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しおりを挟む「兄ちゃん、佐竹さん! トリック・オア・トリート!」
洋介が廊下側のドアをとんとんと叩いて、隙間からぴょこんと顔を出す。
俺たちの顔を見て、嬉しそうにお決まりのセリフを叫ぶ。
百均を中心に揃えた黒い魔女の帽子とマントに、玩具の魔法の杖を手にした格好だ。化粧まですると後が大変なので、今日はほっぺたに星型のシールをぺたぺた貼るだけにしている。もちろん、肌に貼っても大丈夫なやつ。
(ふふっ。かわいい)
自分がけっこう兄バカなのは自覚してるつもりだけど、それにしたってめっちゃ可愛い。見た目は普通の小学生だと思うけど、洋介はとにかく性格が素直で可愛いもんな。いちばん大事なの、そこだもんな。
場所はうちのリビングだ。部屋の中も、主に百均のハロウィーン飾りであちこち飾り付けてある。
結局、洋介はこの形を選んだ。
本人はそういうことはいっさい言わなかったけど、町内会でのイベントに参加すれば、まず間違いなく近所の子供たちの母親を目にしなくちゃならなくなる。きっとそれが、まだ心に痛いんだろう。想像するとこっちの胸まで痛みだすから、俺は準備をする間、なるべく考えないようにしていた。
結局、俺たちは全面的に洋介の希望に添うことにした。家で簡単に焼けるクッキーを焼き、小袋に分けられるお菓子を買ってきて当日に備えた。
父さんは仕事で遅くなるので、相手をするのは俺と佐竹。二人とも小さなかごに山もりにお菓子をいれて、我が家でたった一人の小さな魔法使いさんを待ち受けた。
部屋に入ってきた魔法使いがとことこ近寄ってきて、満面の笑顔で俺たちに杖を向ける。
「トリック・オア・トリート、兄ちゃん!」
「はいはい。お菓子で許してくださーい」
洋介が手にしているトートバッグに、ざらざらっとお菓子を流し込んでやる。安いやつばっかりだけど、こういう時は値段よりも見た目の量だ。
洋介の顔がぴっかぴかに光り輝く。もちろん「ひと晩で全部食べ尽くさないこと。約束だぞ」としっかり事前に話し済みだ。
俺からもらい終わると、洋介は佐竹に向き直った。
「トリック・オア・トリート、佐竹さん!」
「は。どうぞこれでお許しを。魔法使い殿」
佐竹は剣道の仕合いさながらのきりりとした一礼をしてやって、同じようにバッグにお菓子を入れてやった。あんまりクソ真面目な顔なもんだから、俺は横を向いてこっそり噴き出してしまう。
「やったあ! わあい!」
洋介はもちろん大喜びだ。にこにこで小躍りしちゃって、しばらくリビングをくるくるはしゃぎまわる。
その後は軽めの食事をしてから、かぼちゃを使ったケーキやクッキーでちょっとしたパーティをした。一応、九時をお開きの時間と決めていた。
ここから洋介をお風呂に入れたりしていたら、寝かせるのは十時を越える。本当はもっと早く寝かさなきゃだめなんだけど、明日がたまたま土曜日なので、今夜は洋介にもちょっとだけ夜更かしを許してやることにした。
「では。そろそろ俺はお暇するぞ」
お開きの時間になって、佐竹は時間どおりに腰をあげた。
とたんに洋介が寂しそうな顔になる。
「えっ。佐竹さん、もう帰っちゃうの……?」
「もう九時だ。お前もそろそろ寝る時間だろう」
「えーっ」
洋介の口から珍しくブーイングが飛び出た。そうはいっても、十分かわいい範囲だけどね。
「もう少しいいでしょう? ねえ、ねえっ」
俺のシャツの裾と、佐竹のシャツの袖をにぎって代わりばんこに俺たちの顔を見上げる。
「ダメだ」
「どうして? 遅いなら佐竹さん、うちにお泊まりすればいいのにー!」
(えっ……)
思わずぎょっとして固まった。
こんな子供の言うことだ。他意がないってのはわかってるけど。でも、今の俺と佐竹の本当の関係を考えると、それはちょっとなんていうか、かなりセンシティブな提案だった。
ぱっと目を上げれば思ったとおり、佐竹も困ったような目で俺を見ていた。
そりゃそうだ。
一応付き合ってるとは言っても、俺たちはこれまで、軽いキスとハグ以外のことはやってない。それは父さんとの約束でもある。「ちゃんと二人とも大人になるまで、深い付き合いはしてくれるな」って。
佐竹は少し沈黙したけど、床に膝をついて洋介と目線を合わせ、肩に手を置いた。
「すまないが、泊まりは無理だ。今日は家で用事がある。泊まりはまた、あらためてな」
「そうかあ……」
洋介はちょっとしゅんとなったが、すぐに顔を上げて佐竹の手を握って言った。
「わかったよ。……今日、ありがと。佐竹さん!」
「ああ」
佐竹がほんのわずかに微笑む。今度は手を頭にやって、優しく撫でてくれている。
俺、ちょっとだけ羨ましい。いやちょっとだよ? ほんとにちょっと。
「兄ちゃんも、ありがとう。とってもとっても、楽しかった!」
「……そか。良かった」
なんだか胸と目の奥がきゅうっと熱くなった。だけど俺は、どうにかそれを堪えて笑って見せた。
佐竹の静かで深い目が、俺を見つめているのを肌で感じた。
後片付けを少しやって、佐竹が玄関まで出た頃になって、父さんがちょうど帰って来た。洋介は風呂上りで、すでに眠そうでふらふらしている。
「父さん、お帰り。あと、洋介のこと頼んでいい? 佐竹のこと、ちょっとそこまで送っていくから」
「ああ、いいぞ。佐竹君、今日は色々とありがとう」
「いえ。こちらこそご馳走になりました。では、失礼致します」
佐竹がいつものようにきりりと腰を折って、父さんに一礼をする。
俺たちは二人並んで家を出た。
「今日、ほんとありがとな、佐竹」
「いや」
「洋介、めっちゃ喜んでたな~」
「そうだな」
「ハロウィーン、やってよかったよ。……ほんとありがと」
佐竹は軽く首を横に振っただけで、あとは何も言わなかった。
少し歩いて、大通りの手前まで出る。民家ばかりの夜道は人通りも少なめだけど、そこまで行ったら車も多いし明るいし、人目だって多い。
ハロウィーンの特別な夜だけあって、派手な仮装をしたカップルらしい男女やら家族づれが楽しそうに歩いていくのが、ここからでもちらほらと見える。
俺は大通りへ出る少し手前で立ち止まった。
佐竹のシャツの袖をちょっとだけ掴んで引き留める。
「……ね。佐竹」
佐竹の足も止まった。
目だけが「なんだ」と訊ねている。
俺はこくりと喉を鳴らして、小さな声で囁いた。
「……トリック・オア・トリート」
佐竹の目がほんの少しだけ見開かれる。
今の佐竹は、もちろんお菓子なんて持ってない。俺もそんなことは知っている。
そのまま佐竹の袖を引いて、道端の自販機の影のなかにそっと入った。
「……ん」
ほんとうに触れるだけの、軽いキス。
最初は俺からだったけど、佐竹の腕がすぐに腰に回ってきて抱きしめられた。
それから、何倍も返される。
トリック・オア・トリート。
俺たちの間には、たぶん「いたずら」しか存在しない。
了
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