4 / 7
4
しおりを挟む異世界の、あの王国。
その王の脳の中に、有無をいわさず閉じ込められていた七年間。
俺はその間、自分とよく似た名をもつ王の頭の中でずっとずっともがきつづけていた。
昼間はずっと、その見知らぬ北の王が俺の体を支配して思い通りに動かしている。何をどうやっても、その分厚くて柔らかい変な「檻」から逃げ出すことはできなかった。
どんなに泣き叫んでも、喚いても。
でも深夜、その王が眠りにつくと、俺にとってやっと自分の体を自由にできる時間が生まれた。
あの時、見知らぬ世界でたったひとりで見上げていた奇妙な夜空。
空のなかに巨大な星がぬうっと大きな顔を出し、夜空とは思えないほど様々な色がちりばめられたマーブル模様を描いていた、あの夜空。
「さ、さた……け」
本格的に足をふらつかせて、俺は佐竹の肩にすがりついた。佐竹がすぐに体を抱き留めてくれる。
「どうした、内藤」
「い、いや……ちょっと」
いまのお前の言葉で昔のあの悪夢を思い出したからだなんて、やっぱり言えない。
あの孤独で、なんの希望も救いもなかった七年間。
俺はいままで、敢えてあれをまとも思い出そうなんてしなかった。だけどもちろん、夢の中ではそうはいかなかった。俺はしばしばあの世界での夢を見て、汗びっしょりになって自分のベッドで飛び起きた。何度も、何度も。
「早く目を覚まさなくちゃ。だって夢なんだから」って必死で焦れば焦るほど、なかなか目を覚ますことができなくて。
そんなときは、「ほんとうに全部が夢だったんじゃないか」という恐怖が俺をつかんで放さなくなってしまう。
佐竹が不思議な異世界の装束を着て俺を助けにきてくれたことも。
長年の諍いでいがみあっていた北の国と南の国が、俺と佐竹が仲介することで話し合いをし、和平協定を結んだことも。
その後、ようやくこっちの世界にふたりして戻って来られたことも。
それからその後、とうとうこいつとこういう関係になれたことすら──。
これが、こっちのほうが夢だったらどうしよう。
目が覚めたら俺はまた、あの王の脳の中に閉じ込められていて。気味の悪い老人の宰相が、薄笑いを浮かべながら夜ごとに変な薬を飲ませてくる。
それで、いつまで待っても佐竹はやって来ない。
この王が勝手に俺の体を使い、ずっと頭の中に閉じ込められる。あの《鎧》を操作して老人になり、やがて死んで墓に葬られるまで。
ひどい悪夢。
だけど、それが現実であったとしてもなんの不思議もなかったことだ。
こいつが、ああして助けにきてくれていなければ。
「どうした、内藤。しっかりしろ」
肩をゆさぶられて、俺はようやく目を上げた。
高熱が出た人みたいにずっと体が震えっぱなしで、もう佐竹の体にかじりつくみたいにして。俺はまた、ぼろぼろと涙を零して嗚咽していた。
佐竹が俺を抱く手にさらに力がこもった。
「すまない。余計なことを言った」
言ってぎゅっと唇を噛んでいる。こいつの低く掠れた声は、本気で反省している証拠だ。すでに見慣れた眉間に刻まれた皺だけで、ひどく自分を責めているのがわかる。
「……ちがう。ごめん……ちょっと、変なことを思い出して」
震えさせたくなんかないのに、俺の声はみっともなくよじれている。
「本当にすまない。……許してくれ」
両腕でしっかり抱きしめられて、やっとほうっと息がつけた。
いつもこうだった。佐竹と同じ家に暮らすようになってからも、俺は何度かあの夢を見た。でも隣にこいつがいるとわかった途端、こいつに抱きしめられているだけで全然ちがった。ふっと体の力がぬけ、楽になってまた眠れたんだ。
佐竹は俺の様子に敏感で、起こすまいと思ってどんなにそっと寝返りをうっても必ず目を覚ましてしまう。そうやって、俺の状態をいつも確認してくれてきた。申し訳ないと思いながらも、俺はそれに甘えてきたんだろうと思う。
そうだ。この手がある。俺にはこの手が。
今の俺には、こいつの手がちゃんとあるんだ。
だけどこいつは、たぶんわかっていない。
俺がどんなにこいつに感謝していて、それでどんなにこいつのことが好きか。
たぶん俺は、こいつが思っているよりもずっとずっとこいつが好きだ。
「佐竹。もっと……もっと、ぎゅーって抱きしめて」
佐竹が黙ったまま、求めた通りにさらにしっかりと抱きしめてくれる。俺も佐竹の背中に腕を回して、負けないぐらいに抱きしめ返した。
俺たちはしばらくそうやってお互いの体を抱きしめながらじっとしていた。
ぎらつくような星空が、山の中にいるちっぽけな俺たちを黙ってじっと見つめていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

佐竹・鬼の霍乱
つづれ しういち
BL
拙作小説「白き鎧 黒き鎧」の後日談・外伝。ボーイズラブです。
冬のある日、珍しく熱を出して寝込んだ佐竹。放課後、それを見舞う内藤だったが。
佐竹の病気は、どうやら通常のものではなくて…??
本編「白き鎧 黒き鎧」と、「秋暮れて」をご覧のかた向けです。
二人はすでにお付き合いを始めています。
※小説家になろう、カクヨムにても同時更新しております。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

白黒ハッピー・ハロウィーン
つづれ しういち
BL
もうすぐハロウィーン。高3になった内藤は、弟・洋介のためにするかどうかを悩んでいるが……。
内藤が「トリック・オア・トリート!」と言ったら佐竹は……? なお話。
佐竹と内藤はすでにおつきあい中です。ほぼ完全なプラトニック。
よろしかったらどうぞ!
※本編「白き鎧 黒き鎧」と、後日談「秋暮れて」をお読みの方向けですが、読んでおられなくてもある程度分かるようには書いております。アルファポリスでは本編がまだ途中で、申し訳ありません(大汗)改稿してからあげているもので…。
※小説家になろう・カクヨムにても同時連載。
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる