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第二章 帝都へ

13 皇帝拝謁

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 例によって大門のところで通行証代わりの胸の宝玉を見せると、俺たちはすんなりと城の奥へと通された。「この街に入った時点で、知らせは王宮に届いておりますので」とマリアが簡潔に説明してくれる。

 俺たちの歩いている広い回廊の両側には、大人が何人も手をつないでやっと抱えられるような太い円柱がずっと奥まで林立している。その円柱ひとつひとつの足元に、槍を立てた警備兵が直立不動で立っていた。みんな、なかなかいかめしい面構えだ。
 回廊を抜けると、そこまで案内してくれていた下級兵から、仕事は文官らしい青年にバトンタッチされた。彼らがここから奥を取りしきる人々であるらしい。

 文官はぞろぞろと長い白い衣を身につけている。その上から金糸や銀糸の縫い取りのある膝までの上衣をつけ、首から法王などがつけるような豪奢な帯を垂らしていた。すれ違う人々を観察するに、どうやらその模様や色によって、それぞれの身分を表わしているようだ。
 俺たちを案内してくれている青年に限らず、文官たちは皆ひどく上品で穏やかな声と立ち居振る舞いをしていた。それはまるで、彼らの育ちの良さを物語るかのようだった。

「皆様、さぞやお疲れでございましょう。お待ちいただく間、些少さしょうではありますが茶菓さかなども準備してございますので」
「え? サカってなんにゃ? 坂をのぼらないといけないのにゃ??」
「そうじゃなくって! 『茶菓』っていうのは、お茶やお菓子のことよ、レティ」
「えっ、お菓子ぃ? やったにゃあああ! レティ、めっちゃおなか空いてたもん。嬉しいにゃあ、王様さすがだにゃあ、オトコマエにゃ! うわあ、うわあ、おいしいのかにゃあ……」
「ちょっと! もう、静かにしてて。恥ずかしいなあ……」

 早速興奮しはじめたレティを、隣でライラが真っ赤になって必死にたしなめている。
 そうこうするうち、俺たちは人の身長の三倍はあろうかという大きな両開きの扉の前へたどり着いた。扉そのものも、植物の絡み合った紋様でふんだんに、また美々しく飾りたてられている。

「陛下からのお呼びがありますまで、こちらで少々お待ちくださいませ」
 言って文官はしずしずと下がっていき、俺たちは巨大な楕円形のテーブルの置かれた部屋に残された。余裕で二十名は座れそうな大きさのテーブルだ。
 真っ白なテーブルクロスの上には、いかにも高級そうな茶器やら皿やら燭台やらが並べられ、様々な菓子や果物などが準備されていた。

「うわあ! いっただきますにゃー!」
 レティが文字通り飛んで行って、早速テーブルにつき、それらにがっつきはじめる。
「ちょっと、レティ……! ちゃんとお行儀よくしてよ」
「もきゅもきゅ……ほえあ?」
「もう、恥ずかしいわね──」
「まあまあ、いいんじゃない? あっちも『ごゆっくり』って言ってるんだからさ。あたしら下々のもんの口には滅多に入らないような珍しい物もあるみたいじゃないか。遠慮なくご馳走になろうよ」

 あきれ果てた顔で肩を落としたライラを、何故か隣のギーナが慰めるという奇妙な絵づらが展開されている。
 とは言え、ここに居るのはもちろん俺たちだけではない。部屋の隅には最初から給仕をするらしい人々が控えている。かれらはこの王宮で言うところの、いわゆる使用人なのだろう。服装は先ほどの文官のものを多少シンプルにした感じだ。

 そこからしばらく、俺たちはその場にいる給仕の女性や青年たちの世話になり、供された茶菓を楽しんだ。

「あちっ……! だ、ダメにゃ。レティ、熱いのはムリ。飲めないにゃ……」
「あら、そうよね。猫だもんね。すみません、この子には紅茶ではなく、なにか冷たい飲み物を──」
「あ、ありがとにゃ、ライラっち……」
「え?」
 ライラが変な顔になった。
「なに? その『ライラっち』って」
「うにゃ? だって可愛いでしょ、ライラっち。そんで、そっちのボンキュッボン! なダイナマイトバデーねーさんは『ギーナっち』にゃ」
 ギーナはそれまで周囲の皆をほとんど無視して、ごく上品に菓子を楽しんでいたようだったが、それを聞いてすうっと目を細めた。心底いやそうな顔だった。
「ちょっと。勘弁しなさいよね、猫娘」

 まあそんなことはあったけれども、レティは改めて出してもらったレモネードによく似た飲み物と共に、あらゆる菓子を存分に楽しんだ。
 なお、彼女が口の中ばかりでなく、クッキーのような焼き菓子を沢山、こっそりと自分の小さな革の背嚢リュックに詰め込んでいることについては、みんな見て見ぬふりをした。





 先ほどの文官がやってきたのは、そこから二時間ばかり経ってからのことだった。再び彼に案内され、俺たちは改めて謁見の間に通された。

 謁見の間は、そこまでにあったどの空間よりも広かった。天井は恐ろしく高い。上方でまるくつなぎ合わされた形状といい、白や金色をふんだんに盛り込んだデザインといい、もと居た世界のどこかの大聖堂を思わせるような、それは荘厳なつくりだった。
 柱のそばにはそれぞれに、歴代の皇帝らしい白い立像がずらりと並んでいる。目の前には学校の体育館の何倍もあるようなひな壇が据えられており、手前の大理石らしい真っ白な階段からして、軽く何十段もありそうだった。

「ヴァルーシャ十五世陛下の、おなりである! 皆の者、謹んで拝し奉れ!」

 ひな段脇の扉に控えていた文官が大声で呼ばわると、俺たちはマリアの指図のもと、その段下で片膝をついて頭を下げた。ちなみに俺は、先ほどの「待合室」を出る段階でもとの勇者としての鎧姿に戻っている。
 やがて静かに誰かが入室してきた気配があった。
 軽やかな靴音と、わずかの衣擦れの音。

「……そなたが此度こたびの青の勇者か。まあ遠慮するな。おもてをあげよ」

 場に凛と鳴り響いたのは、のびやかな青年の声だった。

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