上 下
39 / 225
第四章 新たな仲間たち

7 三人の協力者

しおりを挟む

「あ……。も、もちろんです!」

 俺以上に呆然と話を聞いていた三人の女たちは、急に威儀を正したように座り直してそれぞれに頷いた。
「お任せください。わたくしどもは、まさにヒュウガ様の生き証人となれましょう」
 長いストレートの黒髪と紅い瞳をしたその人は、最初に炎魔法でレティとやりあった女性だ。名を「フレイヤ」という。ギーナと同じく<魔術師ウィザード>であり、攻撃魔法に特化したタイプの術師だ。特に炎熱魔法が得意であるらしい。

「わたくしたちはヒュウガ様の、星の海もかくやと申すような広いお心により、あの『緑の勇者』から解放されることが叶いました。そればかりでなく、先に攻撃を仕掛けたわたくしたちをこうしてご寛大にもお許しくださり……。感謝の申しようもありません」

 次にそう言ったのは、豊かにウェーブした金髪をもつ美貌の女性。妖艶さにあってはギーナを凌ぐほどの出で立ちで、瞳は深い紫だ。彼女は名を「サンドラ」という。やはり<魔術師ウィザード>で、電撃魔法が得意らしい。

「姉さまたちのおっしゃる通りです。あたしも力の限り、しっかり宣伝させていただきます!」

 最後にそう言ったのは、三人の中でもっとも年下らしい、まだ少女といっていいような女性だった。
 名を「アデル」。彼女はこの世界でも珍しい「ウッドエルフ(森の民)」という種族なのだそうだ。肌は浅黒く、短く切った髪は素直な銀髪で、目は鳶色とびいろ。上の二人に比べるとどうしても地味には見えるが、細身のその体はしなやかそうで、いかにも森育ちの少女という雰囲気だった。
 職種は<調教術師エンチャンター>というもので、動植物の<テイム>を得意とする。つまり彼女が、あの赤銅色のドラゴンを<テイム>したということらしい。エンチャンターは補助的な様々のスキルを少しずつ修得することが可能なのだそうで、少しなら治癒魔法や各種の守護魔法も使えるらしい。

 ちなみにそのアデルによれば、あのドラゴンにはこれからも世話になるつもりのようだ。名前もすでにつけていて、「シャンティ」と呼んでいる。あんな老人ドラゴンにつけるにしてはやや可愛らしすぎる感じもするが、そこにちゃんと愛情らしいものが見てとれて、俺は少し安心した。

 マリアは女たちをひとわたり見て「結構です」と頷いた。
「『人の噂は疾風はやてのごとし』と言いますわ。人の口に戸は立てられぬもの。とりあえずはこの町から始めればいいと思います」
「はい」
「どうぞ、お任せください」
「どうか皆さま、『青の勇者ヒュウガはテイムを使わない』ということをあちこちで囁いてくださいませ。そうしてヒュウガ様について良い風評を立てること。それがあなた方の最初のお勤めです」
「はい」
「その出来次第で、ヒュウガ様に同行できるかどうかを判定しましょう。……これでしたら、いいでしょう?」

(いや、よくない)

 正直なところを言えばそういう思いは山々だった。だが、女性たち三名が必死にうなずいてこちらを見つめる目を見ていると、とてもそうは言えなかった。俺は渋々うなずいた。

「……了解しました。どうぞシスターのお言葉のままに」
「ありがとうございます、勇者さま……!」

 女性三人が互いに抱き合わんばかりにして喜んでいる。
「けどさあ、シスター」とギーナがいきなり口を挟んだ。その声は不快さを隠そうともしていない。
「こぉんな猫娘にあっという間にやられちゃうようなウィザードなんて、ちゃんと役に立つのかい? あたしは賛成できないねえ──」
「にゃにゃ? なんか文句があんのにゃ、ギーナっち! レティのキックとパンチがそれだけ強烈なだけなんにゃ~!」
「ちょっとあんた! 聞き捨てならないね……!」
 叫んだのはレティとフレイヤだ。
 女三人とレティとがギーナを睨みつけ、一瞬、場が敵対心の気で満ちる。

「……いえ。そうではありませんわ」
 マリアがぴしゃりと終止符を打った。
「レティさんには悪いのですが。あの時のこの方々の魔法攻撃はまことに弱いものでした。ですが、それには理由があります」
「え……?」

 訊き返した俺をちらりと見て、マリアは一同をぐるっと一度見回した。

「簡単なことです。勇者様のために使う魔法は、その者がどれほど主人あるじに忠実な思いを持つか、そのことに掛かっているのです。差し詰めあの勇者さまには、この方々からさほどの忠誠心を集めることがお出来にならなかったのでございましょう。……それは、当然のことでしょうけれど」
「ああ、それで……」

