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第五章 蒼き聖剣

3 青藍の剣

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「ありがとうございました、サンドラさん。大変お世話になりました」

 それは心からの感謝だった。
 サンドラは少し驚いた目になったが、やがて花がほころぶかと見えるほどとろけるような笑みをうかべた。

「『敬称さん』などお付けにならないでくださいまし。もったいないお言葉です。ヒュウガ様のために何かお力になれたのでしたら、わたくしとてこれ以上のことはございませんわ。こちらこそ、ご恩返しのごく一部にもなれましたこと、大変嬉しく存じます」

 ごく品よく腰をかがめて頭を下げる姿もまた美しい。以前から何となく感じていたことだったが、この人は実は結構な家柄の姫だったのかも知れなかった。とは言え、今ここでそれを詮索する権利は俺にはない。

「シスターも。貴重なご提案、心より感謝いたします」
「いいえ。そちらでぜひとも、皆さんを守って差し上げてくださいませね」
 マリアもいつもの静かな笑みで答えるのみだ。
「はい。……必ず」

 レティとライラは少し離れたところから、目をきらきらさせてこちらを見ている。
「はにゃあ……。キレイな剣にゃあ。こんなの初めて見たけど、めっちゃヒュウガっちに似合ってるにゃあ。バリバリカッコいいにゃ~!」
「ほんと。綺麗……」
「ねえねえ、ヒュウガっち! その剣に名前とかつけるのにゃ?」
「え?」

 俺は多分、変な顔になってレティを見たのだろうと思う。そんなこと、今の今まで考えつきもしなかったからだ。

「いや、それは……いいだろう」
「へ? なんで?」
「いや……。気恥ずかしいし、そもそも俺には似合わないしな」
「えーっ。そんにゃあ」

 レティは意外そうな顔になった。と言うか、むしろかなり不満そうである。

「お名前、つければいいのにい! カッコいい勇者の人は、だいたい名前つけてるにゃよ? 『なんたらかんたらソード』とか『ほにゃららブレード』とか、なんかすっごい、キラキラしたお名前にゃ!」

(……いや、待て)

 だから、そういうのが恥ずかしいと言っているんだ。勘弁してくれ。
 ちょっと頭を抱えたくなった。

「ドキドキワクワク、ウキウキにゃ! レティ、剣は使わにゃいけど、使う人はみんな『剣と自分は一心同体』にゃんて言うのにゃ。つまり自分の分身にゃ。だからちゃんと名前もつけて、とっても大事にしてるにゃよ」
「そうか……」
「そうにゃ! だから絶対つけようにゃー! ね、ライラっち。ライラっちもそう思うのにゃ?」
「えっ……? いえ、あの、あたしは──」

 レティは少々ムキになっているようにも見える。ライラはライラで、戸惑ったように俺とレティを見比べていたのだったが、結局は「う、うん……。そうよね」とうなずいた。

(名前……か)

 剣の名前。
 俺は少し考えた。
 あの大剣の時には思いつきもしなかったが、確かにこの剣には愛称のようなものをつけてやりたいような気もする。いやもちろん、誰かがつけていたとか言う「キラキラな」ものは勘弁して欲しいけれども。

 俺はあらためて、手元の剣をじっと見た。
 勇者としての自分の色である青に、あの緑の勇者の得物の力が加わったことで少し深みを帯びた色になった剣。けっして他を押しのけて出しゃばるような風合いではないけれども、確かにそこにある存在感と安心感と、さらに品のよさを併せ持った剣である。

「……では」

 ひと呼吸置いてから、俺はレティを見て言った。

「『青藍せいらん』……とでも名付けようか」
「セイラン……?」
「ああ。『青さの深まった色』ぐらいの意味だけれども。……どうだろう」
「おほー! カッコいいにゃ~!」
「『青藍の剣』ですか……。落ち着いた、品のいいお名前ですね。確かに、ヒュウガ様にはとてもお似合いのように思います。とっても素敵です!」

 レティとライラがにこにこして俺と剣を見つめて言った。ギーナはと言えば、俺たちからは少し離れた木の幹にもたれかかって、相変わらず煙管をふかしている。一応は横目でこちらを見ていたようだったが、彼女は終始、なにも口は出さなかった。
 その隣ではリールーが、ちょっと嬉しげな瞳で方を見ている。
 その思いが、俺にはいやでも聞こえてしまった。

