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第二章 臣下たち
2 会談
しおりを挟む『ヒュ、ヒュウガっち……』
『ヒュウガさまっ……!』
その日の午後。
水晶球の中に浮かび上がった二人の少女の顔は、俺を見た途端にわずかにひきつった。すでに話に聞かされてはいただろうが、それでも様変わりした俺の姿をその目で見ることは衝撃だったのだろう。
もちろん、ライラとレティだった。
俺たちは今、魔王城の執務室にいる。すでに人払いは済ませていた。
テーブルの上の小さな布製の台座に載せられた水晶球の前には、両手をかざしてそれをあやつっているギーナ。それに向かい合うように俺が座っている。そのほかには、この国の宰相を務めるダーラムと、その側近の青年がいるばかりだ。
ダーラムはほとんど紺色に見えるほど肌の色の濃い老人だった。頭髪はほとんどなく、痩せた体に豪奢の織り地の文官服をまとい、ふさ飾りのついた小さな帽子を頭に乗せている。
一応、停戦が成立したとはいえ、もと敵国の皇帝と話をしようというのだ。「宰相ぐらいは同席していなければ格好がつきませぬゆえ」と、この老人は頑強に言い張ったのだった。
ちなみに、あちら側の顔ぶれも似たようなものだった。
少年の姿をした皇帝ヴァルーシャと、その脇に宰相らしい年配の男。少年皇帝のやや後ろ立つのはフリーダとデュカリス。少し離れて、ガイアの姿も見えた。
先日、同様にして行われた最初の「会談」で、俺ははじめて少年ヴァルーシャの本当の姿を見ることになった。とはいえ、特段驚くこともない。事前にマリアから事実を聞かされていたからだ。
もしも驚いたことがあったとすれば、それはかの十やそこいらにしか見えない少年王の面差しが、隣に立つデュカリスにひどく似ているということぐらいだった。
長じれば、この少年は恐らくデュカリスに生き写しになることだろう。ただし、比較的物柔らかで優しさを垣間見せるデュカリスとは違い、少年のその瞳も口調も、まさに怜悧を絵に描いたように鋭い。年に似合わず相当に聡明で、冷静そのものであるところは、末恐ろしささえ感じさせる。父王を早くに亡くしてごく幼い頃に即位したとのことだったが、これまでさぞや多くの苦労をしてきたのだろうと思われた。
「このたびの補償については、土地や権益等々ではなく、あくまで金銭の授受のみによって行われるとのことは、先の話し合いで決したわけだが。……さて、いかほどをお望みか。忌憚のないところをお聞かせ願いたい」
水晶球を通して聞こえてくる少年の声は、きんきんとまるで空気を透過する鈴の音のように澄んでいる。
ちなみに先の戦闘、すなわち連合軍による魔族の国への侵攻については、四天王をはじめ魔族側の貴族たちは今も大いに憤激している。まあ、それも無理はない。長年にわたる敵対関係とはいえ、ここ最近は大きな動きもなく、互いにあの「北壁」を挟んで勢力が拮抗していた──つまりは、ある程度の「平和」があった──というのに、いきなりのあの侵攻である。
人の暮らしを脅かすような魔獣どもはともかくとして、一般の魔族たちにも相当の被害、すなわち死傷者が出た。
ここに至るまでの何度かの交渉で、俺たちは少しずつその補償問題について話し合ってきたわけだ。
つきつめて言えば、今回の戦闘にあって、どちらが勝ったとも負けたとも言いがたい。
連合軍はひとたび魔王を倒したけれども、それを俺が引き継いでしまったことで形勢は一気に逆転してしまった。魔族どもは勢いづき、魔王城になだれこんでいた連合軍側をいまにも屠ろうとしていたのだ。
まさに戦局というものは、時の運。勝利の女神はなにかの拍子に、その天秤をあっというまに反対側へと傾けてしまう。旺盛な魔力を備えた「魔王」が再び降臨したことで、魔族軍は勇躍、発奮した。「さあ人族どもを食い散らかすぞ」とばかり、それこそ怒涛のごとき反撃を開始しようとしたわけだ。
それを制したのは、俺だった。
このまま黙って兵を引いてくれるなら、こちらも無駄な追撃はしない。そちらが国境に到達するまで、決して魔族軍で襲い掛かることもない。俺がそれを約束したことで、フリーダたちは兵を引いたのだ。
しかし、あの侵攻のために家族を失ったこちら側の民たちにしてみれば、補償の要求は当然のことだった。
俺たちは被害の程度について詳細に調べ、それをまとめて連合軍側に示した。その上で丁寧に説明し、それに応じた金額を提示して、ひとつひとつ確認しながら話を進めた。宰相の側近である青年が、書記がわりになって細かな数字をひとつずつ羊皮紙に書き連ねていく。
ある程度のところで話し合いは一段落し、「続きはまた次の機会に」となったところで、やっと水晶球は懐かしい少女たちの姿をズームアップしたようだった。
『申し訳ございませんでした、ヒュウガ様……』
『ほんと……ごめんなさいにゃにょ。レティが突っ込んでいっちゃったから──』
ようやく自分たちが話していい時間になったというのに、二人は基本的に泣くばかりで、ほとんどものも言えなかった。
『結局……ヒュウガ様の足手まといになっただけで……』
『まさか……レティたちのせいで、ヒュウガっちが魔王になっちゃうにゃんて。レティ……レティ──』
しゃくりあげるレティの横では、ライラが嗚咽をこらえようと必死に自分の口を手でおさえている。
俺はしばらく、球の中の二人をじっと見つめていた。それから、なるべく明るく、軽く聞こえるようにと気を使いつつ言った。
「……いや。あれは、俺が自分で選んだことだ。無理な相談だとは思うが、そんなにあまり……気にしないでくれ。どれも、レティとライラの責任じゃない」
「でも……ヒュウガっち」
「ヒュウガさま……」
「そんなことより。ライラ」
言って俺がライラを見ると、彼女は真っ赤な目をあげた。
「はい……?」
「ちゃんと、ご両親のところには戻ったか? ライラをきちんと無事に家に戻すと、あの時お約束をしていたはずだが」
「あ、……は、はい……」
ライラは声を詰まらせながら説明してくれた。
体の状態がもとに戻るとすぐ、サンドラたちがシャンティを駆って彼女を家へ連れて行ってくれたのだそうだ。ご両親はもちろん、狂喜した。しかしライラはその足ですぐ、また帝都へ戻ったというのだ。今度は「勇者の奴隷」だからではなく、完全に自分の意思で。
「だって……だって、このままでは終われません。ヒュウガ様をそんな目に遭わせたままでっ……、あたしだけ村に戻るなんて……!」
「そうにゃよ。レティもそーしたにゃよ。一回、山に戻ったけど、ママにめっちゃお願いして、またこっちに来ることにしたにょ。今度は家族みんなで来たにゃ。それで、サンドラっちたちも一緒に、皇帝ヘーカのお手伝いすることにしたんにゃよ」
「そうなのか……?」
俺は多少の疑問をおぼえて、ヴァルーシャ帝のほうをちらりと見た。
案の定と言うべきか、少年は意味ありげな笑みを浮かべていた。
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