上 下
55 / 225
第六章 暗雲

3 襲来

しおりを挟む

 俺たちが表通りの方に出るまでに、方々の民家から多くの男たちが走り出てくるのに行きあった。どの男も、それぞれ棍棒だの農具だのを手にして殺気だっている。農具は鎌だの熊手だのといった金属の頭のついたものが多い。中には革鎧などの防具を身につけた者もいた。

「おい! さっきの合図、意味は何だ?」

 ガイアが早速、そのうちの一人の首根っこを捕まえて吠えた。
 ひょろっとした中年男は、一瞬「ぎゃっ」と驚いたようだったが、ガイアの姿を見て何故かぱっと嬉しそうな顔になった。

「……おっ? あんた傭兵かい? ちょうど良かった、手伝ってくれ!」
「ああ?」
「さっきのは、襲撃の合図なんだ。町の防護柵の外側から、なんかが襲ってきてるって合図なんだよ!」
「ふーん。盗賊か?」
「いや、ちがう。たぶん魔獣だ。このところ、この辺でもたまに出るんだよ。盗賊だったら、ちがう合図のはずだから」
「おー。そうなの」

(なんだって──)

 思わずみはった俺の目と、ぎろりと底光りするようなガイアのまなことがぶつかりあった。が、ガイアの表情かおは俺とは真逆だ。その顔いっぱいに完全に楽しげな、かつ狂暴な笑みを浮かべている。

「ちょうどいい。おめえにはいい実戦経験になるだろうよ」
「…………」

 「実戦」──。
 その言葉を聞いた途端、びりっと背中の毛が逆立った。
 にかりと笑ったことで剥きだしになったガイアの犬歯が、なにか異様に大きく見える。そのせいなのか、それまで確かに人間に見えていた目の前の男が、急に獰猛な別の生き物に変わったような感じがあった。なんとなく、見た目もひと回り大きくなったような気がする。

「ま、せいぜい死なねえ程度にやんな。どうせ後ろにゃ、あの『マリア様』がついてらっしゃるんだ。腕の一本二本、無くしたって心配いるめえ。ちゃあんと<治癒ヒール>してもらえるってもんよ」
 「がははは」と笑いながら、ばしばしと背中を叩かれる。
「が、これだけは言っとくぜ。『る』って決めたら、一瞬もためらうな。でなきゃあ、死ぬのはおめえだよ」
「……はい」

 低く答えた俺の顔を、男はちょっと覗き込むような仕草をした。しかしそれでも、やはりにやにやと苦笑している。

「ほんとかねえ。ちゃあんと肝に銘じなよ? ここじゃあ『おキレイ』なだけじゃあ生き残れねえ、ってよ。……ま、俺ぁどっちでもいっけどな」
 それはつまり、俺が死のうが生きようが、という意味なのだろう。
「はい。ご助言、感謝いたします」

 俺がそう言って頭を下げたときだった。頭上から声が降ってきた。

「ヒュウガっち! レティたちも一緒にいくのにゃ!」
「ヒュウガ様! そこにおられましたか」
「表の騒ぎに駆けつけられるのでしたら、ぜひともわたくしたちをお伴いくださいませ」

 やってきたのはリールーに乗ったレティとライラ、ギーナとマリア。さらにその後ろには<浮遊レビテーション>で飛んできたフレイヤ、サンドラと、赤銅色のドラゴン、シャンティに乗ったアデルも見える。
 それにやや遅れて、あちら「赤の勇者パーティー」の面々もやってきた。あちらは例の「マイン」と「プリン」という名の獅子のキメラ二頭に分かれて騎乗しているようだ。
 紅いキメラ、マインに乗った鎧姿のミサキが俺たちを見下ろして言う。

「なんか朝っぱらから騒がしいわねえ? ガイア、あんた行くの?」
「ああ。まあ、こっちの兄ちゃんの訓練がてらな。べつに、ヒメは宿で寝ててもいいぜ? 『寝不足はお肌にわりい』んだろ?」
「ん~。まあ、そうね」
「荒事は俺らに任せとけって。寝てる間に片付けてくっからよ」

