上 下
101 / 225
第十章 魔族の世界へ

11 闖入者

しおりを挟む

「ギーナ! なんてことを──!」
「い……いんだ。早く──」

 彼女を抱き起こした俺の腕を、苦しげな息をおして、ギーナはぐいと押しやった。

「早く、倒しな。……これ以上、躊躇したら……許さない、よ」
「…………」
「いつまで、あんなのに……好き勝手、言わせておくのさ。魔王、なんて……はやく、倒して」
 切れ切れに言いながら、傷と煤で赤黒く汚れた顔でギーナはうっすらと笑ったようだった。
「はやく、みんなで……帰ろう、よ」
 そこまで言うと、ギーナはふっと目を閉じた。俺の腕を掴んでいた指先から力が抜ける。
 
(ギーナ……!)

 慌ててその口元に顔を寄せる。どうにか呼吸はしていることが分かって、ほっとした。まだ、意識を失っただけのようだ。
 しかし、その息は今にも止まってしまいそうだった。きりきりと締めつけられるように胸が痛む。呼吸するのも苦しいほどだった。
 俺は唇を噛み、マリアのほうをきっと見た。

「シスター! お願いです。早く<治癒ヒール>を!」

 マリアの動きは、いらいらするほど緩慢に見えた。それでも一応、こちらへ歩いてくるのを確認して、俺はギーナの体を床へ横たえた。そのまま彼女の身体の前に立ちふさがるようにして身構える。ふたたび<青藍>を構えなおした。
 術者が打撃をこうむったことで、俺の身体からはほとんどの<防御魔法バフ>が消え去っている。青き鎧も<青藍>も、常と変わらぬ状態に戻ってしまっていた。
 だが、それでも戦わないわけにはいかない。

 いつのまにか、真野は長い階段の中ほどにまで下りてきていた。ウィザードたちと同様に、少し宙に浮いたままの姿である。にやにやと気味の悪い笑みで口角をゆがめ、さも面倒くさげな様子で両手をだらりと下げたその姿は、まるで幽鬼のような風情だった。
 金色に変貌したその瞳には、人のものとはまったく違う、爬虫類そっくりの細長い瞳孔が浮かんでいる。真野はきらきらと、さも楽しげにその瞳をぎらつかせていた。

「どうやらお姉ちゃんはもうダメみたいだね。これで邪魔者はいなくなった。さっさとかかってこいよ、日向」
「真野……」

 ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。

「……どうしてだ」
「ああ?」

 押し殺した俺の声を、真野はちゃんと聞き取った。胡散臭そうな目をして片眉をあげ、じっと俺の表情をうかがっている。
 俺は一歩、真野の方に近づいた。

「なぜ、こんなことをしなければならない? お前も俺も、たまたまこちらの世界に落ちてきただけの人間だ。『創世神』とやらの意思によって『魔王』と『勇者』にさせられたからと言っても、だからといってこうやって、本当に戦わねばならないほどの理由になるわけがない」

 もともと友達だったとまでは言わないが、それでも同じ教室にいた、クラスメートではないか。互いに憎み合っていたわけでもなし、それどころかこうやって、同じ運命に落とされた、いわば仲間と言ってもいいほどの間柄のはずなのに。
 が、真野はさもあきれ果てたような顔で俺を見やっただけだった。

「まーだ、そんな甘いこと言ってんの?」
 
 そうして無造作にその片手をぶん、と振った。
 途端、その指先から幾本もの炎の柱が飛び出した。炎はあっという間に俺に到達し、<青藍>と俺の身体すべてを包んで燃え上がった。

「ぐっ……は!」

 熱い。
 いや、熱いなどと言うものではない。
 じりじりと鎧の表面が焼ける。だが<バフ>なしとはいっても、そこは勇者の鎧と剣だった。やがて炎が消えたあとでも、少しの焼け焦げも残らない。
 ただ、中身はそうはいかなかった。頬や鼻の頭に火傷ができ、びりびりとした痛みを覚える。

「言っただろ? オレは、お前なんか大っ嫌いなんだよ。何度言ったら分かるのさ。お前と一緒に逃げるだ? 冗談じゃないね」

 真野が再び手をあげる。
 バチバチと音をたて、次は電撃魔法の攻撃が襲い掛かった。その手から生み出された魔撃が容赦なく俺を包む。<青藍>で反撃しようにも、魔撃はその刀身を包み込み、俺をも飲み込んで攻撃してきた。
 体じゅうがビリビリと苛まれる。皮膚のすべて、内臓のすべてが焼けるように、また何百本ものナイフで切り刻まれるような痛みに包まれた。

