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第六章 暗雲

6 革手袋

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「いや、まことに有難うございました。青の勇者様、そして赤の勇者様も!」

 そこから、小一時間ののち
 俺たち一同は町長の家に呼ばれて、そこでもてなされることになった。ヴァルーシャ宮の大広間とは比べるべくもなかったが、そこはこの町でも特に大きな家の客間だった。
 町の人々の心尽くしで、テーブルの上には様々な料理が並んでいる。考えてみれば俺たちにとって文字通り「朝飯前」のひと仕事だったわけで、気が付けばかなり空腹にもなっていた。
 レティは目をまさに「ハート」に変えたような顔をして、出された料理に早速がっついている。

「うんみゃーい! これも、これも最高にゃ~! お魚ひさしぶり、めっちゃうまいにゃー!」
 町長はそんなレティを見て目を細めた。
「ヒーラー様がたに怪我人たちも治療していただいて……まこと、感謝の言葉もございません。ささ、どうぞご遠慮なく召し上がってくださいませ」
「うふ、ありがと。ねえ、何かもうちょっと甘いものない? あたし、朝はあれこれ食べらんないのよね~。甘いめの野菜ジュースとかでもいいんだけどお」

 今回、後方にいてほとんど何もしなかったはずのミサキが、なぜか最も大きな顔をしてそんなことを言っている。彼女の脇で飲み物を注いでいた町の少女が、「あ、はい。いますぐ」と慌てて奥へ小走りに去った。
 周囲の彼女の「奴隷」がたは、そんな顛末を見てもただ苦笑するだけだ。むしろ明らかに微笑ましげな目だ。処置なしである。
 と、俺は周囲を見回して、とあることに気が付いた。隣のギーナにほんの少し顔を寄せて訊く。

「すまん。ライラは?」
「ああ……」
 ギーナはわずかに苦笑した。
「わかんない? あの真面目なお嬢ちゃんは、例によって『あたしはなんにもしてませんから』ってこんな席は遠慮したのさ。ひとりで宿に戻ったよ」
「……そうか。それなら俺も──」
 と思わず腰を浮かしかけると、ぐいとチュニックの袖を引かれた。
「ちょっと。主役がいなくなってどうすんの」
 そのまま強引に元通りに座らされ、じろりと桃色の瞳に睨まれる。
「あんたは気にしなくっていいことさ。言ったでしょ? 女にだって女の矜持があるんだって」

 見ればギーナの目は、至って真面目なものだった。
 実はこの女、けっこう仲間思いなのだ。

(……まったく。素直じゃないな)

 普段から「おぼこいねえ」だの「バカじゃないの」だのと、同行者である少女たちを散々からかっているくせに。この三人の中では最も年長であることもあり、今ではどうやらみんなの姉のような気持ちでいるらしい。

「あの子だって、あんたの『奴隷』として同行している以上、あんたの力になりたいのさ。まして、足手まといになんか死んでもなりたくないはず。今ごろ必死で、弓の練習でもしてるんじゃないかねえ」
「…………」

 その通りだと思った。あのライラならきっとそうであるに違いない。
 それもきっと、涙の出そうなのをこらえながら、懸命に鍛錬に励んでいることだろう。俺にはそんなライラの姿が目に浮かぶようだった。

「だから、ね。あんたは行かない方がいい。そっとしておいてやんなよ」
「そうか……。そうだな」

 俺は頷き、しばらく目の前の料理に視線を落としていた。が、ふとあることを思いついて顔をあげた。

「ギーナ。相談があるんだが」

 そこからごく小さな声でなされた俺たちのやりとりを、反対隣にいるレティの耳もこちらを向いて、しっかり聞いていたようだった。もっともその口は、つぎつぎに放り込まれる料理を咀嚼することで大忙しだったけれども。

「……ふうん。まあ、いいんじゃない? あんたにしては」

 やがてギーナは供されている葡萄酒の入った木製のカップに口をつけながら、いつもの嫣然たる微笑みを浮かべたのだった。





「おお、お戻りなさいませ、青の勇者様」

 ようやく町の人々から解放された時には、もう昼近くになっていた。俺はレティとギーナを伴って少し寄り道をしてから宿に戻った。
 宿の主人も今回の俺たちのことは十分に聞き知っていて、大いに温かく俺たちを出迎えてくれた。

「お連れ様でしたら、しばらく裏庭におられましたが、先ほどお部屋に戻られましたよ」

 主のその言葉を受けて、俺たちはすぐに部屋を目指した。
 ライラたちの使っている部屋の扉を一度叩く。

「ライラ。俺だ。……少し話がしたいんだが、構わないか」
「えっ。ヒュウガ、様……?」

 驚いた声がして、扉がすぐに開かれる。
 思った通り、ライラは少し目の周りを腫らしていたが、今はもう泣いてはいなかった。俺の背後に立っているギーナとレティの方を見て、ちょっと変な顔になっている。「どうして部屋に入らないのかしら」といぶかしんでいる顔だ。
 俺はさりげなく彼女の手を見た。うまくサイズは合うだろうか。

