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第五章 蒼き聖剣
1 提案
しおりを挟む「ヒュウガ様。少しよろしいですか」
マリアがそう言いだしたのは、新たな三名と一匹が旅に加わってから三日ほどたった時のことだった。
その日はすでにとある山中で野宿することが決まっていた。俺たちはライラを中心に協力して今夜の食事の準備をし、手の空いた者から夜の鍛錬に入っている。鍋で野菜とウサギのような生き物のシチューが煮込まれている間、火の番をアデルに任せて、ライラも鍛錬に加わっている。
今では新たに参加した三名も、ライラの料理の腕やサバイバル技術を十分認めてくれている。とくにアデルはそれに興味を持って、なにかとライラから料理そのほかを教わろうとしているようだった。
ちなみにこの火で特殊な香草を焚くことで、周囲の危険な野生動物を遠ざける効果があるのだそうだ。
「そう、そうにゃ、ライラっち。弓を支える肘は曲げないこと。お腹の力は抜かないけど、肩に力は入れちゃダメにゃ。撃つ瞬間に目をつぶると、狙いがゆらぐから気をつけるにゃよ」
「うん。こ、こう……?」
「そうにゃ! ライラっちはやっぱり賢いにゃ。言ったこと、すぐにできるようになるもんにゃあ!」
屈託のないレティのほめ言葉だけはライラも素直に受け入れられるのか、にこにこしながら楽しげに訓練している。少し離れた場所にある的がわりの木の幹に向けて、ライラの矢がひゅっと飛ぶ。幹につけたバツ印からはそれたものの、それでもちゃんと飛距離が出せて幹の下部にこつんと当たった。
「上手! そうにゃよ! 飲み込みがめちゃめちゃいいにゃ~!」
このところ、ライラはこんな風にしてレティからは弓を、俺からは簡単な初心者向けの合気道の技を習い覚え始めており、少しずつ自尊心を取り戻しつつあるように見えた。
マリアはそんな二人をちらりと見てから再びこちらに向き直った。
「少し前から思っていたのですけれど。その剣、ご自身に合っていない……と、お感じなのではありませんか? ヒュウガ様」
「え、シスター……」
俺は驚いてマリアを見た。
言われた通りだ。俺にはこの大剣は向いていない。その剣の存在意義というのか、醸し出す「意思」のようなものも俺の肌に合っているとは言いがたかった。
ただ、それに文句を言っていても始まらない。与えられた武器がこれだけである以上、自分をこれに合わせていくしかないものと覚悟もしていたのだったが。
マリアは俺の内心を見透かしたようないつもの瞳で少し笑った。
「実は方法がございます。幸い、先日の『緑の勇者様』の忘れ形見もあることですし」
「忘れ形見? とおっしゃいますと」
「こちらです」
言ってマリアはいつも持っている彼女の小さな革カバンを持ち上げた。大きさだけは、あちらの世界で女性がよく持っているようなショルダーバッグとさほど変わらない。容量は限られていそうなのだが、実はこれは「魔法のバッグ」だ。こうした魔力の籠められたバッグであれば、そうした常識が通用しないことは俺ももう知っている。
マリアがそのふたを開いて何かの呪文を唱えると、中身がきらきらとまばゆく光りだした。そこから野球ボールほどの光球がひとつ分かれたと思った途端、にゅうっとそれが縦に伸びた。
(これは──)
光が去ったその後には、俺のと対になるような緑に彩られた大剣が出現していた。それはあの時、あの「緑の勇者」が残して逃げていった品だ。ほかに気を取られているうちにいつのまにか視界から消えていたので、てっきりあの男が勇者としての資格を失ったと同時に消失したものと思っていた。
「本来、勇者様が『闇落ち』したなら大剣も同時に消え去るのです。ですが、あの場合は少し事情が異なりました。ヒュウガ様に半ばは引導を渡されたような形でしたでしょう」
「いや……どうでしょうか」
それは甚だ疑問である。
俺が首をひねっていると、マリアはわずかに苦笑した。
「そうなのですよ。だからこそ、この剣がここにあるのです。つまりこれは、あなた様の『獲得物』ということになったのでしょう。事実、同じパーティーメンバーであるわたくしが拾得してもなんら問題はありませんでしたし」
「……そうなのですか」