「ぐあ! あああッ……!」

 それでも、俺は<青藍>を構えたまま、どうにかそこに立っていた。

「真野……っ」
 どうにか一歩、また真野に近づく。
「やめるんだ。……それで、俺と」

 真野が一瞬、ウッと声を呑んであとずさった。
 しかし。

「う……うるさい! うるさいうるさいうるさい、うるさあああ────い!!」
 遂に、目をひん剥いて絶叫した。
「うるせえんだよっ! 黙れ! 死んじゃえ! お前なんか……おまえ、なんかああああっ!」

 そうしてもう手当たり次第、めったやたらに魔撃を生み出しては、俺に向かって叩きつけ始めた。
 炎熱魔法。電撃魔法。氷結魔法。
 そして毒魔法と、あらゆる呪いを含んだ魔法。
 それらがもう滅茶苦茶に、俺の身体に降り注いだ。

「オレのことなんか、ほっとけばよかったのに! そうすりゃ、もうちょっとは楽だったのに──!」
 もはや吠えるようだった。
 真野は喉も枯れよと叫び散らかす。
「どうせ、どうせっ……ちゃんと助けられやしないんだからっ。いつもいつも、そばにいてくれるわけでもないくせにっ……! だから──だから、オレはっ……!」

 真野の顔は、俺にはもうよく見えなかった。
 けれどもその声は、確かに泣いているように聞こえた。
 俺の耳にはそれが、小さな子供がわあわあと親を探し、あるいは助けを求めて泣いている、そんな声に聞こえてならなかった。

「お前なんか……大っ嫌いだ。この、偽善者野郎! お前なんか……お前なんかあああっ……!」

 頭が朦朧とする。
 視界が霞む。
 痛みと、熱と、心臓を掴まれるような呼吸の苦しさ。
 体中をいばらでぐるぐる巻きにされ、皮膚のすべてをえぐりとられるような激痛。
 そんなものが入れ替わり立ち替わり、俺の体をさいなんでいく。
 いつのまにか膝をつき、俺は叩きつけられる魔撃をなすすべもなく受け続けていた。まだ体を起こしていられるのが不思議なぐらいだった。恐らく、鎧のお陰なのだろう。
 しかし。
 遂にぶつぶつと意識が途切れはじめた。
 真野の叫びが遠のいていく。
 頭の芯がぼんやりとして、視界がどんどんおぼろに霞んでいく。

(……終わる、のか)


『そうよ。それでいい。……終わっておしまいなさい、ヒュウガ様』──。


 ブラックアウトしかかった意識の底で、だれかが優しい声で言う。
 それが胸の奥から聞こえてくるのか、天上から聞こえてくるのか、それすらももう、俺には判然としなくなっていた。

 ひどく満足げで、おだやかな声。
 あれは……だれの声なんだ。

(そうか……終わりか)

 これで、俺も終わりなのか。
 そう思い、すでに見えなくなっている目を閉じる。
 体全体が、もはや痛みなのかなんなのか分からない、ただただ激しい衝撃に包まれている。
 音もにおいも感じなかった。
 もはや五感が壊れてしまったのだろう。
 真っ暗だ。
 なにもかも。
 真っ暗だ……。

(……すまない。みんな──)

 しかし。
 遂にゆらりとくずおれかけた、その時だった。

「にゃにゃ──っ! ヒュウガっち、しっかりするにゃ──!」
「立ってください、ヒュウガ様っ……!」

 ここで聞こえるはずのないふたつの声が、高らかにそこに響き渡った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

俺だけ異世界行ける件〜会社をクビになった俺は異世界で最強となり、現実世界で気ままにスローライフを送る〜

平山和人
ファンタジー
平凡なサラリーマンである新城直人は不況の煽りで会社をクビになってしまう。 都会での暮らしに疲れた直人は、田舎の実家へと戻ることにした。 ある日、祖父の物置を掃除したら変わった鏡を見つける。その鏡は異世界へと繋がっていた。 さらに祖父が異世界を救った勇者であることが判明し、物置にあった武器やアイテムで直人はドラゴンをも一撃で倒す力を手に入れる。 こうして直人は異世界で魔物を倒して金を稼ぎ、現実では働かずにのんびり生きるスローライフ生活を始めるのであった。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

【改稿版】休憩スキルで異世界無双!チートを得た俺は異世界で無双し、王女と魔女を嫁にする。

ゆう
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生したクリス・レガード。 剣聖を輩出したことのあるレガード家において剣術スキルは必要不可欠だが12歳の儀式で手に入れたスキルは【休憩】だった。 しかしこのスキル、想像していた以上にチートだ。 休憩を使いスキルを強化、更に新しいスキルを獲得できてしまう… そして強敵と相対する中、クリスは伝説のスキルである覇王を取得する。 ルミナス初代国王が有したスキルである覇王。 その覇王発現は王国の長い歴史の中で悲願だった。 それ以降、クリスを取り巻く環境は目まぐるしく変化していく…… ※アルファポリスに投稿した作品の改稿版です。 ホットランキング最高位2位でした。 カクヨムにも別シナリオで掲載。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...