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《ユウヤ、俺だ。兄上殿が不調と聞いたが》
黒の王、サーティークだった。
相変わらずの、低くて落ち着いたいい声だ。要は佐竹とおんなじだけど、性格や年齢が違うからなのか、聞いた感じはだいぶ違う。ああ、あとこの人、もう人の親だからな。落ち着きが違うってことはあるかもしれない。
本当はあっちの方が七歳ぐらい年上なのに、この人が佐竹のことを「兄」と呼ぶには理由がある。けどまあ、今はそれを説明している暇はない。
俺は急いで佐竹の容態なんかを陛下に説明した。ちなみに俺は、この人のことを「陛下」って呼ぶ。あっちの世界にいた一時期、この人の下で文官として働いていたことがあるからだ。佐竹は佐竹で、さっきのナイト王のもとで武官や文官として働いていたことがある。だから佐竹にとっての「陛下」はナイトさんってことになるかな。
俺の報告を聞いて、陛下もちょっと考えていたみたいだった。
《了解した。ナイト殿のおっしゃる通りかと思う。一度、兄上殿を治療のため、こちらに引き取ることにしよう。《鎧》での治療が可能かもしれんからな》
「えっ? でも……」
《心配いらぬ。なんならそなたも来るがよい》
あ。この人いま、絶対口の端を引っぱりあげてる。つまり、ちょっとにやついてる。声の感じでわかっちゃうぞ。
それはなんか、変な下心があるときの声だぞ、この人!
「いや、あのー。陛下……?」
《四の五の言っている暇はない。そちらにすぐに《門》を開く。移動する準備をしておけ》
「え? ちょっと待って、陛下……!」
《急げ。そちらの時間で三分やる》
「うわ!」
俺は慌てて飛び上がり、まず玄関にすっ飛んで行った。自分と佐竹の靴を取り、適当なビニール袋に入れる。次に、佐竹の羽織るものを準備。あいつ、寝間着のままだからな。《鎧》の中だけなら気温が調整されていたような気もするけど、あっちの季節や気温が今どうなってるのかわかんないし。
あとは一応、熱を冷ますシートとかタオルとか、着替えとか。とにかく思いつく限りのものを、俺の持ってきていた買い物用の大きなトートバッグに詰め込んだ。大汗をかきながらバタバタそんなことをやってたら、あっという間に陛下の声が聞こえてきた。三分って聞いていたけど、体感、三十秒ぐらいに思えた。
《いいか、ユウヤ。《門》を開くぞ》
「わっ、わわ! ま、待って……!」
俺はトートバッグを胸に抱きしめ、慌てて佐竹の寝室に駆け込んだ。
佐竹はまだベッドの上だったけど、上半身を起こして部屋の天井あたりを見つめていた。そこにはもう、見慣れたあの真っ黒な「穴」が口を開け始めていた。
これが《暗黒門》だ。あっちとこっちの世界をつなぐ、《鎧》が開くことのできる穴。
と、そこからひょいと黒ずくめの男が飛び降りてきた。
「……いや、陛下。土足はダメですって!」
「ん? 『ドソク』とは何だ。聞いたことのない単語だな」
にかっと笑って、しれっと答える。完全にいつものこの人だ。
鎧姿でこそないけど、ノエリオール式の前袷の黒い衣装に黒マントの見慣れた姿。黒い長髪に、不敵な笑みを湛えたその男は、もちろんあの南の国ノエリオールの王、サーティークだった。
「こっちじゃ、部屋の中で靴は履かないんですって。ま、今は脱いでる暇がないからしょうがないですけどー」
「ならよかろう。……ほら、お前もさっさと来んか」
陛下がひょいと《門》の方を向いて言う。見ると、もう一人の人物が「よっ」と軽く声をかけてひょいと飛び降りて来るところだった。
「あ、え……!?」
床からぬうっと立ち上がった巨躯を見て、俺は息をのんだ。
