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第七章 恋人たち

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《わーっ! お姉ちゃんだ。ひさしぶりなのー!》

 その朝、もっとも明るい声を出したのはリールーだった。薄青い翼をぱたぱたさせ、瞳をきらきらさせて見るからにはしゃいでいる。サファイヤのような瞳の先にいるのは、近衛騎士団が使っている白く優美なドラゴンだった。リールーよりは一回り大きく見える。どうやらフリーダの騎獣らしい。
 周囲には、ほかにも様々な色をしたドラゴンたちが連れてこられていた。

《え? あのドラゴンはリールーの姉さんなのか》
《うん、そうだよー。ママは帝都を守らなくちゃならないから、いつもあそこにいるんだけど。お姉ちゃん、ボクより五十年ぐらい年上なのー》
《五十年……。そうなのか》

 ドラゴンの寿命の長さについてはすでに知っているけれども、どうしても人間の尺度で見てしまっていけない。
 見ればあちらのドラゴンの方でも、リールーの方をじっと見ている様子である。俺はあちらのドラゴンの世話係らしい青年武官に許可をもらって、リールーをそばに連れて行った。

《おねえちゃーん! ね、きれいでしょ、ヒュウガ。お姉ちゃんはドラゴンの中でも一等きれいだって評判なんだー。シエラっていうんだよー》
《ああ、そうだな。シエラ、はじめまして。どうぞよろしく。妹御のリールーには大変お世話になっている》

 一応、心の中でそう話しかけてはみたが、返事は返ってこなかった。やはりドラゴンは自分の主人あるじたる人としか交信はできないようだ。その代わり、ちゃんとリールーが「翻訳」をしてくれたらしい。白いドラゴンの目が少し細められ、軽く首を振ってくれたようだった。
 二匹はさも親しげに、長い首をすり合わせるようにしている。

《『こちらこそ、ありがとうゾンジマス』だってー。お姉ちゃんはコトバヅカイがちゃんとしてて、えらいのー》
《……そのようだな》

 苦笑したところへ、白銀の鎧を身に着けた一団が足早にやってきた。フリーダたちである。
 フリーダは強く自信にあふれた表情で俺を見やった。

「では、よろしく頼むぞ。ヒュウガ」
「は。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
「なにか事あらば、こちらとそちらのウィザード同士で即座に連絡がつくゆえな。幸いドラゴン同士も姉妹ゆえ、そちらでも連絡は可能だ。ともかくも、わずかなことでも構わぬゆえ、逐一連絡を惜しまぬように」
「心得ましてございます」

 今日のフリーダは、昨日見せたあの崩れそうなもろさなど一筋も垣間見せてはいない。それは騎士団の団長たる者として当然のことなのだろうけれども。
 ついでに言えば、先日まで嫌というほどに溢れていた俺への見下したような態度は、今は不思議なほどになりをひそめていた。
 すでに「赤のパーティー」には通達があり、少し時間をずらして出発せよとの命令がおりている。目的は明白だった。

「では、参ろう」
「は」

 短く言葉を交わしたのを最後に、俺たちはそれぞれのドラゴンに騎乗して飛び立った。白いドラゴンに跨った鎧姿のフリーダは、一幅の絵画のように勇ましく美しかった。長い髪を風になぶらせてきりりと前を向いている。そこにはちらとも背後を振り向く様子はなかった。
 もと「緑パーティー」である女性三人も、老ドラゴンのシャンティに乗って飛び立っている。

「ちょっと態度を改めたみたいね、あの女。なんか知らないけど」

 俺に手を貸されてリールーに上がってくるなり、さっそく俺の前のに腰を据えたギーナが言った。さもどうでもよさげであるが、その目は先をゆく白いドラゴンの方を見ている。
「ちょっとは反省したんにょ? ヒュウガっち、この間なんのしてきたにょ?」
 レティは何を疑う風でもなしに言ったのだったが、隣のライラは少し心配そうな目で俺をちらっと見た。
「……済まん。あの場での話は『いっさい他言しない』と約束している。とはいえ、みんなが心配するようなことは何もないから安心してくれ」
「そうですか……」

 俺たちに割り当てられている地域は、さきほどの町からまっすぐ北を目指した方面だった。ちなみにフリーダはより東寄り、ミサキたちは西寄り方面と決まっている。

「『北方の防衛線に穴があく』とは申しましても、それがどこからかは不明です。どのような魔獣、あるいは魔族がひそんでいるかもわかりません。上級の魔族になれば<隠遁ハイド>や<幻術イリュージョン>などの魔法も使います。皆さま、油断だけはなさらぬようにしてくださいね」
 マリアはまるで本日の天気予報を知らせるアナウンサーのような調子で言った。ごくほがらかな謎の微笑み。この女はどこまでいっても相変わらずだ。

《お姉ちゃんなら、魔獣のニオイもおっかけられるよー。このあいだのダークウルフ、めっちゃクサイからすぐわかると思うんだよねー》
《そうなのか。リールーはどうなんだ》
《お姉ちゃんほどじゃないけど、ちょっとはわかるよー。でも、だいぶニオイが消えちゃってるから、今からじゃむずかしいかなー?》
《そうか……》

 高所に慣れるということはあまりないようなのだったが、ギーナも自分の水晶玉を手にして<遠視とおみ>の魔法を使ってくれている。それとリールーの鼻、そして細かく周囲の村々などをあたって聞き込みをする。俺たちの当面の調査計画は、大体そんなものだった。
 もと「緑パーティー」の面々も、ギーナ同様、そうした魔法を使って捜査することになっている。彼女たちには前衛になる人間がいないため、あまり俺たちから距離を取らないようにと言ってあった。

 残念ながらというのか、こちらはあちら「赤のパーティー」のようにバランスのいいパーティーメンバーだとは言えない。レティは攻撃力と速さはすばらしいが防御の面では弱さがある。そのため、前衛を任すところまではいかないのだ。彼女の力は、敵の前面で相手を挑発し、その敵意を一手に引き受けられる「盾」がいてこそ大いに発揮される種類のものだ。
 「だったら『盾役』のできる誰かを適当に<テイム>しろ」と言われても、当然ながら俺には無理な相談だ。なかなか思案に困る問題である。
 顔には出さないように努めながらそんなことを考えていたら、頭の中でリールーの声がした。

《ヒュウガー。シャンティおじさんが、ちょっと下におりたいって言ってるよー。畑で働いてる人がいるから、お話を聞くんだってー》
《わかった。こちらも降下してくれ》
《りょうかーい》

 明るい少女の声がそう答えたと思ったときには、もうリールーは下降にうつるところだった。
 
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