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閑話

5 黒いドラゴンのひとりごと

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 オレ、ガッシュ。
 ほんとは「ガッシュティンク=ルナカペラ=デル=フィエントヴァルザブルク」っていうんだけど、まあ誰も一発じゃ覚えらんないし。っていうかそもそもニンゲンの発声器官では発音できない音も大量に混ざってるから、大体は「ガッシュ」って呼ばせてる。
 そう、のさ。
 別にオレ、あいつらのペットじゃねえし。

 いつかじいちゃんが言ってた。オレたち上級ドラゴンは、みんなめちゃめちゃ長命だし、そのぶん大いなる知恵を持ってる。だからあんな短命でバカなニンゲンどもにこき使われる筋合いはない。誇り高くて、「お前らのペットになるなんて死んでもゴメン」な種族なんだからな。舐めんなよ。
 オレたちがちょっと本気を出せば、あんな奴らの百や二百、まとめてぶっ殺すこともできるんだからな。じいちゃんだったら、魔撃のひと吹きで数千、数万は塵に変えちまうだろう。そりゃ、「伝説のドラゴン」なんて言われて恐れられてるだけのことはあるわけよ、ふふん。
 で、オレはその孫ドラゴン。
 全身が真っ黒なのは親父ゆずり。びっしりならんだ鱗が黒曜石みたいにきらきら光って、爪も棘もぴんぴんに磨かれて。ほんとつやつや。世話係のニンゲンが、いつも「お前はほんとにキレイだね」なんてほめてくれる。
 ま、当然だよな。
 親父がちょっと、このニンゲンの何代か前の奴に惚れこんじゃって、「お前の役に立とう」なんて約束をしちまったもんで、オレはここでこき使われる羽目になっちゃった。あーあ。親父、なにしてくれてるんだか。

 え、親父はどこにいるのかって? もうこの仕事は引退してるよ。どこかで好きに生きてるんじゃね?
 いや、年をとるとオレたちって、体が大きくなりすぎるんだよ。もちろんそのぶん魔力も体力も大きくなるんだけど、人を乗せて飛ぶにはちょっと不便になるってわけ。わかるだろ? せまい渓谷の間とか飛べなくなるじゃん?
 で、息子のオレがあとを引き継いだわけ。はー、めんどくせ。

 でもまあ、この仕事は気に入ってる。
 なんたって、俺は魔王しか乗れない特別なドラゴンだからな。
 魔王って言えば、魔族の世界の親分だ。まあ、ちょっとヘンな奴が多いのは玉にきずなんだけど。
 めちゃめちゃ同族殺しが大好きで、その上めっちゃ嗜虐趣味なやつとかな。ヒイヒイ泣き叫んでる女でも子供でも、ぎゃはぎゃは笑いながら、はじっこからちょっとずつ体を削り取るような奴ね。
 あれはほんと、ひどかった。
 オレ、もう耳も目もがっつり魔力で閉じて、見ないようにしてたけどさ。

 で、この間のやつは「引きこもり」。
 いや、オレが言ったんじゃねえよ? 自分でそう言ってたんだって。
 なんか、滅多に王宮から出てこないで、気に入ったメスと交尾することばっか考えてるみたいな、めっちゃくらーい奴だったな、うん。
 そんで、だれのことだかわかんないけど、ときどき「あいつ、ほんっとムカツク」とかなんとか、ぐるぐる真っ黒な気分を胸の中で渦巻かせてる。いつまでもそこをぐるぐる回ってるだけで、ちっとも前へ進めないって感じだったな。
 ちょっと目先を変えるだけで、周りにいいことも明るいことも楽しいことも、なかったわけじゃなかったのにさ。
 はたから見てるとただのアホなんだけど。
 ま、ニンゲンってそんなもんだし。
 オレがどうこう言ったからって、聞かねえのも知ってたし。

 え? 「なんでわかるの」って?
 オレ、そういうの見えちゃうからな。まあ見たくないもんは、見ないですますこともできるけどさ。
 まあ、そんな心の中ドロドロのやつと話ししたってつまんねえって分かってるから、絶対に心は開かない。だからニンゲンどもってば、オレがあいつらと心を交わすことのできねえドラゴンだって、勝手に勘違いしてやんの。バッカじゃね? こっちが願い下げなだけだっつーの。

 あ、でも。
 今度の新しい魔王は、ちょっと面白いかなって思ってる。
 いつも茶色い肌したすごい美人のダークエルフを連れてるんだけど、「ああ、また前の奴みたいな女好きか」って思ったら全然ちがった。
 今までだったら、魔王はだれかに殺されて位を奪われるか、自分で死期を悟ってだれかに譲位することで誕生してた。
 でもこいつは、そういうののどれとも違う。
 要するにあの、前の「引きこもり魔王」から、変な理由で無理やり譲位されちゃったと、つまりそういうことらしい。オレにはよくわかんないけど。

 あいつが初めて宮殿の奥深くにあるオレ専用の部屋にやってきた時、オレは半分眠ってた。
 オレたちドラゴンはいつも、この世界のあらゆる部分から魔力エネルギーを吸い取りながら体力を蓄えている。その時も、ちょうどそうしていたわけだ。
 あいつは世話係のやつとちょっと話をすると、あらためてこっちへやって来た。