それはノエリオールじゃなく、北の国フロイタールにいたでかい竜騎長さんだった。名前は確か、ゾディアスさん。首も腕もめちゃくちゃ太くて日焼けした、筋骨隆々のいかつい男。金色の短髪に、瞳は鈍色。こっちの人はいつもの鎧姿だ。
「竜騎長どの……。あなたまでですか」
「おお。お前を運んでやれって、陛下からのご命令でな」
元気のない声で佐竹がつぶやく。さぞかし不本意なんだろうけど、さすがに今の体調には勝てないらしい。
見れば佐竹は、いつのまにか手元に《氷壺》を置いていた。《氷壺》っていうのは、佐竹の刀だ。あっちの世界で、とあるすごい刀鍛冶のおじいちゃんに作ってもらったものらしい。正確には日本刀じゃないんだけど、完全にそうとしか見えない形だ。
「んで? どうよ、調子は」
ゾディアスさんは、ちょっと見ると酷薄で危険な感じの目をしている。けど、それは兵士なら普通のことだと佐竹は言う。実戦で、何人もの敵をその手で殺して来た人だ。こっちの世界の一般人とは違って当たり前なんだろう。味方として付き合うぶんには、かなり男気のある「いい人」らしい。
それはまあ、逆に敵に回したらめっちゃ怖い人、って意味でもあるんだろうけどさ。
男はにやっと顔をゆがめて、ずいと佐竹のベッドに近づいた。
「なんでえなんでえ、おめえらしくもねえ。陛下から聞いちゃあいたが、へろっへろじゃねえかよ。情けねえ」
この人が言う「陛下」は、もちろんナイトさんのことだ。あっちにいた頃の佐竹はこの人の部下みたいな立場だったし、先輩として、また人間としても一目置いているところがあるみたい。今でもきちんと敬語でしゃべるし。
「貴様ら、世間話はあとにしろ。時間が惜しい」
「わかってまさあ」
ゾディアスさんはいかにも面倒くさそうに、一度じろりと陛下を睨みつけたけど、別に文句は言わなかった。言われた通り、素早く《氷壺》ごと佐竹を横抱きに抱え上げる。いわゆる「姫だっこ」ってやつだ。
佐竹は当然、すぐさま拒絶の声をあげた。
「ご勘弁下さい、竜騎長殿。自分で歩け──」
「うるせえ。病人は黙ってろ」
ゾディアスさんは完全に無視の顔で、食いぎみに言い放っただけだった。さすがの佐竹も、上官から一喝されてむっつりと口を閉ざすしかないみたい。
うんうん、いい感じ。俺じゃこうはいかないもんなあ。
それにしても佐竹、顔色が悪い。ってか、こうしてるうちにもどんどん悪くなっているみたいだ。すごく息が苦しそうだし、意識もぼんやりしかかっているみたいに見える。ものを言うのもつらそうだ。
俺の胸がちりちりと痛みはじめた。
やっぱり、これは普通じゃないよ。
黒の王、サーティークだった。
相変わらずの、低くて落ち着いたいい声だ。要は佐竹とおんなじだけど、性格や年齢が違うからなのか、聞いた感じはだいぶ違う。ああ、あとこの人、もう人の親だからな。落ち着きが違うってことはあるかもしれない。
本当はあっちの方が七歳ぐらい年上なのに、この人が佐竹のことを「兄」と呼ぶには理由がある。けどまあ、今はそれを説明している暇はない。
俺は急いで佐竹の容態なんかを陛下に説明した。ちなみに俺は、この人のことを「陛下」って呼ぶ。あっちの世界にいた一時期、この人の下で文官として働いていたことがあるからだ。佐竹は佐竹で、さっきのナイト王のもとで武官や文官として働いていたことがある。だから佐竹にとっての「陛下」はナイトさんってことになるかな。
俺の報告を聞いて、陛下もちょっと考えていたみたいだった。
《了解した。ナイト殿のおっしゃる通りかと思う。一度、兄上殿を治療のため、こちらに引き取ることにしよう。《鎧》での治療が可能かもしれんからな》
「えっ? でも……」
《心配いらぬ。なんならそなたも来るがよい》
あ。この人いま、絶対口の端を引っぱりあげてる。つまり、ちょっとにやついてる。声の感じでわかっちゃうぞ。
それはなんか、変な下心があるときの声だぞ、この人!
