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第八章 魔王の謎
1 真野という少年
しおりを挟む真野。
真野敦也。
もとの世界の、俺のクラスメート。
彼は少しぽっちゃりした体形の、小柄で地味な少年だった。ついでに言えば、いわゆる「おたく」と呼ばれる種類の趣味を多分に持つ少年でもあった。
彼とは、高校二年になってはじめて同じクラスになった。
とはいえ、ある時期になるまでは、彼に関する俺の知識はごくわずかなものだった。つまり、彼が例の「派手な上位のクラスメート」たちから単に「からかっている」と言うには度の過ぎた扱われ方をしていることに気付くまではだ。
成績は中の上ぐらい。スポーツは大の苦手。
ただし成績については、故意にその程度にとどめている節もあった。
観察する限り、真野は決してバカではない。むしろ頭の回転は、同年代の普通の学生よりは速いほうではないかと思えた。だからもしかすると、あの下らないいじめっ子どもの敵意やら嗜虐心やらから少しでも逃れるために、敢えていい成績──いや、「良すぎる成績」というべきか──は、とらないようにと苦心していたのかも知れない。
真っ黒な癖っ毛で、前髪をかなり伸ばしている。そのため、表情が見えにくい。
声がひどく小さくて、いつもうつむいて、ぼそぼそと早口でしゃべる。一度だけでは、何を言っているのかよく聞き取れないことも多い。クラスの誰かれに「え? なんて?」と聞き返されているのをよく見かけた。
俺よりもだいぶ身長は低い。ぎりぎり、百六十センチあるかないかぐらいだろうか。だから真正面に立って話していても、うつむかれてしまうとほとんど顔など見えなくなってしまう。話していて、目が合ったことは一度もない。
ともかくも。
気が付いたときにはもう、彼はクラスの派手な連中に目をつけられて、からかわれたり、虐められたりが日常の風景になってしまっていた。
もちろん、それは真野だけの責任ではない。
弟の良介が似たような趣味を持っているから肩を持つわけではないが、別にどんな趣味を持とうが、何が好きで嫌いであろうが、それは個人の自由というものだ。他人に迷惑を掛けていないなら、そもそも許されてしかるべきこと。誰に文句を言われる筋合いもない。
法治国家である日本では、公序良俗に反しない限り、何を「好きだ」と言おうが自由なのだ。まあ現実がどうであれ、少なくともそれが建て前だ。
だが、ああいう「他人を虐げたくてたまらない人種」には、当然ながらそんな論理は通用しない。
ほかのクラスメートはそのことについて、敢えて見て見ぬふりをしていたようだ。普段から、教師に何か頼まれるなどの用がない限り、彼に話しかけることすらない。基本的には無関心で、空気のように無視している。
彼がそこにいようがいまいが、どうでもいい。
彼はクラスの中にあって、そんなささやかな存在だった。
俺が真野について知っている情報は、せいぜいがそのぐらいだ。
俺自身が積極的に話しかけようとしなかったのも事実だが、どうも彼は普段から俺と関わるのを避けている様子だった。それこそ何か用があって声を掛けることがあっても、慌てたように目を伏せて、そそくさと逃げ出そうというそぶりがありありと見えた。
そう、確かに俺は避けられていた。というよりも、嫌われていた。
その理由についてはわからない。心当たりがまるでないのだ。
だから、俺も敢えて声を掛けることはなかった。
もし「誰にも話しかけてもらえなくて、一人ぼっちで気の毒だから」などという鼻持ちならない理由で彼に近づくのだとすれば。それはそれで、ひどく傲慢なことに思えたからだ。
彼にだって彼なりのプライドがあろう。どんなに地味だろうが、クラスメイトから空気のように扱われようが。さらには虐められていようがだ。
真野だって一人の人間である以上、生きていく上での最低限のプライドぐらいは持っているはずなのだ。外野にいる俺などがしゃしゃり出て、わざわざそれを傷つけるなどはもってのほかというものだろう。
そこを傷つけることは、やはり人としてやってはならないことではないか。「お前はいったい何様だ」という話だろう。相手を対等に見ていない、バカにしているからこそできる愚行ではないのかと。俺はそう考えていたのだ。
まして、彼は俺に好意を抱いてなどいない。むしろ苦手だと思っているのは間違いなかった。そんな俺から、まるで憐れみを垂れるようにして話しかけられたところで、彼にとっては迷惑以外のなにものでもないはずだった。
少なくとも、俺はそう思っていた。
そしてそれは結果的に、お互いを意思の疎通のはかれない、希薄な関係にとどめてしまうことになった。
そうして、ああいう事態を招いたのだ──。
◇
俺はそんな風にして、一連の説明を終えた。
適宜あちら世界の状況説明を加えつつも、全体に淡々とした話だったと思う。
話が終わると、一同は申し合わせたように吐息をついたり、目を見合わせたりした。
「……ふむ。なるほどな」
第一声を発したのはフリーダだ。
「その『マノ』とかいうやつが、現魔王、マノンである可能性があるわけか」
「けどよお。そんな程度のことで目の敵にされたんじゃあ、敵わねえな。そのぐらいのことでここまでするか? やっぱ、魔王がそいつ、って線はねえんじゃね?」
次に口を開いたのはガイア。俺は目を落とした。
「……さあ。それはわかりませんが」
「いーえ。むしろ、そいつだって思うわね、あたしは」
言い切ったのはミサキだった。
「そういう、肝のちっちゃ~い奴なら考えそうなことじゃない? ひとりで内にこもって考えすぎて、なんか勝手に自分の中だけで、色々とねじ曲げて思い込んでるっぽい。ほら、あれよ、あれ。『認知の歪み』ってやつ? 視野がせまくなっちゃってると、人間、ろくなこと考えないもんね~」
俺はちょっと半眼になった。
それは一体、誰を想定して言っているのか。
なんとなくだが、フリーダやギーナなどの女性陣の目も冷たかった。彼女の背後にいるガイアの目は、完全に苦笑するのを堪えている。
ミサキはまったくそれには気づかない様子だ。腕を組み、さも呆れたように首をふった。
「なんでもかんでも、自分に都合のいいように……ってまあ、『悪いように』とも言えるのかもしれないけどさあ。友達いない奴って、そういうふうになりがちじゃない? 要するに、良くも悪くも妄想体質なのよ。ヒュウガのことだって、きっと自分に都合のいいように悪く解釈して逆恨みしてるんじゃない? もし本当にそいつが魔王なんだとしたら、ヒュウガこそいい迷惑じゃないのよ。でしょ?」
俺は何とも言えずに沈黙した。
分からない。
本当に分からなかった。
もしも俺があちらの世界で、自分も知らないうちに真野を傷つけていたのだとしたら? そういう可能性は決してゼロなわけではない。
と、フリーダがマリアの方を向いた。
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