上 下
138 / 225
第三章 北部地方

6 醜態

しおりを挟む
「しッ……知らぬ! 知らぬ知らぬ知らぬうううッ!」

 突然、ダーホアンが絶叫した。
 
「そのようなこと、俺は知らぬ! 南方の兎族の村だと? 知るものか! 視察など、毎日、あっちこっちに出かけておるのだ。女のこともそうだ。一体、何人迎え入れてきたと思うておる! そんなもの、いちいち覚えてなどおられるものか……!」
「……ほう。『覚えがない』とおっしゃるか」

 それはまあ、あちらの世界の不埒な政治家どももよく使う手だ。いまさら、なにほどの驚きもない。
 だが幸いにもと言うべきか、こちらにはあちらほど細かに明文化された法律もない。人権意識が薄いうえ、人の基本的な権利を守る弁護士に類する職業もない。なんとなれば、支配者たちに都合の悪い結論を下すことを許されている法廷すらもないわけだ。
 まあ、それはそれで問題だし、民らにとっては悪弊としか言いようがない。よって今後のこの世界の課題になるとは思うけれども。
 ともあれこの場では、利用できるものはすべて利用させていただくまでだ。

「それでは頂けるまで、あなた様の身柄はこちらで拘束させて頂きましょう。脳にをお持ちの方が斯様かように巨大な権力をお持ちのままでは、下々が不安になりましょうほどに」
「なっ……なにを……!?」
 俺が軽く目配せをすると、一人こちらに残っていたヒエンがすすっとダーホアンの背後に近づき、その片腕を軽く後ろ手にねじりあげた。
「ひいいッ! なっ、なにをするうっ! あ、いたたたた! 痛いと言うに! やめよっ……貴様、このようなことをしてっ……ひいい!」
「とはいえ、政治的な空白を作るのはまずいでしょうし。しばらくは、あなた様の代理の者を立てましょう。魔力の大きさ、政治的な判断力から言って、ひとまずそちらにいるフェイロンが適任かと。すでに南のルーハン卿からはご賛同をいただいておりますし」
「んむっ……なにい? フェイロンだと?」

 腕の痛みに喘ぎながら、ダーホアンが涙の浮かんだ血走った目を庭に向けた。
 そこにはこの場で起こっている事態とはまったく無関係と言わんばかりに、涼しげな顔をしたフェイロンが立っている。
 ダーホアンがくわっと目をいた。

「うぬうっ! どこかで見たことがあると思ったら、貴様、あのクソじじいの腰巾着ではないか! さては貴様ら、はじめから結託しておったのだな? よくもこの俺に、いっぱい食わせてくれたものよ……!」
 さも忌々しげに俺とフェイロンを交互に睨みつけ、ダーホアンはまた唾をとび散らかして喚きまくる。が、彼がどんなに足掻こうと、ヒエンの腕はびくともしなかった。
「くそっ! 者ども、何をしておるのだッ! 出合え、出合わぬかっ! 魔王陛下はご乱心ぞ。南西のあのクソじじいと結託し、この北西の地をだまし取らんとやってきたのよ。即刻、兵を出せ! こやつらを一網打尽にするのだっ!」

 ざわざわと、周囲の者たちがざわめきだす。
 踊り子や女官たち、さらに楽人や文官たちなどは、いつのまにかとっくに逃げ散り、柱の陰やら部屋の外へと避難している。残っているのはダーホアンの護衛を務める武官らばかりだ。
 しかし彼らも、この場で魔王ヒュウガにつくべきか、主人であるダーホアンにつくべきなのかを判断しかねる様子だった。さも不安げに互いに目を見かわして「おい、どうする」とばかり、持っている槍を手持ち無沙汰に持ち替えたり、互いに肘でこづきあっているだけだ。
 それこそが、このダーホアンの人望のなさの証左だった。
 つけ込むべきはこの一点、この一時。
 俺たちははじめから、そう計画していたのだから。
 適度なところで、ヒエンがぎりりとダーホアンの腕をさらに締め上げた。

「ひぎいいいっ!」 

 ダーホアンはあっというまにぶよついた体を海老反えびぞりにし、聞き苦しい悲鳴をあげた。冷や汗とともに、目といわず鼻や口といわず、大量の液体が噴き出している。
 俺は人々のほうに向きなおった。

「下手に反逆する者は、即座にこのダーホアンと同罪と見なす。それでも良ければ掛かってくるがいい。……ただし」

 ごく静かな声でそう言って、俺は腰の<青藍>をすらりと抜く。
 勇者のときの涼やかな気はそのままに、今は俺の魔王としての特別な<保護魔法バフ>をもまとった刀身は、冴えざえと虹色の光に輝いていた。
 その姿は、どこまでも澄みとおって美しい。本来、魔王になった俺などには手に触れることも叶わない気をまとっていながら、この剣はずっと、俺の傍から離れずにいてくれている。
 どこからか「おお」と感嘆の吐息が聞こえた。

「いいか、皆の者。心せよ。刃向かうからには容赦はしない。魔王に刃向かうということがどのような結末を迎えることになるものか。この場でその身をもって皆に知らしめる覚悟があるなら、そうしてもらって構わんぞ」

 言ってから、俺は意識的に自分の丹田に力をこめ、一気に秘めた「気」を膨張させた。
 つまり、気迫で皆をぐっと押しやるようにしたわけだ。
 ずずっ、と兵らの足がわずかにあとへ押されていざった。

「な……にを、怯えておるのだっ! 早う、早うこやつらを取り籠めぬかッ! 魔王といえども、これは甚だしい内政干渉じゃ! とんでもない罪を犯しておるはこやつらぞ! この、恩知らずの役立たずどもめらがあああッ!」

 ダーホアンが地団太を踏み、真っ赤になって喚き散らす。
 と、庭に面する側にいた兵の一人が、ふと外を見て「あっ」と声をあげた。皆が一斉に反応する。

「お、……おお?」
「あれは……!」

 兵らがあんぐりと口を開け、呆然とはるか南方の空を見上げた。
 もちろん、俺たちは驚かなかった。むしろ、やや遅かったぐらいなものだ。

(やっと来たのか──)

 俺はひそかに心中で吐息をつくと、改めて<青藍>を構え直した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

処理中です...