「ええ。……さて、ここからが大切なところです」
マリアはそう言って、少し勿体をつけるように沈黙した。
「お話というのはこのことなのです。ヒュウガ様、あなた様の剣にこちらの剣を合成されてはいかがでしょう」
「『合成』……?」
「そうです。勇者様の大剣はもともと、何もしなくとも大いなる威力を発揮できる逸品ではあります。ですが、獲得できたほかの優秀な武器と合成させれば、さらに爆発的な威力を持つことが可能なのです」
「…………」
「もしも現在、そちらの品に何かしらのご不満をお持ちなのでしたら、ご自身の希望に沿う形で形状や威力を変化させることも可能なのです。いかがですか?」
「そうですか……」
俺は少し考えた。
確かに願ってもないことだ。もしこの剣をもっと自分の希望に添う形にしてもらえるなら、それ以上のことはないのかもしれない。
(しかし──)
「シスター。そちらの剣はあの『緑の勇者』の持ち物でした。あのような者の持っていた剣を利用する……というのは、どうも気が進みません。申し訳ないのですが」
「左様ですか。そうおっしゃるとは思っていました」
マリアは特に何の感慨もなさげな顔だ。
つまり、いつもどおりに微笑んだままである。
「ですが、ヒュウガ様。物に罪はございませんわ。すでにあの男は緑の勇者としての資格を失いました。もはやこの剣に、あの者の精神性の影響などいっさい残ってはおりません。それに、こちらはなにしろ『勇者の剣』です。今後、お気が変わられてから探されたとしても、おいそれと手に入る代物ではございませんわよ」
「…………」
「当然ながら、レベルの高い武器を合成した方が剣の性能も上がります。それが『勇者の剣』ともなれば段違いとなりましょう。そこは保証いたします」
「はい。それは、そうなのですが」
「……ヒュウガ様」
ここでマリアは、またすっと威儀を正したようだった。
「前々から申しておりますわね。あなた様は魔王を倒しに行かれるお方。魔王も魔族たちも、生中なことで手に負える相手ではありません」
「はい。……それは」
「その上あなた様は、女性がたに対して<奴隷徴用>の特権すらお使いにはなりたくないとおっしゃっている。それなくして今後、どれほどのお仲間を得られるかなど未知数です。そんな甘いことではまともには戦えないと、再三申してきたはずです」
「はい……」
「あなた様ご自身が強くあってくださらなければ、今後いやでも仲間の死体を乗り越えて戦う羽目になりますわ。先日申し上げた通りです。皆さんの躯を盾にし、その体を踏みつけて前に進む。最後はそんな厳しい戦いになると。それでもよいとおっしゃいますか?」
「…………」
絶句した。
気が付けば、周囲で鍛錬をしていたライラやレティも、ギーナやフレイヤ、サンドラも、そして火のそばにいたアデルまでもが、じっとこちらを注視していた。
ライラとレティは不安そうな目で俺とマリアを見比べるようにしている。
(……いや、守らねば。少なくとも、彼女たちのことは)
それは当然のことだ。この先どんな戦闘が待ち構えているとしても、何を措いても彼女たちの命は守らねばならないと思う。この一年が終わったなら、必ず無事な姿で家族のもとに返してやらねば。
もしここで俺が自分の拘りにしがみつき、自分の剣を強化することを拒否したら。そしてそのことで、後々彼女たちを危地に追い込むことになったら。
彼女たちの家族や親しい人々みんなに、合わせる顔があるだろうか。
……否だ。
俺はぐっと拳を握った。
そして顔を上げるとマリアに言った。
「……わかりました。お言葉の通りに致します」
「そうですか。何よりです」
鋭かったマリアの瞳がふっとやわらいだ。
気のせいか、周囲の女たちの体からも力が抜けたようだった。
「しかし、それは具体的にはどのように? 合成のためには特別なスキルが必要なのではありませんか」
「もちろんです。本来は町などで『合成』の能力を持つ者を探すのが普通なのですが。いまは幸い、その能力持ちのかたがご一緒ですし」
「え、それは──」
そこでマリアは背後を振り向き、ひとりの女に目を留めた。
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