七つのゆうべの星空に

つづれ しういち

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「大丈夫か。少し休憩するか」
「あー。んー……」

 帰り道の車の中。さりげなくさすっていたつもりだったのに、佐竹には案の定、目ざとく気づかれてしまったらしい。
 窓の外を明るい夏の田舎の風景が流れていく。田んぼも山も目にしみるみたいな緑、そして緑。その上には真っ青な空。そしてそこに、もくもくと真っ白な雲がわきあがっている。濁りのない色たちが光りかがやいてあふれだしているみたいだ。

 ん~、腰が痛い。そしてだるい。
 佐竹、昨夜はちょっとすごかった。珍しく。
 いつもはもう少し俺のキャパを考えてくれて、もうちょっとゆっくり進めてくれるんだけど。大抵、自分の欲のほうは全部後まわしだし。だけど昨夜は、回数も激しさもいつもの五割増しぐらいだったかも。
 なんか、やったことない体位も取らされちゃったしさ!
 最後の方なんてもう、半分意識なかったと思うし。声なんかカッスカスだし。
 うああ! ダメだ思い出すな俺!

「もう少し加減すればよかったな。申し訳ない」
「い、いや……いいよ」

 だってせっかくのお泊りの旅行なんだし。ちょっとぐらいを外すのが醍醐味ってもんじゃないか。俺だって、体がちょっと疲れる以外は嬉しいほうがずっとまさっちゃうんだし。
 それにこいつ、なんだかんだ言ってどんなにハメを外していたって、朝晩の稽古はきっちりやってるしなあ。それは「ハメを外す」とは言わないだろ。
 俺が少し沈黙を続けたせいか、佐竹はちらりと俺を見て少し頭を下げた。

「本当に済まない」
「もういいからさ。ってか、ちゃんと前見て運転して」
「了解した」

 いや、俺はいいんだよべつに。明日はまだ一応休みだし。明日からすぐまた大学とバイトが始まる佐竹の方が、体力的には大変だろうに。バイトだって、家庭教師と剣道の指導を掛け持ちしてるんだしさ。
 って、そのぐらいならこいつの体力なら大丈夫なのか。あーあ。なんか悔しい。

「そういえば、馨子さんは?」
「ああ。昨日の便でアメリカに戻ったはずだ」
「そうなの? もうちょっとゆっくりしていけばよかったのに。ホテルが取りにくい時期だったんだろ? 自分の家なのに、あんまり遠慮してもらうの悪いなあって、俺……」

 それに俺だって、もう少し馨子さんと話もしてみたかったのに。
 佐竹はちらりと俺を見て、また少し黙った。

「それは気にする必要はない。あれはあの人一流の『作戦』みたいなもんだからな」
「え? どういう意味」
「最初に『家に泊めてくれ』とちょっと無理を言う。俺が渋々泊まらせる。そうやって負い目を作った形にすれば、この旅行のプレゼントも俺がすんなりと受け取ってくれるだろう、とな。そういう心づもりがあってやっていることだ」
「えええっ……」
 マジかよ。全然気づかなかった!
「あのログハウスの予約も、本来ならこんなに急にとれるものじゃなかったはずだ。事前に少し長い期間で予約を入れておいて、俺たちのスケジュールに合わせて日程を短く変更したんだろう。急だったし、ある程度キャンセル料も発生したはずだ」

 そうなの? あれってそういうことだったの??
 なんつー手の込んだことを!
 ってかそれ、宿泊先にはご迷惑なんじゃ……?
 まあ俺たちがどうしてもダメだったら、馨子さん自身が友達でも誘って泊まりにいったのかもしれないけどさ。
 それにしても佐竹、そんなことまでよくわかるな。そこはさすが親子ってとこか。

外連けれんの多い性格なんだ。年甲斐もなくいたずら心も旺盛だしな。ああいう女だから気にするな」
「は……はあ」
「この間、母の日にお前からプレゼントを贈っただろう。あれの礼もかねているはずだ」
「あ、なるほど……」

 そうだった。「なにがいいかなあ」って散々悩んで、お店の人にもいろいろ相談して、俺はアメリカの馨子さんに、日本らしい香りのするお香のセットと、カーネーションの入ったプリザーブドフラワーを贈ったんだ。

「いや、でもさ。佐竹だって俺の父さんや洋介に誕生日プレゼントとか父の日のとか色々くれてんじゃん。しゃれたネクタイとかめっちゃ美味い地酒とか、父さんもすげえ喜んでるんだからな」
「そうか。それはよかった」
「洋介だってそうだよ。子どものうちからあんまり贅沢なことを覚えさせるのもどうかとは思うけど、剣道着とかかっこいいスニーカーとか、あれだけ喜ぶんだから感謝してるよ。だからせいぜいお互い様……って、あれ?」
 ふと気づくと、車が路肩で停まっていた。
「どうした……むぐっ」

 ぐいと抱き寄せられてキスされる。
 俺、たぶんまた目を白黒させている。ちょっとじたばたしちゃったけど、すぐに静かになった。

「ん……っ」
「うちの親も、かなり嬉しかったらしいからな。電話の声がいつもの何割増しかで弾んでいた」
 それは、さぞやすごいはじけ方だったのにちがいない。
「そ……そか」
「ああ。俺からも礼をいう」
「だから、それは俺もだって──」

 それ以上の言葉を遮るように、本格的な深いキスに移行する。
 俺は佐竹の首に腕を回して目を閉じた。

 ふわふわ、幸せな七夕明けの朝。
 夏のはじまり。ふたりで過ごす夏休み。
 どこに行こう。なにをしよう。
 なにをしてても、こいつとだったらきっと幸せ。

 あれこれと夢想しながら、佐竹とのキスに酔いしれる。
 俺たちの本格的な夏は、これからだ。

                 了

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