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「佐竹。さたけっ……! 苦しい? 大丈夫? すぐ治してもらえるからな」
佐竹は俺の言葉にも、もう目も開いてくれない。ひどく苦しそうで、全身が燃えるみたいに発熱している。息が浅く、そして早くなっていた。それでもやっと片手を上げて、寝間着の襟元を握っている俺の手を上から握ってくれた。その手だって、今にも蒸発するんじゃないかと思うぐらいに熱い。
佐竹は胸元に置いていた《氷壺》の鞘を握ると、ぐいと俺のほうに押し付けて来た。「持っていろ」ということらしい。
途端、俺の胸と喉はなんともいえない音を立てた。
「俺の代わりに」ってことだろうか。
「万が一のことがあったら、これを自分だと思え」って……?
(そんな──)
そんなの、俺、いやだ……!
佐竹の姿が熱くぼやけて、みっともない嗚咽が漏れそうになる。と、陛下が後ろから俺の肩に手を置いた。「落ち着け、ユウヤ」と低い声がする。
「いわばこの事態は、兄上殿がムネユキを救うために、あの時身に負ってくれた負債のようなもの。必ず治療させて頂く。いざとなれば俺も行く。この身に替えてもお救いする。約束する。……だから案ずるな。大丈夫だ」
「へい、か……」
俺の声はもうとっくに、涙でぐじゃぐじゃになっていた。
「泣くな」
陛下の手が、いきなりがしゃがしゃと俺の髪を乱暴にかき回した。
「いいから少し下がれ。《鎧》の治療機能を稼働させる」
「は……い」
最後に両手でぎゅっと佐竹の手を握りしめ、しっかりと《氷壺》を受け取って、俺は二歩ほど後ろに下がった。するとすぐに、寝台がするすると床に吸い込まれ始めた。
寝台は佐竹の体ごと床の中に消えていき、そのあとはいつもみたいに何もないつるりとした床に戻ってしまった。
陛下とヴァイハルトさんがモニターをじっと見つめている。ゾディアスさんはそのちょっと後ろで腕組みをし、殺気のこもった目でそこを睨みつけていた。なんだか、親の仇でも見るみたいだ。
画面上には超古代文明の文字がずらずらと流れて続けている。佐竹には読めるみたいだけど、俺なんかにはさっぱりだ。陛下はもちろん文字を理解しているし、前よりもずっと《鎧》の操作にも慣れているみたいだった。
「……やはりだな。此度の兄上殿の不調は、そちらの世界の疾病とは無関係だ。あの時、無理にも長時間この《鎧》の中で過ごしたことで、体に不具合を来たしたようだ」
「治るんですか?」
すぐさまそう訊いた俺に、陛下はちょっとだけ苦笑して頷いてくれた。
「案ずるな。少し時間はかかるようだが、今のところ不安要素はなにもない」
「よ、よかったあ……!」
途端、俺の全身から力が抜けた。そのまま《氷壺》を抱きしめるみたいな格好で、へなへなと床にへたりこんでしまう。
安心したら、またぶわっと目の前が滲んでしまった。必死で声をかみ殺すけど、《氷壺》を抱く手首の上にはぱたぱたと熱い雫が落ちていった。
よくは見えなかったけど、陛下がまた苦笑したみたいだった。
「泣くなと言うのに。……相変わらず、しょうのない奴」
◆
陛下とヴァイハルトさんはそこから簡単に相談をして、佐竹の治療が済むまでは二人が交代で《黒き鎧》にとどまることになった。
最初はどうやら、ヴァイハルトさんが受け持つことになったらしい。俺とゾディアスさんは、陛下と一緒に《門》を使ってノエリオール宮に連れて行ってもらうことで話がついた。
ゾディアスさんはナイト王から「サタケの無事を確認してから戻るように」と命じられているとかで、頑として北の国へは帰ろうとしなかったのだ。
「わあ……。ノエリオール宮、ひさしぶりだあ……」
俺は相変わらず《氷壺》を抱きしめたまま、懐かしいその部屋の中をきょろきょろと見回した。
ここは、陛下の執務室だ。今は俺たち以外には誰もいない。
背後で例の《門》が閉じると、陛下は改めて俺を見た。
「こちらの時間では、まだ午前だ。久しぶりに、ムネユキの顔でも見ていくか? もう起きている頃合いだろう」
「えっ!? 小ムネ?」
俺は思わず飛び上がった。
小ムネこと小ムネユキは、サーティーク王の一人息子、つまり王太子だ。色々あって、佐竹のお父さんである宗之さんから名前をもらった男の子。前に会ったときにはまだほんの赤ん坊で、俺もこっちの王宮で、ときどき面倒を見させてもらってた。
「いいんですか? マジで?」
「当然だ。あれからまた少し大きくなっているからな。驚くぞ」
陛下は苦笑して、黒いマントを翻した。もう部屋の外に出て行くようだ。子供部屋へ行こうっていうんだろう。
俺はもう嬉しくって、思わず小躍りしそうになったけど、ハッとして足を止めた。
「あ、ダメ! だめだめだめ!」
ぶんぶん顔を横にふる。陛下が怪訝な顔になって振り向いた。
「なんだ?」
ゾディアスさんもだいぶ上の方から、変な目で見下ろしてくる。
「だって! 俺、きっと菌とかウイルスだらけだもん! 今、俺らのとこってめちゃくちゃ病気が流行ってるし。こんなんで赤ちゃんとか触れませんよっ! 小ムネにうつしたら大変ですもん。さ、先に手洗いとかうがいとか……いや、お風呂とか入らないと! このまま赤ちゃんに会うなんて絶対ダメ。むりむりむり。超ムリっすよ!」
「落ち着け。わかった、落ち着け」
あんまり俺がわたわたしてるもんだから、陛下はいかにも「ハイハイ、どうどう」って感じで両手を上げた。
「ならば湯殿の準備をさせる。しばし待て」
陛下が執務机の上にある鈴を鳴らすと、すぐに侍従のおじさんが入ってきた。陛下はその人にてきぱきと必要な命令を下すと、また俺の手を引いて外へ出た。
「って。ちょっと、陛下! 手……つながなくっても!」
まったく、こっ恥ずかしいな!
廊下を歩いてる女官さんや文官さんに、変な目で見られてるじゃん!
まあ、前もそんな感じだったけどさ。
けど、陛下は「やかましい。静かにしろ」と言い放って俺を黙らせ、さっさと湯殿に向かって歩きだした。
背後ではゾディアスさんが腕組みをし、果てしなくしらけきった半眼で、そんな俺たちを見送っていた。
佐竹は俺の言葉にも、もう目も開いてくれない。ひどく苦しそうで、全身が燃えるみたいに発熱している。息が浅く、そして早くなっていた。それでもやっと片手を上げて、寝間着の襟元を握っている俺の手を上から握ってくれた。その手だって、今にも蒸発するんじゃないかと思うぐらいに熱い。
佐竹は胸元に置いていた《氷壺》の鞘を握ると、ぐいと俺のほうに押し付けて来た。「持っていろ」ということらしい。
途端、俺の胸と喉はなんともいえない音を立てた。
「俺の代わりに」ってことだろうか。
「万が一のことがあったら、これを自分だと思え」って……?
(そんな──)
そんなの、俺、いやだ……!
佐竹の姿が熱くぼやけて、みっともない嗚咽が漏れそうになる。と、陛下が後ろから俺の肩に手を置いた。「落ち着け、ユウヤ」と低い声がする。
「いわばこの事態は、兄上殿がムネユキを救うために、あの時身に負ってくれた負債のようなもの。必ず治療させて頂く。いざとなれば俺も行く。この身に替えてもお救いする。約束する。……だから案ずるな。大丈夫だ」
「へい、か……」
俺の声はもうとっくに、涙でぐじゃぐじゃになっていた。
「泣くな」
陛下の手が、いきなりがしゃがしゃと俺の髪を乱暴にかき回した。
「いいから少し下がれ。《鎧》の治療機能を稼働させる」
「は……い」
最後に両手でぎゅっと佐竹の手を握りしめ、しっかりと《氷壺》を受け取って、俺は二歩ほど後ろに下がった。するとすぐに、寝台がするすると床に吸い込まれ始めた。
寝台は佐竹の体ごと床の中に消えていき、そのあとはいつもみたいに何もないつるりとした床に戻ってしまった。
陛下とヴァイハルトさんがモニターをじっと見つめている。ゾディアスさんはそのちょっと後ろで腕組みをし、殺気のこもった目でそこを睨みつけていた。なんだか、親の仇でも見るみたいだ。
画面上には超古代文明の文字がずらずらと流れて続けている。佐竹には読めるみたいだけど、俺なんかにはさっぱりだ。陛下はもちろん文字を理解しているし、前よりもずっと《鎧》の操作にも慣れているみたいだった。