「ライラ。さっきは済まなかった。つらい思いをさせてしまって」
「えっ……。いえ。い、いいんです! そんなの……あ、あたしのせいなんだから……」

 言えば言うほど、声がどんどん小さくなり、ライラの顎が下がっていく。俺よりだいぶ背が低いので、そうされるとまったく顔が見えなくなってしまうのだが。
 どうしたものかと考えあぐねて沈黙していたら、後ろから背中をつつかれた。ギーナだ。見れば「さっさとしなさいよ、ほら」と言わんばかりの苛立った瞳と目が合った。

「ライラ。これを」
「えっ……?」

 差し出したものを見て、ライラが目を丸くした。
 それは弓を使う者がつける、弓引き用の小手だった。布と柔らかい革製で、特に指先が輪状に作られており、弓弦ゆんづるを引く指先を守れるようになっている。先ほど町で革製品を扱う店を探して、購入してきたものだった。もちろんレティとギーナはその品選びのためについてきたというわけだ。
 それがなんであるかが分かって、ライラの目がこぼれそうに大きくなる。

「ヒュ、ヒュウガさま……」
「これでも、かなり小さめのものを選んだつもりなんだが。ライラの手に合うだろうか」
「え、あ、あのっ。あたしに……?」

 ライラは棒立ちになり、もうかちんこちんに固まっている。俺はこちらから手を伸ばして、彼女の右手をそっと取った。「あ」と声を上げてライラの耳が真っ赤に染まる。
 思った通り、彼女の右手の指は熱をもって赤くなっていた。特につるを引くときに使う人差し指と中指には、固いたこができている。今の時間ももちろんだったが、それは弓を手に入れて以降ずっと、彼女なりに必死に練習してきた証拠だった。
 俺はその手に小手を乗せて、ライラのほうに押しやった。

「着けてみてくれないか。もしもサイズが合わないなら、直してくれるという話だったし」
「ヒュウガさま……」
 と、見るみるその目に光るものが盛り上がった。
「あ、あたしなんかのために──」
「その『なんか』はやめてくれ」
 もうぼろぼろ泣いている少女に向かい合い、少し腰をかがめて俺は続けた。

「何度も言ってる。ライラは素晴らしい」
「…………」
 ライラがぶんぶんと首を横にふる。 
「俺こそ、こんな不甲斐ない『勇者』で申し訳ない。俺がみんなに『安心してついて来い』と言えるような勇者だったら、なんの問題もなかったことだ。俺こそ、こんなことでいちいちライラを傷つけてばかりいる、ただの『ダメ勇者』だろう。……ライラが自分を卑下することはひとつもないんだ。本当に申し訳ない」

 ライラはやっぱり激しく首を横に振ったが、今度ははっきりと顔を上げて俺を見た。その目はもう、晴れやかに強い光を取り戻しているようだった。胸に小手を抱きしめるようにして、涙に濡れた頬でにっこり笑う。

「あたし、がんばります。本当にがんばります……! 今よりも、何十倍も、何百倍も……きっときっと、もっと上手くなりますから。お役に立てるようになりますから。レティ、お願い。あたしにもっともっと、弓のこと教えてね?」
「もーちろんにゃ。任せるにゃ!」
 背後でレティがちょっとわざとらしいほどに胸を張ってそこをどんと叩き、にこにこ笑った。
「うん。俺もだ。俺ももっともっと修行する。みんなを守れるように……ライラを悲しませずに済むぐらいに、強くなりたいと思ってる」
 そう言ったらまた、ライラの顔がくしゃっと歪んだ。が、それでも彼女は笑っていた。
「あは。じゃあ……一緒ですね?」
「ああ。そうだな」
「ギーナさんも。どうかお願いします。あたしに、もっと色々教えてください。あたしもヒュウガ様を守れるようになりたいんです。ちゃんとお役に立てる者になりたいから──」

 頭を下げたライラを見て、ギーナは気だるげにちょっと欠伸などして見せた。

「あーあ。はいはい。どうでもいいけど、ちょっと寝かせてくんない? ここんとこ、ヒュウガの『夜の護衛』で寝不足なのよね。朝からあんなことで、ちっとも眠れやしなかったし」

 言いながら、ライラを押しのけるようにして強引に部屋へ入っていく。レティもにこにこ笑いながらそれについてぴょんと飛び込むように入っていき、俺は静かにその扉を閉じた。
 不思議に温かなものが、胸に満ちてくるのを覚えながら。

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