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第十章 魔族の世界へ
5 侵入
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これ以上、リールーとシャンティを伴うのは無理そうだった。
《リールー、済まない。ここで待っていてもらえるか》
《いいよー。おじいちゃんと一緒に、ここにいたらいいんだねー?》
《ああ》
彼女が「おじいちゃん」と呼ぶのはもちろん、緑パーティーのドラゴン、シャンティのことだ。
《気をつけてな。危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ》
《えー? 大丈夫だと思うけどー。ボクたちだってちゃんと戦えるしー》
リールーの思念は相変わらず、至ってのんきで無邪気なものだ。まるで幼児がたてるような、甲高い笑声が聞こえそうなほどだった。
《お前を無事に戻せなかったら、帝都で待っておられるお母上に申し訳がたたないからな。必ず無事に国に戻れよ》
《わかったー。ありがと、ヒュウガー。優しいねー》
《手数を掛けるが、ここまでのこと、シエラを通じてフリーダにも報告を頼む》
《あ、うん。わかったー》
俺はそこで、さらに一歩リールーに近づいた。その首に手を回し、顔を寄せる。
そのまま、軽くそこに額をあてた。
《……ここまでありがとう。決して無理はしないでくれよ》
《え、ヒュウガ……》
《約束だ。必ず、無事に逃げのびろ》
そう言ったら、リールーの思念は急に悲しそうなものになった。見ればその蒼い瞳にうっすらと水のヴェールがおりている。
《やだよう、ヒュウガー。そんな、お礼なんて……お別れなんて、言わないでー。ヒュウガだって、ちゃんと戻ってくるんだよー? マオウを倒したら、ちゃんとだからね? リールー、ちゃーんとここで待ってるんだからあ! 一緒にちゃんと帰るんだからあ。わかったあ?》
その声が、なんとなくべそべそと泣き出しそうに湿りはじめた。
なんだ。図体はこんなに大きくても、やっぱりこいつは子供なんだな。
まあ、だからこそこれ以上巻き込んで、傷つけるなんてことはできないんだが。
俺は彼女の首を軽く叩いて体をはなした。
ほんのわずかに笑って見せる。
《……ああ。もちろん、そのつもりだ》
身体の大きさの点から言えば、マインやプリンもリールーと似たようなものだ。というわけで、かれらも一緒にその場で待たせることになった。マインとプリンの実質の「主人」である少年マルコが、その首筋を優しく撫でて、俺がしたのと同じような注意をさずけているのが見えた。
リールーも言ったとおり、ドラゴンにもキメラたちにも自分の身を守るぐらいの力はある。魔力による攻撃手段も持っているし、固有のシールドを発生させて<バフ>を使うこともできる。
そればかりではない。ここにはさらに、かれらと共に連合軍の一個小隊、三十名の騎士とウィザードも残ってくれることになったのだ。だから俺も、一応は安心していた。
ウィザードたちは長衣にフードつきのマントといったよくあるいで立ちだったが、騎士連中はみな、身分にしたがって白銀の鎧やマントを身につけている。戦闘時にはほとんどの者が顔を覆うデザインの兜をかぶっていた。
とは言えデュカリスだけは兜を背面へおろし、その美貌を晒している。
居残り組の一個小隊をそこに残し、俺たちはさらに塔の上を目指した。
エレベーターなどという洒落たものはもちろんない。ただただ、壁に沿ってぐるぐると螺旋をえがく石づくりの階段をひたすらにのぼっていく。
そこからの俺たちは、そこここで奇声をあげて飛び掛かってくる魔獣だの、その使い手らしい魔術師たちだのを倒しつつ、何百段もあるその階段を駆け上がることになった。
ちなみにギーナやフレイヤら<魔術師>連中は、<空中浮遊>によって宙に浮かび、杖を掲げた不動の姿勢ですいすいと階段をのぼっていく。彼らは俺たちよりもずっと早く次の階へと到達しては、そこにいる敵を先に排除してくれていた。要するに「露払い」の役目である。
体力的にまだ無理があるマルコやテオは、ユーリとアルフォンソが手を貸して一緒に宙を飛んでいる。息を切らしてわが足で階段をあがらねばならない身としては、少し羨ましく思えた。
どのぐらいの時間、そうやっていただろうか。
やがて、ついに上方に、最上階への扉が現れた。
◇
それは、巨大な観音開きの扉だった。
予想していたよりもはるかに美々しく彫刻やら金箔やらで飾られている。床から最上部まで、優に人の身長の七、八倍はありそうだった。
俺たちはいったん、その前で集合して体勢をととのえた。
途中とちゅうで少しずつ兵を分散してここへ来たため、最終的にここには俺たち三パーティーと、連合軍の二個小隊、六十名ばかりがたどりついている。
「間違いありませんな。ここに魔王が潜んでおります」
アルフォンソが静かな声でそう告げると、一同の緊張はいや増した。ウィザードたちが改めて、前衛と自分自身に<防御魔法>をかけなおしはじめた。
俺の鎧と<青藍>にも、あらためて魔法が掛け直されていく。
十分に防御魔法で防御された状態で、まずは前衛の者で中に飛び込む。恐らく待ち受けているであろう魔族に向かってすかさず<挑発>を撃って自分に意識を向けさせ、さらには退け、場を安定させてから後衛が中に入る。
まあ、セオリー中のセオリーだ。
いかつい鎧姿のガイアが大扉に手を掛けてちょっとふり向く。
「準備はいいか? ……んじゃ、開けるぞ」
不敵な顔でにやりと笑った男に向かい、みなは黙ってうなずき返した。
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