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第二章 性格は薄くないのに
6 ニンゲンエリコさん
しおりを挟む「結局は、この性格が災いしたのよ」
エリコさんは、らしくないほど柔らかい笑顔のまま、ぼくに話をしてくれた。
エリコさんには、お父さんがいなかった。エリコさんが覚えていないぐらい小さい頃に、病気で亡くなったからだそうだ。それでもエリコさんはお母さんと、それなりに幸せに暮らしていた。
でも、お父さんとお母さんのそろっている友達の家族を見ると複雑だった。特に運動会なんかでは、家族そろって楽しそうにお弁当を食べている姿をそっと見て、何も思わないわけにはいかなかった。
でも、だからってそれを羨んだり、幸せそうに見える友達をいじめたりなんてことはしたことがない。そういう卑怯なことはもともと大嫌いな性格で、むしろハラダみたいないじめをやっている子のことは率先して叩きのめすぐらいな女の子だったからだ。
エリコさんの気の強さは、大人になってもそのままだった。
「で、ほら。あたしって結構美人でしょ? 気の強い女って、それなりに需要があるし。だから、男はそれなりに寄ってくるのよ。決してもてないほうじゃなかった。……って、オサムくん。そこで首をかしげるのやめてくれない? ちょっと失礼なんですけどぉ」
エリコさんの頬がぷうっとふくらむ。
「え? ……あ、うん。いや、エリコさんは美人だよ。当時は十分そうだったろうなって思ってるよ、ぼくだって」
「ちょっと! 『当時は』とか要らないのよ! 何度も言うけど、このファッションはその頃の最先端だったんですからねっ!」
「わ、わかってるよ。……それで?」
先をうながしたら、エリコさんはわざとらしく咳払いをした。
「ま、とにかくよ。それであたしも、それなりに安心してたわけ。付き合ってる男がいつかは、ちゃんとあたしにプロポーズなんかしてくれて、幸せな家庭を築けるもんだって、簡単にたかをくくっちゃったの。子供ができて、ママになって……って、それなりに可愛げのある夢だって描いてた。まあ、言ってみればそれが敗因だったわけだけど」
「敗因……? どうして?」
「女だってそうだけど、男だって『付き合う相手』と『結婚する相手』は分けて考えてるもんなのよ。あたしは要するに男にとって、連れて歩くにはいい女。でも、家庭を任せて自分の子供を育てさせる女としては失格。ま、男どもはそういう風に見ていたみたいね」
「そ、そんな……」
そこでいきなり、エリコさんはじろりとぼくをにらんだ。
「そんなこと言ってるけど。オサム君だってそうじゃない」
「えっ? ぼく……?」
いきなり矛先がこっちを向いてどぎまぎする。
なんで急にぼくの話になるんだろう。
「だってそうでしょ? オサム君だって、ミユちゃんみたいな可愛くて優しい女の子が好きなわけでしょ」
「え……ええっ?」
「家庭科が得意で、ときどきクッキーなんて焼いてきてさ。前にもらったとかいうチョコだって、あれ、手作りだったんじゃないの? 要するに、そういう女の子が好きな子なのよ、君だって」
「そ、……それは」
「誤魔化してもダメ。子供だけに相当わっかりやすいのよ、キミ。オトコは結局、家庭的で優しい女に甘えるのが大好きなの。仕事で疲れて帰ったら、『あらあら、かわいそうね、大丈夫?』だとか言っておいしいごはんやらお風呂やらで細やかにねぎらってくれて、『いつも働いてくれてありがとう』とか、しおらしく言ってくれる優しい女。まちがってもあたしみたいなんじゃなくね」
エリコさんの声はほんの少し、暗いものをまとわせている。やっと思い出したという生きていた頃のことで、気持ちが暗くなっているのかもしれない。
つまりそれをしっかり思い出すことで、ここまでもう一度おりてくることができたということみたいだった。
「しまいには、学生のころからずっと付き合ってた男から『お前はひとりでも大丈夫だろ』とかなんとか言われてさあ。で、蓋をあけてみれば、そいつが結婚したのはあたしとは正反対の女なわけよ」
「えっ……」
「そりゃもう見るからに『あたしを守ってちょうだい、お願い』みたいな女。やんなっちゃう。そう思うでしょ? オサム君だってさ」
「ん……。それは、ひどいかな……」
ずっと若いころからエリコさんと付き合ってたのに、結局はエリコさんを捨てて別の女の人と結婚だなんて。いくらなんでもぼくだって、そんな卑怯なことをする男にはなりたくないよ。
「いえ実際、その子はそんな弱っちいタマじゃなかったのよ? オトコの前でだけ『いや~ん、あたし、わかんな~い、できな~い』って弱々しく、可愛く振舞うのが上手なオンナだったってだけ。そういうオンナの裏側のわかってるあたしたちにはそんなこと、十分に見えてたし、知ってたんだけどさ。それでも男は、ああいうのにころ~っとだまされるんだから。しょうがないわよねえ。ほんっとバカ」
「あーあ」なんて言いながら、エリコさんは座ったままのびをした。
「ま、だからって別に恨んじゃいないのよ。ひとりだったから仕事だってバリバリやって、しまいには若いコから『お局』だなんだ言われながらも結構なお金も稼いでさ。お洒落なマンション買って、同じような独身の友達と、高いお酒のんだり好きな映画をはしごしたり。しょっちゅう海外旅行なんかも行けたし。べつに不満なんてなかったの。……ただね」
言ってじっとこっちを見たエリコさんの目を見て、ぼくはどきんとして動けなくなった。
そんな目をしたエリコさんをはじめて見たから。
「ときどき、思ってた。電車の中なんかで、赤ちゃん抱いてる女の人と、そのダンナさんらしい人を見たりなんかすると、特にね。『ああ、あたしにも、ちがう未来があったんじゃないのかしら』って。『どこで間違っちゃったのかしら』ってね」
「…………」
「あたしにはもう、年齢的にも自分の子が産めないことはわかってたし。その頃にはもう、母も他界してたしね。どうかすると、ひゅるひゅる~って胸の中に木枯らしが吹いちゃうの。打ち消しても打ち消しても、それはいつまでもまとわりついてさ。自分の心からは、だれも逃げられないじゃない? それと同じよ」
「エリコさん……」
やっと言ったら、エリコさんはまたにこりと笑った。
「だれを恨んでるってことでもないけど。ここに思い残したことがあるんだとしたら、あたしのはそれだったの」
「…………」
ぼくはとうとう、何も言えなくなってうつむいた。
エリコさんはエリコさんなりに、生きているとき、悩んでたことがあったんだ。誰かと結婚して子供をもって、幸せな家庭を持ってみたかった。自分のお父さんがいなかった分、そういう思いは人よりもずっと強かったのかもしれない。だけど、エリコさんの願いはかなわなかった……。
どういう理由で死んでしまったのかは分からないけど、そういう後悔の思いがエリコさんをこの世につなぎとめてしまった。つまり、そういうことだったんだ。
「でも……。じゃあ、もういいの? それは」
「え?」
不思議そうに見返されて、ぼくはむらっとおなかの底に火がついた。
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