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「いいじゃんっ! 俺が書くんだからお前も書くの!」
佐竹は目を瞬かせてしばらく固まったけど、半分俺にひきずられるようにして、結局一緒に笹の近くまで歩いてきた。
机には色とりどりの短冊が置かれている。七夕祭りの法被を着た係の女性が「どれでも好きなのを使ってください」とにこやかに案内してくれた。ここに泊っている客なら、特に料金も要らないようだ。
見れば短冊のほかに、色とりどりのペンや色鉛筆、折り紙や千代紙なんかも準備されている。
「なるほど。ちゃんと『五色の短冊』なんだな」
「え? なにそれ」
隣から聞こえた低い声に反応したら、佐竹はちょっと困った顔になった。独り言のつもりだったらしい。
「いや。七夕の歌にもあるだろう。『五色の短冊』と」
「ああ、そういえば!」
むかーし、幼稚園か保育園かでそんな歌を歌ったような。懐かしいなあ。
「もともと五行説から来ているものらしくてな。だから本来は緑、紅、黄、白、黒だったそうだ。もっとも短冊を笹に飾るのは日本だけの風習のようだし、今では青でもピンクでもなんでもありになってはいるが」
「へー!」
いつものように佐竹の蘊蓄にびっくりしてから、俺はなるべく不自然にならないように、じわじわと佐竹から距離をとった。だって、さすがに何を書くかは見られたくないもんね。机に顔を近づけ、肩と肘で隠すようにしながら急いでお願いを書きつける。
佐竹はどうかなとちらっと覗くと、あいつはいつもどおりの平静な顔で、立ったまま手の上でさらさらと短冊を書いていた。
「書けたか?」
「うん」
返事をしてさりげなく手の中に短冊を隠し、俺は担当の人に紙縒りをもらうと笹の枝につけに行った。佐竹は少し離れた別の笹に向かう。
佐竹は敢えて、俺のものを覗こうともしなければ「何を書いた」とも訊いてこなかった。もちろん自分のも見せてはくれない。ま、そうだよな。
夜風にときどきさらさらと音を立てる笹の葉に短冊を結びつけて、俺はもとの場所にもどった。佐竹も同様にもどってくる。
「なにを書いたの」とは、お互い訊かない。でもたぶん、俺たちの書いたことは似たようなものなんじゃないかと思う。
『佐竹と佐竹のまわりの人たちが、幸せでありますように』。
それ以上のことなんて、俺なんかが望むのはきっとおこがましいから。
佐竹のほうはもしかしたら、「世界平和」とかかもしれないけどさ! あり得るよね! こいつなら!
しかも世界は「こっち側」だけじゃなくて「あっち側」もだ。絶対!
特にこいつ、あのマールとかいう女の子のことはいつも心配してるもんな。なんかちょっと妬けるんだけど。
まあそういう冗談はともかく。
佐竹の幸せの中に、もしも俺のことが入っているなら。それなら俺自身もなるべく健康で、そばで長く生きてあげることが含まれるんだろうと思う。
ログハウスに向かって歩きかけたら、佐竹の手が自然に俺の手を握ってきた。俺もためらわずに握りかえす。それからどちらからともなく指を一本ずつ絡め合わせて、恋人つなぎに変えた。
その時にはもう周りに人はほとんどいなくなっていたけど、いたって構うもんか。俺たちがこうしていたからって、誰に迷惑を掛けるわけでもないんだし。
(幸せでいような、佐竹)
心の中でそっと語りかける。
俺たちがそうしていることで、馨子さんだってきっと嬉しく思ってくれる。
そう思ってもらえているってこと自体がとんでもなく幸せなことなんだっていうのは理解してる。「私の息子に近づかないで」って恐ろしい剣幕で詰られ、忌避され、邪魔をされたとしたって文句は言えないんだから。特にいまの日本じゃな。
それこそ織姫と夏彦みたいに、逢いたくても逢えない悲恋になってしまっていたかもしれないんだ。
だから俺、一生馨子さんには頭があがんないし、それでいいんだと思ってる。
イベント会場から離れるにしたがって、また星空がきれいに頭上に見えはじめた。申し合わせたみたいにふたりとも足を止め、夜空を見上げる。
あれが織姫星。そしてこっちが牽牛星。
「ん?」
俺の手を握る佐竹の手に、不意にぐっと力がこもって隣を見た。
「ありがとう、内藤」
「へ? な……なに?」
佐竹はひと呼吸するぐらいの間、ちょっと黙って俺を見つめた。
「『お前とお前をとりまく人々が、末永く幸せでありますように』。……俺の願いはそれだけだ」
「佐竹──」
ほら、やっぱり。
俺たちの願いは同じ。
思わずじーっと顔を見ていたら、すっとさりげなく腰を折って軽くキスされた。
「さっ、さささ佐竹っ……!?」
口を覆って思わずきょろきょろする。もちろん周囲の人は誰も気づいていない。
いつもの速攻。俺は慌てる暇もない。まったくもう!
