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第四章 新たな仲間たち

8 樹の下で

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 いつになく真面目な目をしたレティに引っ張られるようにして、俺は宿の外に出た。そこからしばらく歩き、街のあちこちにある小さな広場のひとつにやってくる。その中央、街路樹が一本植わった場所まで行って、レティは足を止めた。
 市場やなにかのあるにぎやかな界隈とは離れているため、人通りはほとんどない。つまり内密の話があるということらしかった。
 木の幹を背にする形で、レティがくるりとこちらを向く。

「あ……のね、ご主人サマ。ライラっちのことなんにゃけど」
「ああ。そうだろうと思っていた。何かあったのか?」

 しかし、自分から言い出しておきながら、レティはしばらく困ったように頭を掻いていろいろと躊躇しているようだった。

「え、……えっとね。怒らにゃいで聞いてほしいんにゃけど……」
「もちろんだ。遠慮なく言ってくれ」
「あのね。あの……ライラっちね。ゆうべずっと、ベッドの中で泣いてたみたいで……」
「……そうなのか」
「うん……」

 昨夜の話し合いの後、女性たちはそれぞれの部屋に分かれて休んだ。ライラはレティとギーナ、マリアと同部屋だったのだが、「疲れたのでお先に失礼します」と一人そそくさとベッドに入ったらしい。
「でもレティ、猫にゃから。耳、めっちゃよく聞こえるから……」
 うつむいたレティ自身が今にも泣きだしそうな顔になっている。
「そうか……」
 つまり、ライラがみんなに気付かれまいとベッドの中で声を殺して泣いていたのを、レティだけは分かってしまったということらしい。

「ライラっち、魔法が使えにゃいでしょ? お料理とかお洗濯とかめっちゃスゴイけど、ご主人サマの戦闘のお手伝いはできにゃいでしょ? べつにシスターに言われにゃくたって、そんなのライラっちだって分かってるにょ。いつも笑ってて、にこにこ明るくしてるけど、ほんとはすっごく気にしてたんにゃと思うにょ。だから……」

 そこまで言って、とうとうレティは「ふぐっ」と声を歪ませた。見ればその目に、もう涙が浮かびかかっていた。声が掠れるのを我慢しようとして、レティは顔を真っ赤にしてそれを飲み込んでいるようだった。

「だから、レティ……ライラっちにも何か、そっちのお手伝いが出来るようにしてあげたいにょ。レティ、山育ちだから。小さい弓とか、ちょっと使えるにょ。本当はパンチやキックのほうが攻撃力があるんにゃけど、遠くから狙える武器も必要にゃから。それだったら、狩りなんかでも役にたつし」
「ああ、それはいい考えかもな」

 レティがぱっと顔を輝かせた。

「そうにゃ? ほんとにそう思う?」
「ああ。それに、これからどんどん治安の悪い地域に移動することになると聞いている。ライラ自身も自分をちゃんと守れるスキルがあるに越したことはない。いつもいつも、俺やみんなが守ってやれるとは限らないだろうし」
「そうそう、そうにゃの! さっすがご主人サマにゃ。レティの言いたいこと、ちゃんとわかってるにゃ……!」
「俺もライラに合気道の指南をしよう。相手にいきなり腕や腰を掴まれたりしても最小限の力で逃げられる技だ。……というか、俺も『客』に教えるばかりじゃなく、まずはライラに教えるべきだった──」

