上 下
121 / 225
第二章 臣下たち

2 会談

しおりを挟む

『ヒュ、ヒュウガっち……』
『ヒュウガさまっ……!』

 その日の午後。
 水晶球の中に浮かび上がった二人の少女の顔は、俺を見た途端にわずかにひきつった。すでに話に聞かされてはいただろうが、それでも様変わりした俺の姿をその目で見ることは衝撃だったのだろう。
 もちろん、ライラとレティだった。

 俺たちは今、魔王城の執務室にいる。すでに人払いは済ませていた。
 テーブルの上の小さな布製の台座に載せられた水晶球の前には、両手をかざしてそれをあやつっているギーナ。それに向かい合うように俺が座っている。そのほかには、この国の宰相を務めるダーラムと、その側近の青年がいるばかりだ。
 ダーラムはほとんど紺色に見えるほど肌の色の濃い老人だった。頭髪はほとんどなく、痩せた体に豪奢の織り地の文官服をまとい、ふさ飾りのついた小さな帽子を頭に乗せている。
 一応、停戦が成立したとはいえ、もと敵国の皇帝と話をしようというのだ。「宰相ぐらいは同席していなければ格好がつきませぬゆえ」と、この老人は頑強に言い張ったのだった。

 ちなみに、あちら側の顔ぶれも似たようなものだった。
 少年の姿をした皇帝ヴァルーシャと、その脇に宰相らしい年配の男。少年皇帝のやや後ろ立つのはフリーダとデュカリス。少し離れて、ガイアの姿も見えた。
 先日、同様にして行われた最初の「会談」で、俺ははじめて少年ヴァルーシャの本当の姿を見ることになった。とはいえ、特段驚くこともない。事前にマリアから事実を聞かされていたからだ。
 もしも驚いたことがあったとすれば、それはかのとおやそこいらにしか見えない少年王の面差おもざしが、隣に立つデュカリスにひどく似ているということぐらいだった。
 長じれば、この少年は恐らくデュカリスに生き写しになることだろう。ただし、比較的物柔らかで優しさを垣間見せるデュカリスとは違い、少年のその瞳も口調も、まさに怜悧を絵に描いたように鋭い。年に似合わず相当に聡明で、冷静そのものであるところは、末恐ろしささえ感じさせる。父王を早くに亡くしてごく幼い頃に即位したとのことだったが、これまでさぞや多くの苦労をしてきたのだろうと思われた。

「このたびの補償については、土地や権益等々ではなく、あくまで金銭の授受のみによって行われるとのことは、先の話し合いで決したわけだが。……さて、いかほどをお望みか。忌憚きたんのないところをお聞かせ願いたい」

 水晶球を通して聞こえてくる少年の声は、きんきんとまるで空気を透過する鈴の音のように澄んでいる。
 ちなみに先の戦闘、すなわち連合軍による魔族の国への侵攻については、四天王をはじめ魔族側の貴族たちは今も大いに憤激している。まあ、それも無理はない。長年にわたる敵対関係とはいえ、ここ最近は大きな動きもなく、互いにあの「北壁」を挟んで勢力が拮抗きっこうしていた──つまりは、ある程度の「平和」があった──というのに、いきなりのあの侵攻である。
 人の暮らしをおびやかすような魔獣どもはともかくとして、一般の魔族たちにも相当の被害、すなわち死傷者が出た。
 ここに至るまでの何度かの交渉で、俺たちは少しずつその補償問題について話し合ってきたわけだ。

 つきつめて言えば、今回の戦闘にあって、どちらが勝ったとも負けたとも言いがたい。
 連合軍はひとたび魔王を倒したけれども、それを俺が引き継いでしまったことで形勢は一気に逆転してしまった。魔族どもは勢いづき、魔王城になだれこんでいた連合軍側をいまにもほふろうとしていたのだ。
 まさに戦局というものは、時の運。勝利の女神はなにかの拍子に、その天秤をあっというまに反対側へと傾けてしまう。旺盛な魔力を備えた「魔王」が再び降臨したことで、魔族軍は勇躍、発奮した。「さあ人族どもを食い散らかすぞ」とばかり、それこそ怒涛のごとき反撃を開始しようとしたわけだ。
 それを制したのは、俺だった。
 このまま黙って兵を引いてくれるなら、こちらも無駄な追撃はしない。そちらが国境に到達するまで、決して魔族軍で襲い掛かることもない。俺がそれを約束したことで、フリーダたちは兵を引いたのだ。

 しかし、あの侵攻のために家族を失ったこちら側の民たちにしてみれば、補償の要求は当然のことだった。
 俺たちは被害の程度について詳細に調べ、それをまとめて連合軍側に示した。その上で丁寧に説明し、それに応じた金額を提示して、ひとつひとつ確認しながら話を進めた。宰相の側近である青年が、書記がわりになって細かな数字をひとつずつ羊皮紙に書き連ねていく。
 ある程度のところで話し合いは一段落し、「続きはまた次の機会に」となったところで、やっと水晶球は懐かしい少女たちの姿をズームアップしたようだった。

『申し訳ございませんでした、ヒュウガ様……』
『ほんと……ごめんなさいにゃにょ。レティが突っ込んでいっちゃったから──』

 ようやく自分たちが話していい時間になったというのに、二人は基本的に泣くばかりで、ほとんどものも言えなかった。

『結局……ヒュウガ様の足手まといになっただけで……』
『まさか……レティたちのせいで、ヒュウガっちが魔王になっちゃうにゃんて。レティ……レティ──』

 しゃくりあげるレティの横では、ライラが嗚咽をこらえようと必死に自分の口を手でおさえている。
 俺はしばらく、球の中の二人をじっと見つめていた。それから、なるべく明るく、軽く聞こえるようにと気を使いつつ言った。

「……いや。あれは、俺が自分で選んだことだ。無理な相談だとは思うが、そんなにあまり……気にしないでくれ。どれも、レティとライラの責任じゃない」
「でも……ヒュウガっち」
「ヒュウガさま……」
「そんなことより。ライラ」
 言って俺がライラを見ると、彼女は真っ赤な目をあげた。
「はい……?」
「ちゃんと、ご両親のところには戻ったか? ライラをきちんと無事に家に戻すと、あの時お約束をしていたはずだが」
「あ、……は、はい……」

 ライラは声を詰まらせながら説明してくれた。
 体の状態がもとに戻るとすぐ、サンドラたちがシャンティを駆って彼女を家へ連れて行ってくれたのだそうだ。ご両親はもちろん、狂喜した。しかしライラはその足ですぐ、また帝都へ戻ったというのだ。今度は「勇者の奴隷」だからではなく、完全に自分の意思で。

「だって……だって、このままでは終われません。ヒュウガ様をそんな目に遭わせたままでっ……、あたしだけ村に戻るなんて……!」
「そうにゃよ。レティもそーしたにゃよ。一回、山に戻ったけど、ママにめっちゃお願いして、またこっちに来ることにしたにょ。今度は家族みんなで来たにゃ。それで、サンドラっちたちも一緒に、皇帝ヘーカのお手伝いすることにしたんにゃよ」
「そうなのか……?」

 俺は多少の疑問をおぼえて、ヴァルーシャ帝のほうをちらりと見た。
 案の定と言うべきか、少年は意味ありげな笑みを浮かべていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜

フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」  貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。  それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。  しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。  《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。  アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。  スローライフという夢を目指して――。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

処理中です...