《金色のおねーさん、甘くておいしそうな魔力なのー。いいなあ、いいなあ。リールーもなんだかおなかすいちゃったなあ。ちょっとおやつが欲しくなっちゃったあ……》

 顔にこそ出さなかったが、俺は腹の底で苦笑した。
 ドラゴンは人や動物のように肉や植物を食べて生きているのではないのだそうだ。その主食は魔力である。自然界に存在する魔力、人に備わった魔力、いずれかを吸収してそのエネルギー源とする。もちろんすべてマリアからの知識だ。
 魔力の使い手が多くなってくれたことで、リールーとシャンティの「食事」も不自由はしなくなったのだが、あまり吸い取られすぎては彼女たちも疲弊する。それで、ドラゴン二頭はこうした森や山といった魔力の集まるスポットではゆっくりと地面から大地の気、つまり魔力を吸い上げているらしい。
 俺は刀を鞘に戻すとサンドラに近づいて低く言った。

「サンドラさ……いや、サンドラ。大変な仕事の直後で申し訳ないんだが。少しリールーに『食事』をさせてやってもらえないだろうか。先ほどから、あなたの魔力をとても物欲しそうに見ているもので──」
「あら、お可愛らしいこと。もちろん、少しぐらいでしたら結構ですわ」
「どうぞよろしくお願いします」
「いちいちお礼など結構なのですよ、ヒュウガ様。もっとどんどん、わたくしたちに仕事を申しつけてくださいませね。これでもわたくしたち、僭越ながらとっくにあなた様の旅の同行者のつもりでいるのですから」
「あ、……はい。恐れ入ります」
「それでは、わたくしはこれで」

 最後にそう言って微笑むと、サンドラはしなやかな足取りでリールーの方へ歩いていった。同様にシャンティにも「食事」をさせようというのだろう、フレイヤも共にドラゴンたちの方へと歩いていく。
 と、焚火のそばのアデルが明るい声をあげた。

「さあさあ、そろそろご飯の準備ができるよ! みんな手を洗って集まってね~!」
「おお、やったあ! ゴーハーンー! レティ、めちゃめちゃ待ってたにゃー! もうおなかぺっこぺこにゃ。アデルっち、ありがとお!」

 ひとっとびで焚火のそばへ「しゅたっ」とばかりに座り込んだレティだったが、あっさりアデルに叱られた。

「もう、レティちゃんったら。手を洗いなさいって言ったでしょ!」
「はにゃにゃ……。レ、レティ、毛づくろいできるにゃもん。だから自分で、手も洗えるにゃもーん……」
「だーめ! ほら、ライラちゃんと一緒にそこの川で洗っておいでってば」
「えーっ……」
「こらっ! そういう悪い子には、ご飯食べさせてあげないぞ!」

 アデルは腰に手をあてて仁王立ちだ。怒って見せてはいるけれども、それは決して本気の怒りなどではない。ちょうど、小さな子供を叱っている母親のような雰囲気だ。レティとさほど年齢も体格も違わないのに、すでに姉のような風格があるのはなぜなのか。
 と、ライラが隣からレティの手を引っぱった。

「アデルちゃんの言うとおりよ。ワガママ言って困らせちゃダメ。行きましょ、レティ」
「うええ……。はあ~い……」

 毎度のことで、またレティはライラに引きずられるようにして木立の向こうに消えた。
 俺はわずかに苦笑した。女性陣はなんだかすでにかなり仲良くなってしまっている様子である。「奴隷であるかそうでないか」ということで彼女たちのあいだに変な軋轢が生まれる可能性もなきにしもあらずだったが、それは幸い俺の取り越し苦労だったようだ。

(……さて。となると──)

 自分もライラとレティの後を追いながら、俺はとあることを考えていた。
 こうしてせっかく素晴らしい剣を手に入れても、それを使いこなすにはかなりの技術が必要だ。こんな世界で自己流でできることなど、当然ながら限られている。
 かつて少しだけ剣道をやったことがあるとは言え、それとこれとでは求められる技術レベルは雲泥の差であろう。まさか「面」と「胴」と「小手」だけで勝負が決まるはずもあるまいし、場合によっては肘や足などを使う攻撃も必要になるはずだ。ましてこれは命のやりとり。試合で「一本」とるのとは訳が違う。
 得物も竹刀ではなく日本刀。両者は重さからして相当に違う。それを使いこなして実戦に臨むところまで独学で成長しようなどは土台無理な話である。まして、俺に与えられた時間は少ない。
 ……となれば。

(やはり、優秀な師匠が要る──)

 しかしそれを、いったいどこで求めるのか。
 目ぼしい使い手たちはすでに北の守りに派遣されているか、皇帝を守護する部隊に配属されていることだろう。
 まずはそこが、俺にとっての大問題なのだった。

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