上 下
70 / 225
第七章 恋人たち

10 二人目のマリア

しおりを挟む

「さあ、どうか。時間が経てばたつほど、蘇生は難しくなってしまいます。今ならばまだ、消費する魔力も少なくて済みますので」

 そのマリアはこのマリアと寸分たがわぬ声と表情で、微笑みさえ浮かべて淡々と言った。それはまるで、母親がだだをこねる子供をあやすような声だった。
 俺がそっと腕の中のマリアを地面に下ろすと、彼女は静かに魔法の詠唱を始めた。手のひらから薄緑の光が現れはじめ、やがてそれがまばゆく周囲を照らすほどになる。人の頭の三倍ほどになった光球に向かってさらに何かを詠唱すると、マリアはもう一人のマリアの胸のあたりにその光を沈めるようにした。
 そのタイミングを計っていたように、そばにいたマーロウが<治癒ヒール>の詠唱を始める。周囲にいたパラディンの騎士たちも数名、それに唱和してくれた。

「ああ……!」

 涙でびしょびしょの顔になっていたライラも、あちら家族の娘たちも、希望を取り戻したような目で倒れた人を見つめている。
 見ればどちらも、傷ついた体がみるみる修復されていくようだ。蝋人形のようだったその顔に、はっきりと生気が戻っていく。
 驚くべき回復だった。あれほどに体を破壊され、絶対に助からないと思われた村人の男ですら息を吹き返し、あのひどい傷を治療されていくのだ。
 赤パーティーの<巫女シャーマン>である少年テオが、あちらとこちらに向かって時々<援護魔法バフ>をかけているのが見える。シャーマンは、魔力や体力の底上げをしたり、その回復速度を速める魔法を使うのだ。
 決して派手な職種ではないのだが、強力な敵を倒すときには絶大な存在感を放つ。それがシャーマンという人々らしい。
 ……まあ無論、これも良介からの受け売りだけれども。

「さあ、そろそろ良いでしょう」

 無事なほうのマリアがそう言ったのを合図に、皆は詠唱をふっと途絶えさせた。村人の男は服こそズタズタだったけれども、すでに健康な肉体を取り戻して横たわっている。ゆっくりと胸が上下しているところを見ると、ちゃんと息をしているようだ。
 奥方も子供たちも、みな号泣してその体にとりすがっていた。奥方が「ありがとうございます、ありがとうございます」と、騎士たちを拝まんばかりにしている。
 こちらの傷ついていたマリアの身体も綺麗に治癒されていた。ギーナが自分のマントを素早く彼女の身体に掛けてやっている。

「もう心配はありません。ですが、ここから目を覚ますには少々時間がかかります。特にあちらの男性は、とにかく体力の消耗が激しいはずです。とりあえずはこのまま、二人とも村まで運んでいただくこととしましょう」

 無事なマリアがそう言って、近衛騎士団の面々はそれぞれに、マリアと村人たちを送り届けるチームに分かれてドラゴンで飛び立つ準備を始めた。
 そこでようやく、俺は無事なマリアに向かって一礼した。

「危ないところを、まことにありがとうございました。……シスター、とお呼びすればよろしいのでしょうか」
「ええ、もちろん。すでにお話ししておりますでしょう? 『わたくしたちは、全員で一人のようなものなのです』と」
「……はい、それは──」
「リールーちゃんから連絡があったんで、急いで近くの村にいたシスターを引っぱって来たのよ。あたしの判断力の勝利でしょ? こっちにもちゃんと礼を言いなさいよね~、ヒュウガ」

 偉そうな口調で割って入ったのはミサキだ。小鼻をひくひくさせて、さも得意げに腰に手などあてている。

「そうだったのか。本当に助かった。ありがとう、ミサキ。感謝する」
「ええっ? ちょっと……」
 きっちりと腰を折って礼をした俺を見て、ミサキは急にむず痒そうな顔になった。
「もうっ! ほんっと、変にバカ正直でクソ真面目なんだから。調子狂っちゃう」

 そっぽを向いてぶつぶつ言う。その背後で、ガイアが意味ありげな顔で俺とミサキを見比べ、にやにやしていた。
 ちなみにその向こうでは、ちょっと気になる「再会の図」が展開されている。
 騎士団長フリーダと、デュカリスだ。
 長い銀髪の美貌の男は、やや青ざめた頬をしてきりりと団長に向かい、武官としての敬礼をしていた。

「……ご無沙汰をいたしております、殿下」
「あ、……うん。……そ、息災だったか」
「は。お陰様で──」

 恋人たちの再会の言葉は、たったそれだけのことで途切れてしまう。
 フリーダの表情は、こちらに背を向ける形になっているためはっきりとは見えなかった。だが、デュカリスとは対照的に、彼女はほんのりと頬を染めてうつむいているようだ。
 その背中は何となく、「言いたいことが山ほどあるのに、面と向かうとうまく言えない」と言っているようにも見えた。
 が、それは一瞬のことだった。次にはもう、フリーダは毅然と顎をあげ、いつもの引き締まった近衛隊団長の顔に戻っていた。彼女はデュカリスにひとつうなずいて見せると、踵を返して大股にこちらへやって来た。側近らしい武官がひとりついてくる。
 デュカリスはほんのわずかに瞳を陰らせてその背中を見送ったようだったが、彼も同様に自分の今の主人あるじであるミサキの方へと歩いてきた。
 どうやら二人の触れ合いは、たったそれだけのことで終わってしまったようだ。

「ん、にゃに? にゃんにゃの??」

 レティがそう言ってきょろきょろしている。ライラもきょとんとした顔だ。俺は目線をマリアに戻した。ほかの女性方も同様である。
 あちらはあちらで、ガイアをはじめとするパーティーメンバーがさりげなく立ち位置を変えている。つまり、デュカリスとフリーダが直接目を合わさないで済むよう、二人の視線を遮ったのだ。そこには何となく、彼らなりの不思議な優しさがあるようだった。
 ミサキだけはちょっと目を細め、不満げな顔でじろりとフリーダを一瞥した。彼女たちは互いに特に何も言わない。挨拶らしい挨拶すらしなかった。
 互いに「そこに相手など居ないがごとし」といった様相かおである。
 なんとなく、見えない火花が散っていた。

 そもそもミサキも、自らの意思でデュカリスをフリーダから奪ったわけではない。デュカリスは俺の場合のライラやレティ、ギーナと同じで、最初から三人の奴隷の一人だったという話だった。
 ミサキにはミサキで、何か思う所があるのかもしれなかった。
 マリアはそんな一同を見て、なんとなく意味深な笑みを浮かべた。

「では、わたくしたちも一旦、ここを離れることと致しましょう。人里からは、なるべく離れた方が良いと思われますし。それに、今回の件については赤の勇者様、フリーダ様とも、状況を詳しくお聞きになりたいことでしょうから」
「どういう意味だ」
 厳しい声で問うたのはフリーダ。
「人里を離れたほうがいいだと? 何かあるのか」
 マリアは微笑みを崩さない。
「はい。その前に、これは確認なのですが。フリーダ様、それに赤の勇者様。そちらのご担当地域には、このたび、魔族や魔獣が出現しておりましたか?」
「いや、特には何も」
「こっちもよ。平和な森や山や、農村があっただけ。ただの平和な空のドライブって感じだったわね」
「……左様でございましょうね」

 多分に意味を含んだ視線が、今度は俺に流れてくる。
 自然、一同の目も俺に集まることになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

処理中です...