(ふうん。また新しいヤツになったんだな)

 オレはそんな風に思っただけで、片方の目を半分だけ開けてそいつを観察した。主に、その心をだけどね。
 そんで、「へえ」ってびっくりした。
 なんて言うか、そいつはオレがこれまで知っていたどの魔王とも違っていたから。「毛色が違う」なんて言うけど、ちょうどそんな感じ。
 そいつが腰に差している青緑の不思議な魔力の光を放つ剣のことも気になった。それが、普通の魔王だったら手に触れるのも難しいような、めちゃくちゃ綺麗なを放っていたからだ。
 隣に連れてるダークエルフの女もそうだった。自分じゃそうは思ってないようだったけど、この新魔王を想うココロのところだけはめちゃめちゃキレイ。きらきら光ってて、でもどっか悲しそうで。目が離せなくなっちゃった。

 こんなモノたちに想われて、慕われて、「そばに居たい」って思わせる。
 そんな魔王は初めてだった。
 だから俄然、興味が湧いた。
 「この者は、人に心を開きません」って世話係がおせっかいなことを吹き込んでいたのも聞こえてたから、ちょっと悪戯心も湧いちゃった。
 だから、オレがこう言ったとき、そいつは目をみはって驚いたようだった。

《ねー。名前、なんてえの》

 それでしばらく沈黙したあと、やっとこう返してきた。

《……まさかとは思いますが。今のお声は、あなたですか》

 いや、驚いたね。めちゃめちゃ敬語だったんだもん。ちょっと吹いた。
 ま、今では友達みたいな感じで、ふつーにお話ししてるけどもさ。
 
 そいつの名前はヒュウガといった。
 ヒュウガは前の魔王とは大違いで、暇さえあれば、やたらめったら領土のあっちこっちへ飛んでいきたがる。そんで何をやってるかと言うと、そこで働いてるすんごく貧しい農家の家族とか、奴隷同然に働かされてる女や子供たちと会ってるんだ。
 それも、いつもの長い髪とかマントの姿じゃなくて、そこらへんに居そうな普通の髪型と格好で。つまり、「お忍び」とかいうやつだよな。
 んで、城に戻って臣下の奴らにあれやらこれやら指示を出してる。
 どうやら、めちゃくちゃ真面目に魔王としての仕事をしているらしい。

 いや、あいつらしいけど。
 なんか、ほんと面白い。

 だからここんとこ、ほんと楽しい。
 あっちこっちに飛んで行けると気持ちいいしな。それも、弱い者いじめしに行くとか悪だくみしにいくみたいな、胸糞悪くなるような理由じゃないし。
 この宮殿で暮らすようになって、こんなのはほんとに久しぶりだ。

 そういえば、ヒュウガは南にいたときに、リールーっていうメスのドラゴンに乗ってたらしい。
 え? そりゃまあ、知ってるよ。同族の奴だからさ。
 上級ドラゴンってのは、みんなオレのおじいちゃんから生まれてきてる。だから全部、どっかでは血がつながってるのさ。つまり親戚みたいなもんってこと。
 ヒュウガが魔王になることになって、あいつ、めっちゃ泣いてたらしいな。
 ま、わかるけど。しょうがねえよな、女って。

《心配すんなよ》
《こっちじゃオレが、こいつの面倒見るからよ》──。

 オレは風にふうっと息を吹きかけて、その「手紙」を乗せてやった。
 ドラゴン同士だけにできる秘密の通信。
 なんか、返事がめっちゃ長文で来そうでイヤだったから、これまではあんまりやったことなかったんだけど。

 そんなことを考えてたら、いつもみたいに大股に、マントを翻してオレの主人が入って来た。

《ガッシュ。今日は南西だ》
《おおよ。ってか、昨日は北に行ったばっかじゃん。おめーほんっと、ドラゴン使いが荒すぎー》
《……ああ、すまん。そうだよな。疲れているか》

 そうなんだよ。こいつ、ちゃんとオレのことまで気遣うんだよなあ。
 大丈夫だっての。オレは上級ドラゴン様だぜ。
 しかも、魔王の御用達ごようたしだぜ?

《ふふん。舐めんな。このオレが、ちょっとやそっとのことで泣きなんか入れるもんかよ。余裕だっつーの、ヨユー!》
《……そうか。済まない》

 俺は「へいへい」ってわざとめんどくさそうに言って、ひょいと体を低くする。
 あいつは隣にいるダークエルフの女を難なく抱き上げ、いつものように軽い足取りで背中のところにのぼってくる。

《んじゃ、行くぜー。ちゃんとつかまってろよー、ヒュウガ》
《分かってる。よろしく頼むぞ、ガッシュ》

 俺は宮殿の発着場所になっているバルコニーから、ずばっと風を切り裂いて舞い上がる。
 うひょー! オレ、かっけえ。
 この時が一番、気分がいい。
 背中に乗ってるのお陰で、今までの何倍も気分がいい。

《このまま、いつまでもオレの魔王でいてくれよ。……な? ヒュウガ》

 うっかりすると、ちょっとそんなことを思っちまう。
 ま、ぜってえ言わねえけどな。
 ふん!
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