 まさに、灯台もと暗し。
 自分の周りのことも分かっていないで、どんなこともうまくいくわけがない。
 俺は自分を叱咤した。

「すまない、レティ。俺の配慮が足らなくて」
「ええっ!? そ、そんにゃ……!」
「気づかせてくれてありがとう。感謝する」

 俺が頭を下げたのにびっくりして、レティは必死で顔を横に振っている。

「やっ、やや、やめてにゃ。うひゃー、恥ずかしいにゃ! それに、ご主人サマが奴隷に頭なんか下げちゃダメにゃ……!」
「それなんだが、レティ」
「ふ……ふにゃ??」

 レティは目を白黒させて慌てきっている。意味もなく周囲をきょろきょろ見回して、完全に挙動不審だ。

「その『ご主人サマ』呼びは、そろそろやめてくれないか」
「え……」
「最初から思っていた。それに、これで分かっただろう。俺にはレティたちからそんな風に呼ばれる資格はない」
「そっ、そんにゃ……!」
「俺はただの、そこいらの若造に過ぎないんだ。大事な同行者のことに目も届かなければ、気持ちもおもんぱかってやれない、朴念仁の大馬鹿だ。こうやってレティに教えてもらわなければ、ライラの気持ちも分かってやれていなかっただろう。……せいぜい、そんな程度なんだ」
「ご、ごしゅじ──」
「それで何が『ご主人様』だ。笑わせる。そうだろう?」
「そ、そんなことにゃいよっ……!」

 とうとう憤慨したように、レティが真っ赤になって叫んだ。
 思わずやってしまったのか、両手で俺の胸のあたりを掴んでいる。

「そんにゃこと言わないで! ご主人サマはすっごいステキにゃ。これ、ほんとにゃ! 信じてにゃ!」
「…………」

 俺が黙って首を横にふると、レティは今度は急に悲しそうな顔になった。俺の服からすっと手を離し、ぽてんとその尻尾が地面に落ちる。

「……レティが、『奴隷』だから信じにゃいの? 最初っから『ご主人サマだーいすき』とか言ってたから、変だと思ってるにょ? 違うんだよ? ご主人サマ」
「…………」

 いや、それはどうだろう。
 マリアの説明からすれば、少なくとも最初から俺の「奴隷」として設定されてしまっているこの三人に関しては、その感情を明らかに操作されているはずだ。
 彼女たちが俺に対して持つ「好意」は完全に作られたもの。なぜなら彼女たちは、俺の人格も何も知らないうちから「好意」を寄せてきているのだから。
 ……まあ、あのギーナは多少複雑な感じではあるけれども。
 俺の表情をしばらくじっと見つめていたレティは、次第にその肩を震わせはじめた。

「にゃんか……ズルいにゃ。『奴隷』じゃないおねーさんたちのことだったら、ご主人サマ、信じるのにゃ? 『ウソの気持ちじゃない』って信じるの? ……そんなの、イヤにゃ。だってレティ……レティだって……」
「レ──」

 言いかけて、停止した。
 レティの目はもう、いっぱいにあふれたものが零れそうになっていた。その拳は体の横で石のように握られている。

「だって……知らにゃいもん。大好きって気持ち、別に今までと一緒にゃもん。どこが違うにょ? レティ、ご主人サマ大好きにゃもん。会うまでだって好きだったけど、会ってからもどんどん……どんどん、好きになっていくんにゃもん──」

 もう駄目だった。
 レティは完全に顔を歪め、その両目からぼろぼろ涙を零していた。
 俺は自分をありとあらゆる言葉で罵倒した。

(俺ってやつは──)

 なんてことを。
 いくら「創世神」とやらから押し付けられた感情なのだとしても、それは今の彼女たちにとっては「真実」以外の何ものでもないのに。
 レティは両方の手の甲で必死に何度も目元をぬぐっているが、涙は止まる気配もなかった。

「ひぐっ……一年たったって、きっときっと一緒にゃもん。ご主人サマが勇者じゃなくなったって、レティ、絶対変わらにゃいもん。ライラっちだってきっとそうにゃ。絶対、絶対……ご主人サマのこと大好きにゃもん……!」
「レティ……」
「信じて。信じてよう、ご主人サマぁ……。ひっ、ひぐ……うえっ……、うわああああん!」
 
 道の真ん中で遂に大泣きをしはじめたレティを、たまたまそばを通りかかった街の人々が怪訝な目で見ながら通り過ぎていく。
 俺はそれでも何もできず、黙ってレティの前に立ち尽くしていた。

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