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第九章 北壁

7 ガイアとミサキ

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 リールーだった。
 彼女はその素晴らしい翼によってミサキとガイアをとあるところまで運び、そのあとすぐにこちらへ戻ってくる予定だったのだ。

「なに、リールーが戻ったと?」

 それを聞くと、赤パーティーの面々は一様に複雑な表情になった。明らかに、その後のガイアとミサキがどうなったのかを知りたがっている顔である。

「まあ、それも大いに気になるところではあるが」
 言いながら一歩前に出たのはデュカリスだった。見れば、なぜかやや申し訳なさそうな顔をしている。
「実は、ヒュウガ殿。リールーに関して、少し頼みたいことがあるのだが。いいだろうか」
「は。どのようなことでしょうか」
「彼女には、仕事続きでなんとも申し訳ないのだが。自分にしばし、リールーをお貸し願えないか」
「リールーを、ですか──」

 なるほど。
 マルコが<エンチャント>して使役しているキメラ二頭も、決して騎獣としての速度は遅くない。だけれども、それでも高等生物であるドラゴンの翼には敵わないのだ。今から帝都ステイオーラまでを往復するとなれば、できればリールーの力を借りたいのが本音だろう。デュカリスの望みはもっともなことだった。

「了解です。ただし、本人……リールーに確かめてからのお返事になりますが。よろしいでしょうか」
「もちろんだ」
「とはいえ、半日、全力で飛んできたあとです。せめて今夜一晩は、ゆっくりと休ませてやって構いませんでしょうか」
「ああ。そのあたりは君に任せるよ。どうかよろしくお願いする」

 デュカリスは、さも王族の血筋の青年らしく鷹揚な笑みを浮かべると、俺たちに向かって優美な一礼をした。そのまま仲間とともに部屋へ入っていく。
 部屋の中に消えざま、ヴィットリオが口の形だけで「どうなったか教えろよ」と伝えてきて片目をつぶった。それはもちろん、ミサキとガイアの顛末についてだろう。俺は苦笑してうなずき返した。
 「どうしてもついて行く」と聞かなかったギーナだけを伴って、俺は再び街の大門のほうへ向かった。





《もう、大変だったんだからー》

 俺と思念でつながるなり、早速リールーはことの顛末を語りはじめた。
 それで俺たちが大門に着くまでの間に、大体のことは聞き出せてしまった。

《ボクが飛び立ってからすぐ、えっと、『ユウシャのヤミオチ』とかいうのがあったんでしょ?》
《ああ、うん。それで、どうなった》
《うん。えっとねー、まず大きいおにーさんが、『うお、来たか』って》
《うん》
《そしたらー、おねーさんの着てた赤いヨロイが、ぱっと消えちゃって。それで、なんか背中の上がものすごーくつめたーい感じになってー》
《……うん》

 想像するだに、心底リールーが気の毒になる。
 自分の背中の上で、とんだ「痴話げんか」が始まろうとしていたわけだ。

《でも、おねーさんがすぐ言ったの。『ごめんね、ガイア』って。それで、『殺したかったら殺してもいいのよ?』って。『好きにしていいわよ』ってさー》
《そうなのか》
《ボク、『や~め~て~!』って。もう、必死に叫んだのー。『そういうことは、地面の上でやって~!』ってね。もちろん二人には聞こえないんだけどさー》
《ああ……。うん》
《『ひとの背中の上で、なにしてくれるんだよう』って。もう、必死だったんだからー》

 「必死だ」とか言いながら、リールーの思念ときたらこれ以上ないほどに暢気のんきに聞こえた。
 それで。
 それで、どうなったんだ。
 まさかとは思うが、ガイアはミサキを──?

《でも、大丈夫だったよー。おにーさん、最初は『そっか』とか言ってー、おねーさんの首をグイッてつかんだもんだから、もうボク、泣きそーになったんだけどー》
《それで》
《うん。『バカ言ってんじゃねえよ』って、それだけー。おにーさん、ぎゅーっておねーさん、だきしめたのー》
《……そうか》

 ほっとした。
 本当に、心底、安堵した。
 良かった。ガイアはちゃんと、自分の理性を保ってくれたということらしい。

《おねーさん、わーわー泣いてたのー。なんかもう、本当に小さい子みたいだったー。でも、嬉しそうだったのー。ハッピーハッピー! いいなあ。ボクもいつか、そんなヒトと出会いたいなーって思っちゃったー》

 リールーの思念の語尾には、明らかにハートマークが乱舞しているようだった。ちなみにその「ヒト」というのは、もちろんどこぞの雄ドラゴンのことだと思われる。
 そうこうするうち、俺たちは大門に到達した。
 門衛の兵士に事情を説明してから外へ出ると、見慣れた蒼く美しいドラゴンがそこで翼を休めていた。
 しかし。

(え……?)

 その脇に人影があるのに気づいて、俺はぎょっとして足を止めた。

(いや、まさか──)

 目をみはった。
 それはつい先ほど、リールーが話題にしていた人物だった。

「なんっだよ。なんて顔してんでえ、ヒュウガ」

 巨躯の男が、野性味のある顔をちょっと歪めて、俺を見て笑っていた。
 言うまでもない。ガイアだった。

「『戻って来ねえ』なんてひと言でも言ったかよ。ミサキを適当なとこに隠してくれば、速攻で戻ってくるつもりだったっつーの」
「いや……しかし」
「一応、リールーにも訊いたんだぜ? 赤パーティーの連中が、俺を拷問してでもミサキの居場所を吐かせるとか言うんなら、戻るわけにはいかねえからよ」
「ああ……はい」
 リールーと彼とでは直接の会話は成立しないだろうけれども、それでも「イエス」か「ノー」かぐらいの意思の疎通は図れる。彼の言葉は、要はそういう意味だろう。
「どうやら、そういうこともねえみてえだし? ラッキーだったぜ。だったら俺にも、魔王をブッ倒す手伝いぐらいさせろっつーの」
「ガイア殿……」
「な? いいじゃねえかよ、『青の勇者』サマよ。俺だって一応、ここで傭兵として鳴らしてた身だ。そんな、邪魔にはなんねえよ」

 どん、と俺の胸に大きな拳がぶち当てられる。
 それはつまり、今回のことの礼なのだろう。

「……というか。願ってもないことです」

 俺はそう言って、一度きちんと姿勢を正した。

「どうか、あらためましてよろしくお願い申し上げます。ガイア殿」
「おうおう。せいぜい、頼ってくんな」

 俺たちはそのままリールーの背に乗せてもらい、まっすぐに官舎へ戻ったのだった。

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