七つのゆうべの星空に

つづれ しういち

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 それから俺が落ちつくまで、佐竹は俺を抱きしめたまま星の下にいてくれた。
 しばらくたって、やっと俺が普通の顔色になったのを見届けたのか、佐竹は「一応な」と断って星の場所を教えてくれた。基本的なことは俺も知っているけど、これだけ星が多いと探すのもなかなか大変だからだ。

「あれが織女星しょくじょせい。いわゆる織姫星おりひめぼし、こと座のベガだ。それでこっちが牽牛星。彦星、わし座のアルタイル。どちらも一等星だ。今年はたまたま月齢が二十七で、見るには当たり年なんだそうだ」
「へ~、年によって違うんだ?」
「それは当然だろうな」
「織姫と彦星、名前だけは知ってるし、むかし小学校の遠足かなんかでプラネタリウムで見たことあるけど。こんなんだったかなあ……? よく覚えてないや」

 そんなことを言いつつも、俺はずっと佐竹の手を握っている。
 七夕伝説の織姫と夏彦は、逢引きに忙しすぎて仕事をさぼったために天帝の怒りを買い、あの天の川を隔てて暮らすことになってしまった。それでも一年に一度だけ、天の川にカササギが橋をかけてくれることで会うことができる。だけど、この日に雨が降ってしまったらダメになるんだとか。
 なんか、悲恋なんだよなあ。もともとは自業自得なんだとはいえ、雨が降ったら逢えないとか、ひどすぎだし。
 もしも俺が佐竹と逢うのに同じようにされちゃったらと思うと胸がつまる。
 当時は別に恋仲ではなかったけど、それでも何年も会わずにいたことがあんなにもつらかった。あのときの虚しさとか胸の痛みを思い出すと、今でも血の気がひくような気分になる。

 気がつくと、佐竹が背後に立って、俺を後ろから抱きしめるようにしていた。
 だれもいないのをいいことに、後ろから俺の耳とか首筋にキスを落としている。
 いやまあ、そのために人のいない場所を選んだんだから当然っちゃ当然だけど。

「ん……」

 首をひねって後ろを向くと、そのまま唇にも落ちてくる。俺は目をつぶり、少し唇を開いて、そこに佐竹が入ってくるのを迎えいれた。





「わあ、あれって笹の葉かざり?」
「そうらしいな」

 いま、俺が車の助手席から指さす先に、ログハウスを管轄する中央アミューズメント施設がある。木製のデッキの端に、いくつもの大きな笹の枝が立てられて、色とりどりの短冊が揺れているのが見えた。
 もとどおり駐車場に車を停め、俺たちは笹の群れのほうへと歩いた。
 まだ夏休み前ではあるけど、けっこう子どもたちがいる。みんな笹のそばの台の上で、熱心に短冊になにごとかお願いを書き込んでいる。ここにいるのはみんなログハウスやキャンプ場を利用しているお客さんばかりだ。短冊は、だれでも自由に書いて飾っていいらしい。
 熱心に見ていたら、横から佐竹がごく自然な口調で言った。

「書くか? お前も」
「えっ、俺……?」

 頬をちょっと掻いて考える。
 いや、どうだろう。そりゃ、子どもに混ざって大人も書いているみたいだけど。なんかちょっと恥ずかしいし。

(それに……)

 星に願いごとをするのってロマンチックだなとは思うけど、俺の願いは……。
 俺の願いは、たぶんもう叶ってしまっているし。おもに今、隣にいる男に関することだけどな。
 これ以上いろいろお星さまに願ったりしちゃったら、なんかもうバチが当たるんじゃないかなって思うし。

(うーん。でも……)

 俺の願い。
 俺がいま望むこと。
 こいつと一緒にいられるようになって、もう十分に幸せなのに。
 それでもまだ、俺に願いがあるんだとすれば──

「そうだ!」
 ぽんと手を打った俺を、佐竹がもの問いたげな目で見返してくる。
「やっぱり書くよ。佐竹も行こう」
「……いや。俺はいいが」
「いいじゃんっ! 俺が書くんだからお前も書くの!」

 佐竹は目をまたたかせてしばらく固まったけど、半分俺にひきずられるようにして、結局一緒に笹の近くまで歩いてきた。
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