「……やはりだな。此度の兄上殿の不調は、そちらの世界の疾病とは無関係だ。あの時、無理にも長時間この《鎧》の中で過ごしたことで、体に不具合を来たしたようだ」
「治るんですか?」
すぐさまそう訊いた俺に、陛下はちょっとだけ苦笑して頷いてくれた。
「案ずるな。少し時間はかかるようだが、今のところ不安要素はなにもない」
「よ、よかったあ……!」
途端、俺の全身から力が抜けた。そのまま《氷壺》を抱きしめるみたいな格好で、へなへなと床にへたりこんでしまう。
安心したら、またぶわっと目の前が滲んでしまった。必死で声をかみ殺すけど、《氷壺》を抱く手首の上にはぱたぱたと熱い雫が落ちていった。
よくは見えなかったけど、陛下がまた苦笑したみたいだった。
「泣くなと言うのに。……相変わらず、しょうのない奴」
◆
陛下とヴァイハルトさんはそこから簡単に相談をして、佐竹の治療が済むまでは二人が交代で《黒き鎧》にとどまることになった。
最初はどうやら、ヴァイハルトさんが受け持つことになったらしい。俺とゾディアスさんは、陛下と一緒に《門》を使ってノエリオール宮に連れて行ってもらうことで話がついた。
ゾディアスさんはナイト王から「サタケの無事を確認してから戻るように」と命じられているとかで、頑として北の国へは帰ろうとしなかったのだ。
「わあ……。ノエリオール宮、ひさしぶりだあ……」
俺は相変わらず《氷壺》を抱きしめたまま、懐かしいその部屋の中をきょろきょろと見回した。
ここは、陛下の執務室だ。今は俺たち以外には誰もいない。
背後で例の《門》が閉じると、陛下は改めて俺を見た。
「こちらの時間では、まだ午前だ。久しぶりに、ムネユキの顔でも見ていくか? もう起きている頃合いだろう」
「えっ!? 小ムネ?」
俺は思わず飛び上がった。
小ムネこと小ムネユキは、サーティーク王の一人息子、つまり王太子だ。色々あって、佐竹のお父さんである宗之さんから名前をもらった男の子。前に会ったときにはまだほんの赤ん坊で、俺もこっちの王宮で、ときどき面倒を見させてもらってた。
「いいんですか? マジで?」
「当然だ。あれからまた少し大きくなっているからな。驚くぞ」
陛下は苦笑して、黒いマントを翻した。もう部屋の外に出て行くようだ。子供部屋へ行こうっていうんだろう。
俺はもう嬉しくって、思わず小躍りしそうになったけど、ハッとして足を止めた。
「あ、ダメ! だめだめだめ!」
ぶんぶん顔を横にふる。陛下が怪訝な顔になって振り向いた。
「なんだ?」
ゾディアスさんもだいぶ上の方から、変な目で見下ろしてくる。
「だって! 俺、きっと菌とかウイルスだらけだもん! 今、俺らのとこってめちゃくちゃ病気が流行ってるし。こんなんで赤ちゃんとか触れませんよっ! 小ムネにうつしたら大変ですもん。さ、先に手洗いとかうがいとか……いや、お風呂とか入らないと! このまま赤ちゃんに会うなんて絶対ダメ。むりむりむり。超ムリっすよ!」
「落ち着け。わかった、落ち着け」
あんまり俺がわたわたしてるもんだから、陛下はいかにも「ハイハイ、どうどう」って感じで両手を上げた。
「ならば湯殿の準備をさせる。しばし待て」
陛下が執務机の上にある鈴を鳴らすと、すぐに侍従のおじさんが入ってきた。陛下はその人にてきぱきと必要な命令を下すと、また俺の手を引いて外へ出た。
「って。ちょっと、陛下! 手……つながなくっても!」
まったく、こっ恥ずかしいな!
廊下を歩いてる女官さんや文官さんに、変な目で見られてるじゃん!
まあ、前もそんな感じだったけどさ。
けど、陛下は「やかましい。静かにしろ」と言い放って俺を黙らせ、さっさと湯殿に向かって歩きだした。
背後ではゾディアスさんが腕組みをし、果てしなくしらけきった半眼で、そんな俺たちを見送っていた。
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