「いや、あのー。陛下……?」
《四の五の言っている暇はない。そちらにすぐに《門》を開く。移動する準備をしておけ》
「え? ちょっと待って、陛下……!」
《急げ。そちらの時間で三分やる》
「うわ!」
俺は慌てて飛び上がり、まず玄関にすっ飛んで行った。自分と佐竹の靴を取り、適当なビニール袋に入れる。次に、佐竹の羽織るものを準備。あいつ、寝間着のままだからな。《鎧》の中だけなら気温が調整されていたような気もするけど、あっちの季節や気温が今どうなってるのかわかんないし。
あとは一応、熱を冷ますシートとかタオルとか、着替えとか。とにかく思いつく限りのものを、俺の持ってきていた買い物用の大きなトートバッグに詰め込んだ。大汗をかきながらバタバタそんなことをやってたら、あっという間に陛下の声が聞こえてきた。三分って聞いていたけど、体感、三十秒ぐらいに思えた。
《いいか、ユウヤ。《門》を開くぞ》
「わっ、わわ! ま、待って……!」
俺はトートバッグを胸に抱きしめ、慌てて佐竹の寝室に駆け込んだ。
佐竹はまだベッドの上だったけど、上半身を起こして部屋の天井あたりを見つめていた。そこにはもう、見慣れたあの真っ黒な「穴」が口を開け始めていた。
これが《暗黒門》だ。あっちとこっちの世界をつなぐ、《鎧》が開くことのできる穴。
と、そこからひょいと黒ずくめの男が飛び降りてきた。
「……いや、陛下。土足はダメですって!」
「ん? 『ドソク』とは何だ。聞いたことのない単語だな」
にかっと笑って、しれっと答える。完全にいつものこの人だ。
鎧姿でこそないけど、ノエリオール式の前袷の黒い衣装に黒マントの見慣れた姿。黒い長髪に、不敵な笑みを湛えたその男は、もちろんあの南の国ノエリオールの王、サーティークだった。
「こっちじゃ、部屋の中で靴は履かないんですって。ま、今は脱いでる暇がないからしょうがないですけどー」
「ならよかろう。……ほら、お前もさっさと来んか」
陛下がひょいと《門》の方を向いて言う。見ると、もう一人の人物が「よっ」と軽く声をかけてひょいと飛び降りて来るところだった。
「あ、え……!?」
床からぬうっと立ち上がった巨躯を見て、俺は息をのんだ。
それはノエリオールじゃなく、北の国フロイタールにいたでかい竜騎長さんだった。名前は確か、ゾディアスさん。首も腕もめちゃくちゃ太くて日焼けした、筋骨隆々のいかつい男。金色の短髪に、瞳は鈍色。こっちの人はいつもの鎧姿だ。
「竜騎長どの……。あなたまでですか」
「おお。お前を運んでやれって、陛下からのご命令でな」
元気のない声で佐竹がつぶやく。さぞかし不本意なんだろうけど、さすがに今の体調には勝てないらしい。
見れば佐竹は、いつのまにか手元に《氷壺》を置いていた。《氷壺》っていうのは、佐竹の刀だ。あっちの世界で、とあるすごい刀鍛冶のおじいちゃんに作ってもらったものらしい。正確には日本刀じゃないんだけど、完全にそうとしか見えない形だ。
「んで? どうよ、調子は」
ゾディアスさんは、ちょっと見ると酷薄で危険な感じの目をしている。けど、それは兵士なら普通のことだと佐竹は言う。実戦で、何人もの敵をその手で殺して来た人だ。こっちの世界の一般人とは違って当たり前なんだろう。味方として付き合うぶんには、かなり男気のある「いい人」らしい。
それはまあ、逆に敵に回したらめっちゃ怖い人、って意味でもあるんだろうけどさ。
男はにやっと顔をゆがめて、ずいと佐竹のベッドに近づいた。
「なんでえなんでえ、おめえらしくもねえ。陛下から聞いちゃあいたが、へろっへろじゃねえかよ。情けねえ」
この人が言う「陛下」は、もちろんナイトさんのことだ。あっちにいた頃の佐竹はこの人の部下みたいな立場だったし、先輩として、また人間としても一目置いているところがあるみたい。今でもきちんと敬語でしゃべるし。
「貴様ら、世間話はあとにしろ。時間が惜しい」
「わかってまさあ」
ゾディアスさんはいかにも面倒くさそうに、一度じろりと陛下を睨みつけたけど、別に文句は言わなかった。言われた通り、素早く《氷壺》ごと佐竹を横抱きに抱え上げる。いわゆる「姫だっこ」ってやつだ。
佐竹は当然、すぐさま拒絶の声をあげた。
「ご勘弁下さい、竜騎長殿。自分で歩け──」
「うるせえ。病人は黙ってろ」
ゾディアスさんは完全に無視の顔で、食いぎみに言い放っただけだった。さすがの佐竹も、上官から一喝されてむっつりと口を閉ざすしかないみたい。
うんうん、いい感じ。俺じゃこうはいかないもんなあ。
それにしても佐竹、顔色が悪い。ってか、こうしてるうちにもどんどん悪くなっているみたいだ。すごく息が苦しそうだし、意識もぼんやりしかかっているみたいに見える。ものを言うのもつらそうだ。
俺の胸がちりちりと痛みはじめた。
やっぱり、これは普通じゃないよ。
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