「そろそろ戻ろう。夜の時間が短くなるしな」
「よ、夜って──」
意味はわかってる。もう子どもじゃないんだし。
わかってるけど、俺の体は勝手にかっと熱くなった。
佐竹は黙ってそのまま俺の手をひき、とっととログハウスに戻っていった。
佐竹は目を瞬かせてしばらく固まったけど、半分俺にひきずられるようにして、結局一緒に笹の近くまで歩いてきた。
机には色とりどりの短冊が置かれている。七夕祭りの法被を着た係の女性が「どれでも好きなのを使ってください」とにこやかに案内してくれた。ここに泊っている客なら、特に料金も要らないようだ。
見れば短冊のほかに、色とりどりのペンや色鉛筆、折り紙や千代紙なんかも準備されている。
「なるほど。ちゃんと『五色の短冊』なんだな」
「え? なにそれ」
隣から聞こえた低い声に反応したら、佐竹はちょっと困った顔になった。独り言のつもりだったらしい。
「いや。七夕の歌にもあるだろう。『五色の短冊』と」
「ああ、そういえば!」
むかーし、幼稚園か保育園かでそんな歌を歌ったような。懐かしいなあ。
「もともと五行説から来ているものらしくてな。だから本来は緑、紅、黄、白、黒だったそうだ。もっとも短冊を笹に飾るのは日本だけの風習のようだし、今では青でもピンクでもなんでもありになってはいるが」
「へー!」
いつものように佐竹の蘊蓄にびっくりしてから、俺はなるべく不自然にならないように、じわじわと佐竹から距離をとった。だって、さすがに何を書くかは見られたくないもんね。机に顔を近づけ、肩と肘で隠すようにしながら急いでお願いを書きつける。
佐竹はどうかなとちらっと覗くと、あいつはいつもどおりの平静な顔で、立ったまま手の上でさらさらと短冊を書いていた。
「書けたか?」
「うん」
返事をしてさりげなく手の中に短冊を隠し、俺は担当の人に紙縒りをもらうと笹の枝につけに行った。佐竹は少し離れた別の笹に向かう。
佐竹は敢えて、俺のものを覗こうともしなければ「何を書いた」とも訊いてこなかった。もちろん自分のも見せてはくれない。ま、そうだよな。
夜風にときどきさらさらと音を立てる笹の葉に短冊を結びつけて、俺はもとの場所にもどった。佐竹も同様にもどってくる。
「なにを書いたの」とは、お互い訊かない。でもたぶん、俺たちの書いたことは似たようなものなんじゃないかと思う。
『佐竹と佐竹のまわりの人たちが、幸せでありますように』。
それ以上のことなんて、俺なんかが望むのはきっとおこがましいから。
佐竹のほうはもしかしたら、「世界平和」とかかもしれないけどさ! あり得るよね! こいつなら!
しかも世界は「こっち側」だけじゃなくて「あっち側」もだ。絶対!
特にこいつ、あのマールとかいう女の子のことはいつも心配してるもんな。なんかちょっと妬けるんだけど。
まあそういう冗談はともかく。
佐竹の幸せの中に、もしも俺のことが入っているなら。それなら俺自身もなるべく健康で、そばで長く生きてあげることが含まれるんだろうと思う。
ログハウスに向かって歩きかけたら、佐竹の手が自然に俺の手を握ってきた。俺もためらわずに握りかえす。それからどちらからともなく指を一本ずつ絡め合わせて、恋人つなぎに変えた。
その時にはもう周りに人はほとんどいなくなっていたけど、いたって構うもんか。俺たちがこうしていたからって、誰に迷惑を掛けるわけでもないんだし。
(幸せでいような、佐竹)
心の中でそっと語りかける。
俺たちがそうしていることで、馨子さんだってきっと嬉しく思ってくれる。
そう思ってもらえているってこと自体がとんでもなく幸せなことなんだっていうのは理解してる。「私の息子に近づかないで」って恐ろしい剣幕で詰られ、忌避され、邪魔をされたとしたって文句は言えないんだから。特にいまの日本じゃな。
それこそ織姫と夏彦みたいに、逢いたくても逢えない悲恋になってしまっていたかもしれないんだ。
だから俺、一生馨子さんには頭があがんないし、それでいいんだと思ってる。
イベント会場から離れるにしたがって、また星空がきれいに頭上に見えはじめた。申し合わせたみたいにふたりとも足を止め、夜空を見上げる。
あれが織姫星。そしてこっちが牽牛星。
「ん?」
俺の手を握る佐竹の手に、不意にぐっと力がこもって隣を見た。
「ありがとう、内藤」
「へ? な……なに?」
佐竹はひと呼吸するぐらいの間、ちょっと黙って俺を見つめた。
「『お前とお前をとりまく人々が、末永く幸せでありますように』。……俺の願いはそれだけだ」
「佐竹──」
ほら、やっぱり。
俺たちの願いは同じ。
思わずじーっと顔を見ていたら、すっとさりげなく腰を折って軽くキスされた。
「さっ、さささ佐竹っ……!?」
口を覆って思わずきょろきょろする。もちろん周囲の人は誰も気づいていない。
いつもの速攻。俺は慌てる暇もない。まったくもう!
「そろそろ戻ろう。夜の時間が短くなるしな」
「よ、夜って──」
意味はわかってる。もう子どもじゃないんだし。
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