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第六章 暗雲
3 襲来
しおりを挟む俺たちが表通りの方に出るまでに、方々の民家から多くの男たちが走り出てくるのに行きあった。どの男も、それぞれ棍棒だの農具だのを手にして殺気だっている。農具は鎌だの熊手だのといった金属の頭のついたものが多い。中には革鎧などの防具を身につけた者もいた。
「おい! さっきの合図、意味は何だ?」
ガイアが早速、そのうちの一人の首根っこを捕まえて吠えた。
ひょろっとした中年男は、一瞬「ぎゃっ」と驚いたようだったが、ガイアの姿を見て何故かぱっと嬉しそうな顔になった。
「……おっ? あんた傭兵かい? ちょうど良かった、手伝ってくれ!」
「ああ?」
「さっきのは、襲撃の合図なんだ。町の防護柵の外側から、なんかが襲ってきてるって合図なんだよ!」
「ふーん。盗賊か?」
「いや、ちがう。たぶん魔獣だ。このところ、この辺でもたまに出るんだよ。盗賊だったら、ちがう合図のはずだから」
「おー。そうなの」
(なんだって──)
思わず瞠った俺の目と、ぎろりと底光りするようなガイアの眼とがぶつかりあった。が、ガイアの表情は俺とは真逆だ。その顔いっぱいに完全に楽しげな、かつ狂暴な笑みを浮かべている。
「ちょうどいい。おめえにはいい実戦経験になるだろうよ」
「…………」
「実戦」──。
その言葉を聞いた途端、びりっと背中の毛が逆立った。
にかりと笑ったことで剥きだしになったガイアの犬歯が、なにか異様に大きく見える。そのせいなのか、それまで確かに人間に見えていた目の前の男が、急に獰猛な別の生き物に変わったような感じがあった。なんとなく、見た目もひと回り大きくなったような気がする。
「ま、せいぜい死なねえ程度にやんな。どうせ後ろにゃ、あの『マリア様』がついてらっしゃるんだ。腕の一本二本、無くしたって心配いるめえ。ちゃあんと<治癒>してもらえるってもんよ」
「がははは」と笑いながら、ばしばしと背中を叩かれる。
「が、これだけは言っとくぜ。『殺る』って決めたら、一瞬もためらうな。でなきゃあ、死ぬのはおめえだよ」
「……はい」
低く答えた俺の顔を、男はちょっと覗き込むような仕草をした。しかしそれでも、やはりにやにやと苦笑している。
「ほんとかねえ。ちゃあんと肝に銘じなよ? ここじゃあ『おキレイ』なだけじゃあ生き残れねえ、ってよ。……ま、俺ぁどっちでもいっけどな」
それはつまり、俺が死のうが生きようが、という意味なのだろう。
「はい。ご助言、感謝いたします」
俺がそう言って頭を下げたときだった。頭上から声が降ってきた。
「ヒュウガっち! レティたちも一緒にいくのにゃ!」
「ヒュウガ様! そこにおられましたか」
「表の騒ぎに駆けつけられるのでしたら、ぜひともわたくしたちをお伴いくださいませ」
やってきたのはリールーに乗ったレティとライラ、ギーナとマリア。さらにその後ろには<浮遊>で飛んできたフレイヤ、サンドラと、赤銅色のドラゴン、シャンティに乗ったアデルも見える。
それにやや遅れて、あちら「赤の勇者パーティー」の面々もやってきた。あちらは例の「マイン」と「プリン」という名の獅子のキメラ二頭に分かれて騎乗しているようだ。
紅いキメラ、マインに乗った鎧姿のミサキが俺たちを見下ろして言う。
「なんか朝っぱらから騒がしいわねえ? ガイア、あんた行くの?」
「ああ。まあ、こっちの兄ちゃんの訓練がてらな。べつに、ヒメは宿で寝ててもいいぜ? 『寝不足はお肌に悪い』んだろ?」
「ん~。まあ、そうね」
「荒事は俺らに任せとけって。寝てる間に片付けてくっからよ」
