲しげな微苦笑を浮かべると、びっくりした顔のレティとライラを見つめた。

「当然だろう? それ言うんだったら、あんたらのほうがよっぽどキレイさ。……だってそうだろ? もし同じ状況になってたら、あたしなんか滅茶苦茶にあんたらのこと疑って、恨んで恨んで……そりゃあ酷いことになってたに決まってんだから──」
 言葉を続けるうちに、次第しだいに彼女の声が震えはじめる。握りしめた拳が小刻みに震えているのに気づいて、俺はギーナの肩に手をのばした。
「ギーナ──」
 が、彼女は俺の手から逃げるようにぱっと飛びのいた。
「触るんじゃないよ!」
「ギーナっち……」
「ギーナさん……」

 レティとライラが困ったように目を見合わせる。
 と、急にギーナが明るい顔と声に戻って言った。

「ああ! ごめんよ。お客様がたの前で、急に変なこと言っちゃって。忘れておくれ。湿っぽいのはなしにしよう。さ、もう中へ入ろうよ。<魔力シールド>が張ってあるって言っても、北の冬はやっぱり寒いからね。お客人に風邪をひかせちゃ大変だ──」

 言ってもう踵を返し、一人でさっさと王宮の建物に戻ろうとする。
 が、ライラが急に大きな声を出した。

「待ってください!」

 ギーナの足がぴたりと止まる。が、振り返りはしなかった。ライラは構わずその背に向かって言った。
「ごめんなさい、ギーナさん。ほ、ほんとのこと言うと、そりゃあヒュウガ様と離れていた間、『全然まったくなんにも思わなかった』って言ったら嘘になります」
「…………」
 ギーナの顔がほんの僅か、こちらに向けられたようだった。
「ほんとは、めちゃくちゃグルグル、いろんなこと考えちゃってました。ギーナさんのこと、つい恨めしく思ったり……憎らしくなっちゃったり。そんな自分が、すっごくイヤになったりして」
「ライラ……」
 呼びかけると、ライラはちょっと恥ずかしそうな、あるいは悲しそうな笑顔を俺に向けた。
「すみません。……本当のあたしは、こんなどうしようもない人間なんです。ほんと、つまんない子です。なんにもできないくせに、魔力だってないくせに。『ヒュウガ様を助けるんだ』なんて言って、結局ヒュウガ様の足をひっぱって。それで、ひどい目に遭わせたくせに……こうやって一人前に嫉妬だけするなんて」
「いや、それは──」
「ううん。綺麗ごとばっかりじゃないです、本当は。すっごく恥ずかしいですけど、それも本当のことです。……でも、今ギーナさんの顔を見たら、そんなのどうでもよくなっちゃったんです。これは本当です。信じてください、ギーナさん」

 ギーナがはっきりと顔をこちらに向け、ライラの目を見返した。その瞳はまだ戸惑っている。
 と、ライラの隣にずいとレティも歩み出た。
 その耳と尻尾が、へたりと垂れてしまっている。

「レティだってそうにゃ。ほんとは、ライラっちと『ヒュウガっちのバカー! 一人でなんでもかんでもしょいこんじゃってほんっとバカー!』とか、『ギーナっち、ヒュウガっち独り占めしてずるーい! 美人ずるーい!』とか言って~、めっちゃヤケ食いとかしてたのにゃ」

 ヤケ食いか。
 なるほど、いかにもレティらしい。

「実は、ちょ……ちょびっと、太っちゃったぐらいなのにゃ」
 口を尖らせ、顔の前で人差し指と親指で小さな隙間を作って見せながら、だんだん真っ赤になっていく。もう片方の手で、紅い髪をばりばり掻きむしる。その隣で、ライラまで頬をぱっと林檎の色に染めていた。
「ちょ、ちょっと。レティ! それは内緒ねって言ったじゃない……!」
「あっ! ゴメンにゃ。ちょびっと! ほんのちょびっとにゃよ? ほ、ほんとはヒミツだったんにゃけど……」
 レティが途端にあわあわする。
「で、でもね、ギーナっち。レティのおばーちゃんがよく言ってるにゃ。『その人の目を見れば、猫族バー・シアーには大体のことはわかる』んにゃって」
「…………」
 なんとなく迷子のような、すがるような目をしたギーナに向かって、レティはにかっと笑って見せた。
「ギーナっちのお目めはすっごくキレイにゃ。バー・シアーのにゃ! だから、ちゃーんと大丈夫にゃ~!」
「……もう。あんたって」

 ギーナがくるっとまた踵を返した。
 その声は、間違いなく震えていた。

「ほんと……バカ猫なんだから」

 言い捨てて、もうすたすたと後も見ないで行ってしまう。
 俺たちは少し顔を見合わせたが、宰相やデュカリスたちも伴って、そのまま彼女のあとに続いた。
 俺はちょっとこめかみを掻いた。

(タイミングを逸したな──)

 口を挟む隙などなかったので、まあ仕方がないのだが。
 
 ギーナだけじゃない。
 ここにいる、俺の「もと奴隷」の三人はみんな綺麗だ。
 あのリールーのお墨付きをもらうまでもなく、分かっているし、知っている。

 ……みんな、美しい。
 とても美しい人たちだ。
 だれが、何と言おうとも。
 これまで、何があったとしてもだ。

(いつか……言ってやらないとな)

 密かにそんなことを思いながら、俺は黙って、久しぶりに全員揃った女性たちの背中を追って歩いて行った。
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