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しおりを挟む結局佐竹の治療には、こちらの時間で三日かかった。
その間、陛下とヴァイハルトさんが交代で《鎧》の様子を見に行ってくれた。
実際にやることといったら、モニターみたいなもので佐竹の体の状態(こっちの世界なら『バイタル』とかいうのにあたるだろう)を定期的にチェックするぐらいのものだ。でも、二人はその間に摂る食事やら寝袋みたいなものまで持っていって、片時も目を放さないようにしてくれていたらしかった。
そうして、いよいよその日がやってきた。
遂に《鎧》から戻って来たヴァイハルトさんが陛下と俺に言ったんだ。
「いよいよ明日だ。ようやくサタケ殿が戻ってくるぞ」って。
陛下とヴァイハルトさんは、なんだかとても嬉しそうだった。それでほんのちょっと、ほんの一瞬だったけど、互いに目配せをしあったみたいだった。
(あ……)
その瞬間、頬のあたりがぴりっとした。
それで、なんとなくわかっちゃった。
実は今回、佐竹はかなり危なかったんだということが。
いや、多分俺も心の底の底ではわかっていたんだと思う。そうでなかったらあの佐竹が、あそこまで体調を崩すはずがないんだから。
毎年世間を騒がせる流行病だって、実はきちんと手を洗ったりうがいをしているだけでかなり回避できるってニュースでも言ってたし。あの佐竹なら、そういうことは誰かに言われるまでもなくきっちりやっているはずだから。
だから、多分陛下もヴァイハルトさんも、俺に余計な心配を掛けまいとしてくれたんだ。もちろん特にどうという顔もしていなかったけどね。でも、どっちも腹芸がものすごくうまい人だなんてこと、俺はよく知ってるし。
それが二人の優しさなんだと分かっていたから、俺は敢えて気づかないふりをした。それで、王宮にいる間はずっと小ムネの世話を手伝いながら、他のことはなるべく考えないようにしていた。
だけどやっぱりひとりで寝床に入っちゃうと、心配で眠れなくなっていたけど。だから俺、今ものすんごい寝不足の顔だと思う。
遂に最後の時間がやってきて、俺は元の服に着替え、布に包んだ《氷壺》を背中に斜め掛けにして、ゾディアスさんと一緒に小ムネの部屋を訪ねた。小さな体を抱きしめて、佐竹そっくりの可愛い赤ちゃんにお別れの挨拶をする。
「じゃあな、小ムネ。元気でな。会えてめちゃくちゃ嬉しかったよ」
「うーや? うーやあ」
「俺のこと、忘れないでね……?」
「あう、ううっ」
小ムネは泣きだす様子はなかったけど、ちいちゃな拳で俺の服をぎゅうっと握りしめたまま、なかなか放してくれなかった。佐竹や陛下に似てるだけあって、この子はかなり賢い子だ。それに、きっと赤ん坊に特有の不思議な勘のよさで、もう色んな事がわかっちゃってるんだろうと思った。
「ごめんな、小ムネ。もしまた機会があったら来るから。また、きっと」
と、背後でしれっと声がした。
「そうだな。お前が望むなら大歓迎だ。何度も言うが、兄上殿はともかくお前ひとりならずっとこっちにいてもいいんだぞ。その方がムネユキも喜ぶであろう」
「あのねえ、陛下……」
肩越しにじとっと睨んだけど、陛下は小指の先ほども動じた風がない。ちょいと肩を竦めただけだ。完全に「蛙の面に水」ってやつだ。
「まあ、俺としては次の機会が此度のような理由でないことを祈るばかりだがな」
「当たり前ですよっ!」
まったくもう。
ほんとにこの人、なんかひと言多いんだよなあ。
「ユ、ユウヤ。なあ、そろそろいいであろう? わ、私にもちょっと抱かせてくれんか」
これはもちろんヴァイハルトさんだ。
なんか両手を体の前でわきわきさせて、子供みたいに目を輝かせている。
あれ以来、陛下から「伯父バカ将軍」とまで言われるようになっちゃったこの人は、その名の通りめちゃくちゃ小ムネを可愛がっている。そりゃまあ無理もないとは思うんだけどね。目に入れても痛くないほど可愛がっていた妹さんに瓜二つの髪色をしている子だし。
「じゃあ小ムネ、伯父さんのところに行きな。……って、ちょ、小ムネ?」
「むぎゅ」
突然小さな赤ん坊が首元に力いっぱいにしがみついてきて、俺は目をぱちぱちさせた。すんごい力だ。引きはがせない。とても赤ちゃんだとは思えない。
なに? なんなの?
そんなに実の伯父ちゃんのとこに行くのがイヤなの、この子?
……いやまあ俺にも、なんとなーく理由はわかるけど。
だってなんかほっといたらこの人、小ムネの顔じゅう舐め回して食っちまいそうな勢いなんだもんなー。イヤだよなあ、ふつう。
「なっ……なんなのだ、小ムネ! そなたの伯父だぞ? お母上の兄君だぞっ? 久しぶりではないか。ささ、どうか我が腕に」
「いや、あのー、ヴァイハルトさん? なんか小ムネ、めっちゃ嫌そうなんですけど……」
「どうしてだあ! なんでいつもいつも、私が抱こうとするとそこまで抵抗するのだああッ!」
いや、大の大人が泣かないでよ。
せっかくのイケメンが、色んな意味で台無しだよ!
っていうか、そんなに抵抗されてんのかー。気の毒に。
「そこの大バカ将軍は放っておけ。予約していた時間が来る。そろそろ《門》が開く刻限だ」
「あ、はいっ」
陛下の手が、ぐいと小ムネを引き離すのを手伝ってくれる。小ムネはちょっと手足をばたつかせて抵抗したけど、その努力は虚しかった。
「ふわああっ! うーや! うーやあああっ!」
真っ赤な顔をして小ムネが叫ぶ。
一瞬泣きそうな顔になったけど、そこはさすが佐竹似の男の子。ぎゅっと唇をかみしめて、赤ん坊なりに泣くまいと頑張っている。
俺は精いっぱいにっこり笑って、手を振ってあげるしかできなかった。
「小ムネ、ごめんね。どうか元気でね。いっぱいいっぱい遊んで、勉強もして大きくなってね。そんで……いっぱい幸せになってね」
だって俺、別の世界の人間だから。
小ムネのことは大好きだし、本当に心配だけど。
できたら一緒にここにいて、成長していくのを見ていてあげたいのも本当だけど。
でもやっぱり、生きていくのはあっちの世界だ。
……もちろん、佐竹と一緒にね。
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