87 / 225
第九章 北壁
5 麓の街ハッサム
しおりを挟む俺は絶句して、思わず少年の顔を凝視した。
周囲の女性がたも、ハッとしたように手を下ろす。
テオは、細身で全体に柔らかな印象のある少年だ。短く刈り込んだ栗色の髪がなんとなくヒヨコを連想させる。派手さこそないけれども、どこか優美で美しい。ヒヨコに似ているからなのか、どことなく人をほっとさせる雰囲気を持っている。
(まさか……こんな少年を)
この世界には、そういう少年を、性的な玩具として弄ぶ大人が一定数いるというのか。そういう点でも、どうやらここは、俺のもといた世界とさして変わらないということらしかった。
俺は知らず、拳をにぎりしめていた。
テオはぽつりぽつりと言葉を続けている。
「だから、オレ……ミサキ様には感謝しかしてないです。あのとき、店先で<テイム>していただかなかったら……今ごろ、どうなってたかわかんないもの。ひ、ひどい客がいっぱいいた……。もしかしたら、もう死んでたかも。仲間の子でそういう子、たくさんいたし。だから、復讐なんて……しないです」
テオはもう完全にうつむいて、非常に小さな声でぼそぼそとそう言うと、あとはぴたりと口を閉ざしてしまった。
周囲のみなは、何も言わなかった。「赤パーティー」の面々は当然、彼のそういう事情は知っていたのだろうと思われる。こちらパーティーの女性がたも、それぞれに気の毒げな目で少年を見ていた。
やがて、今度はユーリがスナギツネ似の生き物をだきしめたまま立ち尽くしているマルコに目をやった。
「そなたはどうなのだ? マルコ。たしか、そなたもテオと似たような経緯だったと思うのだが」
「あ、う……。は、はい……」
マルコはテオよりずっと小さな体をもっと縮こまらせて、さらに小さくつぶやくような声で言った。
「ぼ、ぼくも……同じです。ぼくは、人買いに売られる前に、ぎりぎりでミサキ様に<テイム>していただいたので……。そのあと、だれかの持ち物だったマインとプリンを<エンチャント>して、ミサキ様と逃げてきました。だから、テオほど大変な目には遭ってないけど……」
不安げな目をして、隣のテオを見上げ、またうつむく。
彼の腕の中の生き物が、心配げにぺろりと少年の顎を舐めていた。確か少年は、この生き物を「ピックル」と名付けて可愛がっている。
「ミサキ様には、ぼくも感謝しかしていません。復讐だなんて、とんでもないです……」
(そうか──)
彼らはどうやら、似たような境遇にあったらしい。ひとたび勇者に<テイム>されてしまえば、その者は問答無用で勇者の「持ち物」になる。それは俺が、あの「緑の勇者」から小さな少女たちを<テイム>したのと同じ考え方だ。<テイム>することによって、彼らをその「所有者」から解放する。
つまりミサキは、もといた世界でなら完全に「青少年保護法」か何かに抵触しそうないかがわしい店で働かされるという悲劇から少年たちを救ってくれた。要するに、そういうことであったらしい。
「でしたら……よろしいのですね? 皆さま」
最後に俺がそう訊ねたときにはもう、皆、なんの反論もないという顔で俺にうなずきかえしてくれた。
俺は内心、相当に安堵した。
最悪の場合、つまりこの場でこれら「元・赤パーティー」の面々が「どうあってもミサキに一矢報いる」と言い張ったなら。俺たちは、彼らと一戦せねばならない。ひとたびそうなってしまえば、みなで死力を尽くして彼らを止めるほかはないだろう。一応は、そう覚悟を決めていたからである。
やがてマリアが、何ごともなかったかのような微笑を浮かべて言った。
「では、お話はこれにて終了ですわね? でしたら、いい加減大門へ入りましょう。検問の兵士様がたが、先ほどからお待ちかねでいらっしゃいますわ」
見れば確かに、大門前で複数の兵士たちが「あんたらどうするんだよ。入るのかよ、入らないのかよ」と言わんばかりの手持ち無沙汰な様子で、こちらを面倒くさそうに眺めていた。
◇
大山脈の麓の街、ハッサム。
そこは帝都ステイオーラに比べても、相当に猥雑な雰囲気の街だった。
事前にマリアが説明してくれていた通り、そこにはありとあらゆる生活支援施設が雑然と詰め込まれている。つまり、<防御機構>を作り出すために働いている数多くのウィザードやら、時おりそこをすり抜けてくる魔族を撃退するための騎士団、一般兵、傭兵やらの支援のための施設がだ。
宿屋に食事処。魔法具、防具等々の店。酒場と浴場。そして娼館。
それぞれの店先で、その店の者らしい誰かれが客の呼び込みをやっている。
男ばかりのむさくるしい場所かと思いきや、女性のウィザードや兵士たちも結構な数でいる。人々の種族もさまざまだった。
帝都よりはずっと寒冷な地域のため、ちょっと不思議な感じはしたが、見たところ蜥蜴族と呼ばれる種族がかなりの数でのし歩いている。
かれらは上背があり、長くて太い尻尾は戦闘時の強力な武器にもなるということで、非常にいかつい印象のある人々だった。感情の見えない爬虫類の瞳は、きろきろと金色に輝いている。みな、至って無表情に見えた。
ちなみに、マリアによると<防御機構>のための街はここだけではない。
ヴァルーシャ帝国の中だけでもあと三か所は存在し、他の二国にも同様にあるという。ただ、海の向こうの国であるティベリエス帝国には多くなく、そのぶん軍事的な強みを生かして多くのウィザードをこちらへ送り込んでいるのだそうだ。
「まずは、こちらの総督、バーデン閣下にお会いいたしましょう。魔王討伐のための協力を仰ぐ必要もございましょうし」
マリアのそのひと言で、俺たちはここを管轄する防衛騎士団の官舎に向かうことになった。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
性奴隷を飼ったのに
お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。
異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。
異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。
自分の領地では奴隷は禁止していた。
奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。
そして1人の奴隷少女と出会った。
彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。
彼女は幼いエルフだった。
それに魔力が使えないように処理されていた。
そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。
でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。
俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。
孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。
エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。
※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。
※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。
スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!
KeyBow
ファンタジー
日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】
変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。
【アホが見ーる馬のけーつ♪
スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】
はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。
出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!
行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。
悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!
一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる
けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ
俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる
だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!
夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!!
国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。
幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。
彼はもう限界だったのだ。
「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」
そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。
その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。
その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。
かのように思われた。
「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」
勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。
本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!!
基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。
異世界版の光源氏のようなストーリーです!
……やっぱりちょっと違います笑
また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる