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第七章 恋人たち
5 調査行
しおりを挟む《わーっ! お姉ちゃんだ。ひさしぶりなのー!》
その朝、もっとも明るい声を出したのはリールーだった。薄青い翼をぱたぱたさせ、瞳をきらきらさせて見るからにはしゃいでいる。サファイヤのような瞳の先にいるのは、近衛騎士団が使っている白く優美なドラゴンだった。リールーよりは一回り大きく見える。どうやらフリーダの騎獣らしい。
周囲には、ほかにも様々な色をしたドラゴンたちが連れてこられていた。
《え? あのドラゴンはリールーの姉さんなのか》
《うん、そうだよー。ママは帝都を守らなくちゃならないから、いつもあそこにいるんだけど。お姉ちゃん、ボクより五十年ぐらい年上なのー》
《五十年……。そうなのか》
ドラゴンの寿命の長さについてはすでに知っているけれども、どうしても人間の尺度で見てしまっていけない。
見ればあちらのドラゴンの方でも、リールーの方をじっと見ている様子である。俺はあちらのドラゴンの世話係らしい青年武官に許可をもらって、リールーをそばに連れて行った。
《おねえちゃーん! ね、きれいでしょ、ヒュウガ。お姉ちゃんはドラゴンの中でも一等きれいだって評判なんだー。シエラっていうんだよー》
《ああ、そうだな。シエラ、はじめまして。どうぞよろしく。妹御のリールーには大変お世話になっている》
一応、心の中でそう話しかけてはみたが、返事は返ってこなかった。やはりドラゴンは自分の主人たる人としか交信はできないようだ。その代わり、ちゃんとリールーが「翻訳」をしてくれたらしい。白いドラゴンの目が少し細められ、軽く首を振ってくれたようだった。
二匹はさも親しげに、長い首をすり合わせるようにしている。
《『こちらこそ、ありがとうゾンジマス』だってー。お姉ちゃんはコトバヅカイがちゃんとしてて、えらいのー》
《……そのようだな》
苦笑したところへ、白銀の鎧を身に着けた一団が足早にやってきた。フリーダたちである。
フリーダは強く自信にあふれた表情で俺を見やった。
「では、よろしく頼むぞ。ヒュウガ」
「は。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
「なにか事あらば、こちらとそちらのウィザード同士で即座に連絡がつくゆえな。幸いドラゴン同士も姉妹ゆえ、そちらでも連絡は可能だ。ともかくも、わずかなことでも構わぬゆえ、逐一連絡を惜しまぬように」
「心得ましてございます」
今日のフリーダは、昨日見せたあの崩れそうな脆さなど一筋も垣間見せてはいない。それは騎士団の団長たる者として当然のことなのだろうけれども。
ついでに言えば、先日まで嫌というほどに溢れていた俺への見下したような態度は、今は不思議なほどに形をひそめていた。
すでに「赤のパーティー」には通達があり、少し時間をずらして出発せよとの命令がおりている。目的は明白だった。
「では、参ろう」
「は」
短く言葉を交わしたのを最後に、俺たちはそれぞれのドラゴンに騎乗して飛び立った。白いドラゴンに跨った鎧姿のフリーダは、一幅の絵画のように勇ましく美しかった。長い髪を風になぶらせてきりりと前を向いている。そこにはちらとも背後を振り向く様子はなかった。
もと「緑パーティー」である女性三人も、老ドラゴンのシャンティに乗って飛び立っている。
「ちょっと態度を改めたみたいね、あの女。なんか知らないけど」
俺に手を貸されてリールーに上がってくるなり、さっそく俺の前の定位置に腰を据えたギーナが言った。さもどうでもよさげであるが、その目は先をゆく白いドラゴンの方を見ている。
「ちょっとは反省したんにょ? ヒュウガっち、この間なんのオマジナイしてきたにょ?」
レティは何を疑う風でもなしに言ったのだったが、隣のライラは少し心配そうな目で俺をちらっと見た。
「……済まん。あの場での話は『いっさい他言しない』と約束している。とはいえ、みんなが心配するようなことは何もないから安心してくれ」
「そうですか……」
俺たちに割り当てられている地域は、さきほどの町からまっすぐ北を目指した方面だった。ちなみにフリーダはより東寄り、ミサキたちは西寄り方面と決まっている。
「『北方の防衛線に穴があく』とは申しましても、それがどこからかは不明です。どのような魔獣、あるいは魔族がひそんでいるかもわかりません。上級の魔族になれば<隠遁>や<幻術>などの魔法も使います。皆さま、油断だけはなさらぬようにしてくださいね」
マリアはまるで本日の天気予報を知らせるアナウンサーのような調子で言った。ごくほがらかな謎の微笑み。この女はどこまでいっても相変わらずだ。
《お姉ちゃんなら、魔獣のニオイもおっかけられるよー。このあいだのダークウルフ、めっちゃクサイからすぐわかると思うんだよねー》
《そうなのか。リールーはどうなんだ》
《お姉ちゃんほどじゃないけど、ちょっとはわかるよー。でも、だいぶニオイが消えちゃってるから、今からじゃむずかしいかなー?》
《そうか……》
高所に慣れるということはあまりないようなのだったが、ギーナも自分の水晶玉を手にして<遠視>の魔法を使ってくれている。それとリールーの鼻、そして細かく周囲の村々などをあたって聞き込みをする。俺たちの当面の調査計画は、大体そんなものだった。
もと「緑パーティー」の面々も、ギーナ同様、そうした魔法を使って捜査することになっている。彼女たちには前衛になる人間がいないため、あまり俺たちから距離を取らないようにと言ってあった。
残念ながらというのか、こちらはあちら「赤のパーティー」のようにバランスのいいパーティーメンバーだとは言えない。レティは攻撃力と速さはすばらしいが防御の面では弱さがある。そのため、前衛を任すところまではいかないのだ。彼女の力は、敵の前面で相手を挑発し、その敵意を一手に引き受けられる「盾」がいてこそ大いに発揮される種類のものだ。
「だったら『盾役』のできる誰かを適当に<テイム>しろ」と言われても、当然ながら俺には無理な相談だ。なかなか思案に困る問題である。
顔には出さないように努めながらそんなことを考えていたら、頭の中でリールーの声がした。
《ヒュウガー。シャンティおじさんが、ちょっと下におりたいって言ってるよー。畑で働いてる人がいるから、お話を聞くんだってー》
《わかった。こちらも降下してくれ》
《りょうかーい》
明るい少女の声がそう答えたと思ったときには、もうリールーは下降にうつるところだった。
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