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第七章 恋人たち

2 要請

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「ふむ。数十匹のダークウルフ。ほかの種類の魔獣はいっさいいなかったのだな?」
「はい。事後処理の際にもきちんと確認しておりますゆえ、間違いはございません」
「なるほどな」

 近衛隊のために準備された、村長の家の客間である。俺たちはそこで、改めてフリーダとその配下の騎士たちに先日の状況を説明していた。が、なぜか今それをしているのは「緑チーム」の、フレイヤだった。
 まず、レティとライラでは筋道を立てて一連の話をするのが難しかった。レティはもともとそういう事には不向きだし、ライラはその場にはおらず、そもそも現場で何が起こったかを知らなかった。さらにフリーダの方で、シスター・マリアから話を聞くことは断ってきたのである。
 また俺にしたところで、残念ながら羽根を持たぬ身でもあり、地上から見える範囲でしか事態を把握していなかった。つまり語れることがどうしても限られてくる。恐らくそう思ったのだろう、途中からフレイヤがさりげなく「それではわたくしから」と申し出てくれたのだ。
 ちなみにギーナはと言うと、終始面倒臭そうな顔をして、そっぽを向いているだけだ。

 フレイヤの話しぶりは明晰そのものだった。
 事の起こりから、門の外で展開されていた戦闘のあらまし。収束までのひとつひとつが時系列できちんと整理されて語られていく。俺ですら、今になって初めて「あのとき外ではそうなっていたのか」とわかった部分が多かった。
 フリーダも最初のうちこそ「なぜこの女が話すんだ」とばかりに変な顔をしていたのだったが、聡明なこの女性の話し方はかなり気に入ったらしい。途中からは特に疑問もさしはさまず、ここまで話は続いている。
 フリーダの背後には数人の武官が控えていた。一人は小さなテーブルを使い、羊皮紙かなにかに話のあらましを書きとっている。彼は書記役であるらしい。どうやら先ほどの町の人々への聞き取りでは、フリーダではなくこれら部下の士官が話を聞きとっていたようだった。

 ひと通りの話が終わって、フリーダは軽く息をついた。その瞳は厳しく細められている。

「これまでであれば、こんな場所まで魔獣が足を延ばすこと自体が珍しかったのだがな……。やはり北の防衛線のどこかに、穴が開いたと考えるべきなのか──」

 フリーダは客用のソファに腰かけ、用意された茶器から香草茶をひとくち飲み下した。鎧のままではなんなので、俺はいつものチュニック姿に戻っている。
 紅い瞳の美しい近衛隊長は、そんな俺をしばらく不快げな瞳で刺すように見つめていたが、腕を組んで言い放った。

「と、いうことでだ。ものは相談なのだがな、『殿』」
「え──」
 思ってもみなかった呼びかけだ。俺は瞠目した。が、フリーダは至ってしれっとした顔である。
「今回、我らの使命は飽くまでもこの件に関する情報収集だ。北の守りに不備あらば、そこはなんとしても塞がねばならん。そのためここら一帯をしばらく監視、観察したい」
「はい」
「とはいえ、我らの責務はなによりも、まず陛下の御身をお守りすること。ここで兵を無駄に損耗そんもうするわけにはいかん。わかるな?」
「……は」

 なんとなく嫌な予感がする。首の後ろあたりがちりちりする。
 そしてその予感は呆れるほどにぴたりと当たった。

「であれば話は早い。貴殿らにこれら任務の幇助ほうじょをお願いしたい。ダークウルフの群れを蹴散らしたそなたらなれば、これ以上にうってつけの人選はないであろう」
「いえ、それは──フリーダ様」
「貴様ッ!」

 ガタッとフリーダが立ち上がった。
 何事かと見上げれば、その目が突然に激しく燃え上がり、明らかな憤怒が宿っている。

「馴れなれしく我が名を呼ぶな。けがれたその口に、左様な恩寵おんちょうを許した覚えはないぞ!」
「……は。これは大変失礼を」

 俺は素直に頭を下げた。
 そう言えば、今まで彼女の名を直接呼んだことはなかった。マリアが大抵「フリーダ様」と呼称するため、ついそのまま口にしてしまったのだ。しかしこれは、どうやらまずいことだったらしい。

「呼ぶなら『騎士団長閣下』あるいは『殿下』だ。心せよ。後ろの者どももだぞ。よいな」
「……は。どうぞご寛恕くださいませ」

 背後の女性がたも黙って頭を下げた。とはいえライラもレティも「うげえ」と言わんばかりの顔だったが。ギーナなど、完全に目を細めて白けきった顔である。

「しかし、騎士団長閣下。我らのみで左様な仕事をというのは、いかにも重責に過ぎます。本来あれは、あのダークウルフどもを仕留めるにあたり、『赤の勇者』らのパーティーが助力してくれたゆえの快挙でもありましたので」
「な……に?」

 と、いきなりフリーダの表情が凍り付いた。
 いったい何だというのだろう。
 隣を見ると、フレイヤが少し困った笑みを浮かべて俺を見ていた。その意味ありげな瞳を見て、俺はとあることに思い至った。彼女がこの女にことの顛末を語る際、不自然にならない程度に肝心のところをぼやかして、「赤の勇者パーティー」の名を一切出していなかったということにだ。
 多少不思議には思いつつも、俺は結局その理由を問いたださなかったのだったが。

「貴様、いま何と言った。『赤の勇者』……と言ったか?」
「……はい。左様にございますが」

 困惑しつつも、すでに誤魔化すわけにもいかない事態になっている。
 俺は仕方なく、そこから事実をありのままに伝えた。赤の勇者ミサキが自分の「奴隷」たちを伴って俺たちに同行しており、現在この町に逗留している、ということを。
 語るうちにもフリーダの顔色はどんどん青ざめていく。こらえようとしているようだが、茶器にかかった指先が明らかにかたかたと震えていた。

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