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第一章 魔王ヒュウガ

6 奴隷女たち

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《なーんかさあ。また女が増えちまったのかい? ヒュウガ》

 いかにも面倒くさそうな思念が頭のなかに響いて、俺はわずかに苦笑した。
 すでにルーハンの別邸を後にして、一路、魔王城を目指す空の上である。

《ついでに、テキトーな理由つけて、変な野郎まで押し付けられちゃってさあ。大丈夫なのかよー。ヒュウガ、お前、そーゆーとこだぜ? ぜってえあぶねーし》
《ああ……分かってる》
《寝首とか、かかれねーように気をつけろよー?》
《気は抜かないつもりだ。心配をかけてすまないな、ガッシュ》
《え? いや……オレは別に》

 人間であったら明らかに赤面したような様子で、彼の思念がくすぐったそうに少し揺れた。この黒い稲妻のようなドラゴンは、見た目や口の悪さとは裏腹に、けっこう心優しい生き物なのだ。

《まっ、いーけどよ。そいつがヒュウガに変な真似しやがったら、俺もギーナねえさんも黙ってねえしー?》
《……そうだな。大いに期待している。よろしく頼む》

 ガッシュは近頃、ギーナをこう呼ぶようになっている。実質の年齢は彼のほうがはるかに上だろうに。どういう経緯かは知らないが、ある日突然「この姉ちゃんはオトナだよなー!」と言い出して、以降、こういうことになったのだ。
 リールーの時も思ったが、ドラゴンのメンタルは謎である。

 ともかくも。
 ガッシュが言ったとおり、今ギーナと俺が座っている鞍の後ろ側には、先ほど「献上」された兎族の少女シャオトゥと、その「世話係」としてついてきた美貌の青年フェイロンが並んで座っている。
 一応名目は「世話係」だというのに、この青年はシャオトゥのことになどまったく関心もなさげだった。ガッシュの背中から転げ落ちないようにと鞍の安全紐をその体に巻き付けてやった後は、ほとんど彼女に目もくれない。
 これがあのルーハンのたくらみの一環であることは明白だった。よくわからんが、まあその目的はどうせ、俺の監視やら観察といったところだろう。
 どの道、この青年とて今の俺からすれば、魔力の上でははるかに劣った存在だ。もちろん、人はそれだけで価値の決まるものではない。知恵だの経験だのといったもろもろの部分では、彼の方がいくらでも俺を凌駕しているのだろうけれども。

 そうこうするうち、俺たちはいつものように魔王城のドラゴン発着場所である大きなバルコニーへ辿りついた。
 奥から早速、側近の文官たちや召使いたちが駆け寄ってくる。

「陛下、お帰りなさいませ」
「遠方へのご視察、まことにお疲れ様にございました、魔王陛下」

 その中には、美々しい魔族の女官たちが六名ほど混ざっている。実は彼女たちは、先王マノンの愛妾だった女たちだった。
 あの日、真野が俺に魔王の座を譲った瞬間、彼女たちもその奴隷としてのくびきから自由になったはずだった。しかし、連合軍の面々が去ったあと、彼女たちは俺の足にすがりつかんばかりにして懇願してきたのだ。

『どうか、お願いいたします』
『わたくしどもをお見捨てにならないでくださいまし、陛下!』
『王のものでなくなった奴隷女は、臣下や囚人たちに下げ渡されるのが決まりなのです』
『そうなったら、どんな目に遭わされるか……!』
『どうか、どうか、お許しを……!』
『どんなことでもいたします。ですからどうか、どうかおそばに……!』

 そう言って、彼女たちは泣きながら俺の前にひれ伏した。中には俺の靴先へ必死で口づけをする者までいた。それはまさに、血の出るような叫びだった。
 自分の意に反して魔王にならざるを得ず、下降していた俺の気分は、このことでさらに暗くなった。
 要はこの兎族の少女、シャオトゥと同じことなのだ。
 美しい魔族やダークエルフの女たちは、下級魔族の格好の「餌」あるいは「褒美」になる。彼らにとって先王の「」だとは言え、それでも十分に価値があるのだ。
 俺は少し考えてから、「それはもちろん構わない。が、とにかく、その格好だけは何とかしてくれ」と彼女たちにお願いした。何しろ彼女たちは、ほとんどアクセサリーだけではないのかと思うような、極端に煽情的な姿だったからだ。それではこちらが目のやり場に困るというものだろう。
 彼女たちはもちろん、狂喜した。

『ありがとうございます! ありがとうございます……!』
『これからはこの命を懸けて、陛下をお守り申し上げます』
『わたくしどもは、これでも皆、ウィザードやヒーラーでございますので』
『必ずや、陛下のお役に立ちます……!』

 そんな風にひとしきり手を取り合い、さんざんに大喜びをしてからはじめて、女たちは俺の後ろで変な顔になっているギーナに気付いた。そうしてなぜか、一様にびくりと青ざめた。

『あ……あのう。もちろん、ご正妻さまには決してご迷惑はおかけいたしませんので』
『どうぞ私どものことは、ただの奴隷とおぼし召して、ご正妻さまにも存分にこき使っていただければ──』
『どうかどうか、わたくしどものことは寛大なお心をもちましてお目こぼしをくださいませ、ご正妻さま……!』
『は? ごせ……なんだって?』
『あ、うん。そういうことならいいんじゃない? ねえ、ヒュウガ?』

 頭の中に駆け巡る疑問符の嵐に困惑していたら、なぜかギーナは俺の言葉を遮ってそう言い放った。見たこともないような、輝くばかりの満面の笑みで。
 いまだに、何がなんだかよく分からん。

 まあ、そのようなすったもんだはあったのだが。
 ともかくも、以降はなるべく肌の露出の少ない普通の衣装を着てもらって、俺は彼女たちを身の回りの世話をする女官として遇している。先ほどガッシュが「また女が増えた」と言ったのは、つまりはこういうわけなのだ。
 あとで聞いたら、こんな処置をしたのは歴代魔王の中でも俺がはじめてなのだそうだ。大抵の魔王は「先代の使い古しなんてゴメンだ」とばかり、懇願し泣きわめく女たちをあっさりと臣下やら、地下牢にいる囚人たち──その多くはトロルやオーガだ──に投げ与えて、ことを終わらせたのだという。つまりは先代であるあの真野も、そうしたということだろう。ひどい話である。

「あら。そちらの方々は──」

 女性たちは早速、俺が連れてきた新顔に気付いて怪訝な顔になった。俺はみなに簡単に、かれらのことを紹介した。
 とりわけシャオトゥのことになると、急に女たちの顔が神妙なものになった。みなギーナと同じく、彼女の境遇がとても他人事とは思えないのだろう。

「田舎の出身でもあるようだし、シャオトゥは俺と同様、こちらの生活にはもの慣れないことも多いだろう。どうか皆で、十分に気配りをしてやってほしい。できれば心のケア……つまり、療養や配慮のほうもな。面倒をかけるが、よろしく頼む」
「まあ、左様にご丁寧に……。滅相もございませんわ、陛下」
「どうぞ、わたくしどもにお任せを」
「陛下はお疲れにございましょう。湯殿もお食事も、すでに調ととのっておりますので。ささ、こちらへ……」

 俺は彼女たちに促されるまま、ギーナとシャオトゥ、それにフェイロンを伴って王宮の奥へ足を向けたのだった。

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