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第二章 臣下たち

7 武人ヒエン

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 俺はそこで、敢えてゾルカンに目を戻した。

「事態は把握しましたが。この者、今後はこちらで預かってよろしいのでしょうか」
「ん? そりゃ構わねえですぜ。こっちもこんな気味の悪いモン、近くに置いときたくねえからね。けど、一応『監視役』は付けさせてもらいますぜ。こっちも、こんなヘンなの持ってきた責任ってもんがあるからね」
 「だったら持ってくるなよ」と喉元まで出かかったが、俺はそれをどうにかこらえた。
「監視役? ……責任とは?」
 なんだか嫌な予感がする。ゾルカンは意味ありげな笑みをぼうぼう髭の頬に浮かべて言い放った。
「だって陛下、そうでがしょ? この間、なんかルーハンの野郎から女もらったときに、『世話役』つけるのをお許しになったってえじゃありませんか。だったらこっちも、お許しいただいたっていいでしょうがよ」
「いや……それは」
 どうだろう。
 それとこれとでは、意味合いがまったく違う気がするが。
「それともなんですかい? あの野郎の側近はそばに置けても、俺の側近は置けねえって、そうおっしゃるおつもりですかい」

 巨躯の男の恐ろしげな満面の笑顔を見ているうちに、なんだかだんだん頭痛がしてきた。
 一体なんなんだ、こいつらは。
 その「俺のサカズキが受けられねえってのか」式の古典的な脅し文句をどうにかしろ。こいつらの頭の中は、いったいいつの時代なんだ。
 大体、なんだってそんなに俺のそばに監視役を置いておきたがるんだ。まあ、理由はわからんこともないが。
 俺の渋面をひとしきり楽しげに見つめてから、ゾルカンはガハハハ、と大口をあけて笑った。なんだか子供みたいな奴だ。

「まっ、そーゆーことで。俺の腹心のひとり、置いて行きますんで。どうぞよろしくお願い申し上げる」
 言って男は手甲をつけた両の拳をがつんと床に衝き、形ばかりの平伏をした。
「そうか……わかった」
 結局、俺はため息まじりにそう答えるほかはなかった。

 ゾルカンが意気揚々と去ったあとには、相変わらず気味の悪い笑みを浮かべたままの少年マルコと、ゾルカンの側近の武人が残った。
 俺とギーナは<浮遊レビテーション>を使い、するすると彼らの近くへと降りていった。

「改めまして、ゾルカン閣下の配下、ヒエンと申す者です。陛下にはどうか以降、よろしくお願い申し上げまする」

 武人はゾルカンほどの体躯ではないながら、黒々としたたてがみをもつ獅子の顔をした男だった。まさに、威風堂々たる将軍である。瞳は見ほれるようなグリーンだ。
 こちら魔王軍にも南と同様、きっちりとした階級制が敷かれているが、彼は中将であるらしい。黒灰色の甲冑に黒いマント姿の男は、落ち着いた声や態度からして三十がらみと見えた。
 床に拳をついて凛と述べあげる声は朗々として、不思議と暗さを感じさせない。

「ルーハン卿の側近のごとき優男ではございませぬし、気働きばたらきなどは今ひとつにございましょうが、どうぞご遠慮なく、なんなりとお使いまわしくださいませ」
「こちらこそ、よろしく頼む。……ところで早速だが、ヒエン殿。大変失礼ながら、あなたはこのマルコ……いや、もと魔王のマノンを抑えられるだけのご器量はおありなのだろうか。見たところ、<戦士ファイター>でいらっしゃるようなのだが」

 それは、ただでさえ高い矜持を誇る武人に対する物言いとしては、相当失礼な質問だっただろう。だがヒエンは僅かも不快げな表情を見せなかった。いやまあ、単に獅子の表情というのが非常に読みづらいだけかもしれなかったが。
 ともあれヒエンは、先ほど来と変わらぬ声音で静かに答えた。

「陛下。自分は今後、貴方様の配下ともなる者です。わが第一のあるじは無論、大恩あるゾルカン閣下でございますが、同時に自分は陛下のしもべでもございますれば。どうか『ヒエン』とお呼び捨てくださいませ。ましてや敬語などはご無用に」
「……そうか。わかった」
「ご下問の件ですが、問題ないかと思われます。先ほど、マノン元陛下も仰せの通り、いまのマノン殿には以前ほどの魔力はございませぬ。自分のごとき些末な者でも、なんとかは務まろうかと」
 ヒエンの口調もその言葉も、彼のごく謙虚な心根を感じさせて相当に好印象だった。大人の男の余裕とでもいったものが、ひしひしと迫るようだ。
「『お世話』っていうか、要するに他の奴に変なことをしないようにガードする役目ってことだよな。あーあ、ほんとつまんねえ」
 口を挟んだのはもちろん真野だ。
「こいつら、魔力も持ってる武人だからな。南側じゃ、魔法も使える剣士を<聖騎士パラディン>って呼んでるだろう? こっちじゃこいつらを、大体<魔道騎士>とか<狂戦士バーサーカー>って呼ぶんだよ」
「ああ……なるほど」

 もと勇者だった俺やガイアが魔法の使えない<戦士ファイター>だったのに対し、フリーダやデュカリスは魔法の使える剣士、<聖騎士パラディン>と呼ばれていた。
 南側の者が使う白魔法に対して、こちらでは黒魔法を使うのが一般的だ。そちらを使う剣士を総じて、<魔道騎士>とか<狂戦士バーサーカー>と呼ぶということらしい。
 同様にして、ギーナが白魔法使いの<魔術師ウィザード>であるのに対して、こちら側の黒魔法使いたちは正式には<魔道師ネクロマンサー>という呼び名になるのだそうだ。

「ちなみにお前は、剣も使える剣士ってことで、<魔道師>と<狂戦士バーサーカー>のハイブリッドってことになるんじゃね? あーあ、いいなあ。俺なんか、魔力自体は大きかったけど、かたっぽだけだったもん。剣まで使えるとか、ズルイよな。むっかつくう!」

 それを聞いて、俺はふたたび半眼になった。
 そして「いや、どちらにしてもお前はほとんど後宮にいりびたっているだけの、ただの『自称・引きこもり魔王』だったんだろうが」と、つい心の中で突っ込んだ。

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