 フレイヤ、サンドラ、アデルの三人は得心したように互いを見かわしている。何か思い当たるところがあるのだろう。
 たとえ<テイム>によって心を縛られているとしても、そんな「ご主人様」のために振るう魔力には限界がある。それは非常な皮肉にも思えたが、俺はどこかでほっとするものを覚えてもいた。

「魔力とはすなわち、心の力。まことの『思い』のないところに、その本領を発揮する威力は望めません。そのあたりを侮っている勇者様がたは、決して戦場で本来の力を発揮することがかないません。魔王にたどり着くはるか手前で魔獣そのほかの手にかかり、あっさり命を落とすのが関の山です」

(なるほど……)

 逆に言えば、あの「緑の勇者」にはそれが分かっていたということか。こんな状態で女たちを引き連れて行ったところで、早々に戦いに敗れ、大事な命を落とすことになる。それを見越し、あるいは諦め、恐れた結果があの帝都での堕落ぶりだったのだと?
 ともかくその夜はそれまでのことで、みなは銘々の部屋に引き取った。





 さて。
 翌日から、女たちは早速「仕事」を始めた。

「ヒュウガ様は、そりゃあ素敵な勇者様さ」

 そのあふれんばかりの妖艶さを隠そうともしないフレイヤとサンドラが、朝食の席で宿の泊まり客たちを相手に話をしている。

「あたしらは、別にヒュウガ様に<テイム>なんてされてないんだ」
「へえっ? そうなのかい?」
 客の一人、中年の男が驚いてフレイアを見返す。
「信じられないかも知れないけれど、本当なのです。もとは『緑の勇者』という困った男の持ち物にされていたのですが──」
 それに答えたのはサンドラ。
「おお。そいつの噂は聞いてるぜ。なんでも帝都ステイオーラで、えらいみんなに迷惑かけてるチンケな『勇者』がいるってよお」
「そうそう! そいつなんだよ! それが、小さな女の子まで毒牙にかけるひどいやつでね……!」
 横からのアデルが懸命に援護射撃をしている。
「その子たちだって、あのヒュウガ様に助けてもらったんだから。ね? すごい人でしょう?」
「えええ! そうなのかい。姉さんたち、えれえ苦労したんだなあ……」
「うん、まあね。それであたしら、自分からヒュウガ様についていくことにしたんだよ。ほんっと、お人柄に惚れたんだ。ね? みんな」
 フレイヤのその言葉に、あとの二人も「その通り」とばかりににっこり頷く。
「へええ……。そりゃまた、豪儀なこったねえ……」

 俺たちは彼女たちとは少し離れたテーブルにつき、彼女たちの見事な話術に聞き入りながら朝食をとった。

(……いい加減にしてくれ)

 俺は本当に、一刻も早くこの場を去りたい思いでいっぱいだった。
 これは何だろう。
 いわゆる「羞恥なんとか」というものではないのか──?

 対するギーナとレティはと言うと、先ほどからなんとなしにつまらなさそうな顔でそれを見ている。
 ライラはと言うと、いっさいそちらを見ようともせず、ただ黙々と食事をしている。今朝の彼女はなんとなく元気がなかった。見れば少し目の周りが赤いようだし、どことなくぼんやりともしている。
 ぼそぼそと雑穀パンをかじり、スープを少しばかり食べると、ライラはすぐに木のスプーンから手をはなしてしまった。小さく「ごちそうさま」と聞こえる。

「……ライラ、どうした。体調でも悪いのか」
「あっ。い、いえ……」

 ライラはびくっと身を竦めると、悲しそうな目になって俯いた。隣のレティが耳をぺたんとしおたれさせて、俺を申し訳なさそうな目で見返している。明らかに何か言いたげなのだが、何も言おうとはしない。

(……?)

 一体どうしたと言うのだろう。
 昨夜の話の流れの中で、何か気に障ることがあったのだろうか? いや、確かにマリアは彼女に関してかなり厳しい発言もしていたが。

「大丈夫ですから。ちゃんと、今日のお仕事もしますから」
 小さな声でライラに言われて、俺は返す言葉に困る。
「いや、そういうことはいいんだが──」

 ライラは一礼して席を立つと、早々に部屋に戻ってしまった。なんとなく、呼び止めるのを憚られるような背中をしていた。
 食事が終わり、先に立ち上がって部屋に戻ろうとしたところで、俺はレティに呼び止められた。

「んね、ご主人サマ。ちょっといいにゃ……?」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!

KeyBow
ファンタジー
 日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】  変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。  【アホが見ーる馬のけーつ♪  スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】  はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。  出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!  行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。  悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!  一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...