上 下
152 / 225
第四章 財欲の四天王

8 再会

しおりを挟む
「ヒュウガっち!」
「ヒュウガさまっ……!」

 声がするのと、影のひとつが凄まじい速さでこちらにぶっ飛んでくるのは同時だった。
 周囲の兵らがびくりと身を固くする。慌てて得物に手を掛けた者もいたが、実際、そんな必要はまったくなかった。

「うわああ~ん! ヒュウガっち、ヒュウガっちいい──!!」
 あっという間に首っ玉に抱きつかれ、両足で腰をがっちりホールドされる。ほとんど羽交い絞めに近い。
「こら、レティ。それはやめろ」
「だって、だってええ! レティ、めっちゃめちゃ会いたかったのにゃあ! ヒュウガっちに会いたかったのおお──!」

 言ってもう、レティはわんわん泣くばかりだ。
 一瞬殺気立った魔族側の近衛隊に「大丈夫だ」と手を上げて見せ、俺はレティの大きな赤い猫の耳と、ぴょんぴょんはねた髪を少し撫でた。
 柔らかで懐かしい手触り。そこからは前と同じ、お日様の匂いがしていた。大喜びの猫がそうであるように、赤い尻尾がぴんと空を向いている。
 と、レティの後ろから遠慮がちに小柄な少女が近づいてきた。

「ヒュウガ、さま……」

 ライラである。彼女もレティとまったく同じ状態だ。大粒の涙をぼろぼろこぼし、耳まで真っ赤になって、ろくにものも言えないでいる。

「よかった……。お、お元気そうで。あたしたち、本当に本当に、心配して──」
「あらあら、あんたたち。来ちゃったのかい。しょうがないねえ……」
「ギーナっち──!」
「えっ? うわ!」

 背後から近づいてきたギーナが苦笑したと思ったら、レティがまたもやましらのごとき素早さでそっちへぶっ飛んでいった。さすがに足までは回していないが、両手で思いきり抱きついている。
 さすがのギーナも面食らったようだった。
「ちょっと。苦しいよ、猫娘……」
「ギーナさんっ……!」
 そう叫んで、ライラも横からギーナの肩にすがりつく。
 レティはもう、とっくにえぐえぐ泣いていた。
「ごめんにゃの、ギーナっち。一人でずーっと、レティたちの代わりにヒュウガっちのそばにいてくれたのにゃ。ありがとうにゃにょ……」
「あの時も、あたしたちを守ってくれたんですよね? 本当にありがとう、ギーナさん……!」

 号泣している二人の少女にしがみつかれ、ギーナはしばらく目をぱちくりさせていたが、やがてふっと柔らかい笑みを浮かべた。そこにはなんとなしに、陰が浮かんでいるようだった。

「なに言ってんだよ。こっちこそゴメンよ? あんたらの大事なヒュウガを、勝手に独り占めしちまってさ──」
「そんにゃの、いいのにゃ! うわあああん! ギーナっち──!」
「ううっ……ギーナさん……!」

 泣き声がさらに甲高いものになる。
 と、いつのまにか俺のそばに来ていたデュカリスが、少し苦笑して頭を下げた。

「事前にご連絡も差し上げずに申し訳なかった。とにかくこの者たちが『是非とも連れて行って欲しい』と聞かなくてな──」
「……そうでしたか」
「ついでながら、できれば二人とも、このままこちらにとどまりたいのだそうだ。こちらの国も、以前に言われていたほど危険な場所ではないと分かってきたことだしね」
「そうなのですか?」
「ああ。実はこちらのギガンテは、今回特別にバーデン閣下のお許しを得て、彼女たちの護衛として連れて参った。良ければ以降、共にこちらに留め置いていただければ幸いなのだが」
「は……」

 俺は、多少変な顔になっていたことだろう。
 恐らくこれは、ルーハン卿におけるフェイロン、ゾルカン閣下におけるヒエンと同じことだ。ヴァルーシャ帝もまた、ていよく俺のそばに「自分の目」となる者を置きたがっておられるのだろう。ご苦労なことである。
 ちらりとデュカリスの背後のリザードマンを見上げれば、ひとつしかない金色をした爬虫類の目がまっすぐに俺を射抜いていた。
 俺の表情を見てとって、デュカリスが柔らかく微笑む。

「まあ、さほどの必要はないかも知れんがね。何より今は、ほかならぬ君が魔王でもあることだし。ただこの男、もとはこちら魔族側の生まれなのだよ。少しは魔術の心得もあるようだし、何か役に立つこともあろうから」
「……そうなのですか」
 驚いてまた目をやれば、ギガンテは音もなくこちらに黙礼を返してきた。デュカリスもひとつ頷く。
「ともあれ。彼女らとこの男の扱いについてはのご判断に任せるよ」

 俺は振り返り、まだ手を取り合って再会を喜んでいる三人を見やった。
 ライラとレティはもちろんだが、ギーナの表情がいつになく安らいでいるように見える。やっぱり彼女たちは、三人一緒にいたほうがいいのかも知れなかった。
 デュカリスは不思議なほど柔らかな微笑を浮かべ、そんな俺と女性たちとを見比べている。

「もはや彼女たちは自由の身。いまや『勇者の奴隷』としてのくびきからは解放されたはずの身だ。そうだろう?」
「はい……」
「その彼女たちが、こうまで熱烈に君のそばに居たいと望んでいるんだ。れっきとした、自分の意思でね。そこはんでやっても罪にはなるまい。……と、これはまあ私の要らぬお節介なのだがね」

 低い声でそう囁くと、彼はごく自然な挙措きょそで腰を折り、俺に片目をつぶって見せた。ウインクなどという慣習がこちらにもあるのかどうかは知らないが、意味はあちら世界とさほど違わないようである。
 俺は反応に困って目をそらした。なにしろこの男、こういうことがまったく嫌味にならず、むしろ絵になりすぎて目のやり場に困るのだ。
 ともかくも、俺も「了解いたしました」とだけ言って会釈を返した。
 そうこうするうち、あちらではとっくに女性たちの会話が花開いている。

「わ~。それにしても、ギーナっち。なんか、めちゃめちゃキレイになったのにゃ……」
「え? そうかい……?」
「ほんとほんと。もちろん、前だってすっごく綺麗だったけど。なんだか、感じが変わりましたよね? ギーナさん」
「うーん……まあ、前は派手でも安もんの服ばっかりだったからじゃないかい? 今は一応、その……ヒュウガがちゃんとしたもんを準備してくれるもんだからさ──」

 ギーナがうっすらと頬を染めている。これは珍しいことだ。意味なく髪をいじってみたり、衣の裾をいじってみたり、少し咳払いをしてみたり。
 レティが呆れたように破顔した。

「もー、そういうことじゃにゃいにゃ。ギーナっちってば、赤くなって可愛いにゃー!」
「あ~、いいなあ。こっちで、すっごくヒュウガ様に大切にされてたんですね、ギーナさん。本当に良かったです。安心しました。本当に、とってもとっても綺麗ですよ!」
 なにやら至極意味ありげな目をして、二人ともひたすらニヤニヤしている。
 ギーナの耳が、みるみる真っ赤に染まってしまった。
「こ、こら! 大人をからかうんじゃないよ!」

 そう言ってちょっと拳を振り上げるふりをしてから、彼女はふとうつむいた。すいと拳が下におりる。やがて少し後ろを向くと、ギーナはレティとライラには聞こえないほどの小さな声で何かをぽつりとつぶやいたようだった。
 途端、レティの耳がぴくっと動いた。

「えっ? なに言ってるのにゃ、ギーナっち……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

処理中です...