 ガイアが面倒くさげに見上げて言うと、ミサキはちょっと肩をすくめた。

「そういうわけにもいかないのよ。そちらのお姉さん方がめっちゃなんだもん。『ヒュウガが出るなら私も出る』って聞かないんだから困っちゃう。ま、あたしは後ろにいるけどね」
「では姫殿下のお手を煩わせぬよう、早々に片付けると致しましょう」

 赤い鎧を身にまとったミサキの隣で恭しく一礼したのは、マーロウとかいう貴族っぽい初老の紳士。彼は確か<治癒者ヒーラー>だ。

「左様ですな。ではユーリとテオ、マルコは姫殿下のお傍にいてくれ。そなたらはいざというときの守りを頼む。残りは前進。手分けして、すみやかに敵を殲滅する」
「了解」
「わ、わかりました……!」

 こういう場合のあちらの「指揮官」は、どうやらデュカリスであるらしい。年少組と金髪のウィザード一人は、大人しくその命令に従う様子だ。命じられた人員でマインに乗りかえ、すっと一頭だけ後退していく。
 それを見て、俺は今更のように気が付いた。この場合、自分がこちらの「指揮官役」をせねばならないのだということにだ。すでにこの時点であちらのパーティーに比べ、一歩も二歩も遅れをとってしまっている。仲間の女性たちにどう動いてもらうのか、まずは俺が考えて的確に指示をすべきなのだ。
 いやしかし、そもそもそれ以前の問題があった。リールーに乗ったライラを見てハッとしたのだ。

(連れて行くのか? ライラを、これに……?)

 いや、だめだ。
 今まさに狂暴な魔獣が襲ってきている場所に、かよわいヒューマンの少女を伴えるわけがない。現在、懸命に弓矢の練習をしているとは言っても、まだとても実戦に連れていけるようなレベルではないのだ。
 俺は上空を見上げて叫んだ。

「ライラ! ライラは来るんじゃない。ミサキと一緒に、後方で待機していてくれ」
「え、でも……!」
 途端にライラが憤慨したように顔をゆがめた。その手には、例の小さな弓矢がしっかりと握られている。
「済まない、ミサキ。ライラをマインに乗せてもらえないだろうか」
「ああ、そうよね。オーケー、オーケー。ユーリ、お願い」
「いっ、いやです! ヒュウガ様、あたしも一緒に……!」

 激しく首を横にふっているライラの意思など完全に無視した様子で、ミサキは金髪のウィザード、ユーリに何かを命じた。
「あ、ああっ……?」
 つぎの瞬間、ライラの体はふわっと宙に浮かんでしまった。
「きゃあ……あっ! お、おろして……!」
 ライラは四肢をばたつかせ、空中を泳ぐようにしてもがいている。見ればあちらのユーリとかいうウィザードがライラに向かって片手をのばし、口の中で何かを唱えていた。と見る間にも、ライラの体はすうっと頭上を横切って、すとんとミサキの脇へと下ろされた。

「頼む、ライラ。そこにいてくれ」
「い、いやですっ。ヒュウガ様……!」
「どうか、頼む。今の俺の実力では、とてもライラを守れない。ライラを傷つけたくないんだ。俺の力不足だ。申し訳ない……」
 そう言ってまっすぐ頭を下げたら、ライラは急に悲しそうな目になってうなだれた。
「ヒュウガ様……」
「ミサキ。ライラのことをよろしく頼む」
「了解了解。いいから、さっさとやっちゃってね~?」

 対するミサキはどこまでも軽い調子だ。そのままマインの背中の上からひらひらと手を振ると、あっという間に町の中心部へ向けて飛び去った。
 隣でことの顛末を見ていたガイアが、なんとなしに憐れむような目で俺を見た。

「賢明な判断だ。……じゃ、行くぞ」
「はい」

 あとはもう、皆は無言で町の入り口あたりを目指した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...