ガイアが面倒くさげに見上げて言うと、ミサキはちょっと肩をすくめた。
「そういうわけにもいかないのよ。そちらのお姉さん方がめっちゃヤル気なんだもん。『ヒュウガが出るなら私も出る』って聞かないんだから困っちゃう。ま、あたしは後ろにいるけどね」
「では姫殿下のお手を煩わせぬよう、早々に片付けると致しましょう」
赤い鎧を身にまとったミサキの隣で恭しく一礼したのは、マーロウとかいう貴族っぽい初老の紳士。彼は確か<治癒者>だ。
「左様ですな。ではユーリとテオ、マルコは姫殿下のお傍にいてくれ。そなたらはいざというときの守りを頼む。残りは前進。手分けして、すみやかに敵を殲滅する」
「了解」
「わ、わかりました……!」
こういう場合のあちらの「指揮官」は、どうやらデュカリスであるらしい。年少組と金髪のウィザード一人は、大人しくその命令に従う様子だ。命じられた人員でマインに乗りかえ、すっと一頭だけ後退していく。
それを見て、俺は今更のように気が付いた。この場合、自分がこちらの「指揮官役」をせねばならないのだということにだ。すでにこの時点であちらのパーティーに比べ、一歩も二歩も遅れをとってしまっている。仲間の女性たちにどう動いてもらうのか、まずは俺が考えて的確に指示をすべきなのだ。
いやしかし、そもそもそれ以前の問題があった。リールーに乗ったライラを見てハッとしたのだ。
(連れて行くのか? ライラを、これに……?)
いや、だめだ。
今まさに狂暴な魔獣が襲ってきている場所に、かよわいヒューマンの少女を伴えるわけがない。現在、懸命に弓矢の練習をしているとは言っても、まだとても実戦に連れていけるようなレベルではないのだ。
俺は上空を見上げて叫んだ。
「ライラ! ライラは来るんじゃない。ミサキと一緒に、後方で待機していてくれ」
「え、でも……!」
途端にライラが憤慨したように顔をゆがめた。その手には、例の小さな弓矢がしっかりと握られている。
「済まない、ミサキ。ライラをマインに乗せてもらえないだろうか」
「ああ、そうよね。オーケー、オーケー。ユーリ、お願い」
「いっ、いやです! ヒュウガ様、あたしも一緒に……!」
激しく首を横にふっているライラの意思など完全に無視した様子で、ミサキは金髪のウィザード、ユーリに何かを命じた。
「あ、ああっ……?」
つぎの瞬間、ライラの体はふわっと宙に浮かんでしまった。
「きゃあ……あっ! お、おろして……!」
ライラは四肢をばたつかせ、空中を泳ぐようにしてもがいている。見ればあちらのユーリとかいうウィザードがライラに向かって片手をのばし、口の中で何かを唱えていた。と見る間にも、ライラの体はすうっと頭上を横切って、すとんとミサキの脇へと下ろされた。
「頼む、ライラ。そこにいてくれ」
「い、いやですっ。ヒュウガ様……!」
「どうか、頼む。今の俺の実力では、とてもライラを守れない。ライラを傷つけたくないんだ。俺の力不足だ。申し訳ない……」
そう言ってまっすぐ頭を下げたら、ライラは急に悲しそうな目になってうなだれた。
「ヒュウガ様……」
「ミサキ。ライラのことをよろしく頼む」
「了解了解。いいから、さっさとやっちゃってね~?」
対するミサキはどこまでも軽い調子だ。そのままマインの背中の上からひらひらと手を振ると、あっという間に町の中心部へ向けて飛び去った。
隣でことの顛末を見ていたガイアが、なんとなしに憐れむような目で俺を見た。
「賢明な判断だ。……じゃ、行くぞ」
「はい」
あとはもう、皆は無言で町の入り口あたりを目指した。
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