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しおりを挟むはじめてそれを知ったとき、俺は正直、驚いた。
いや、あいつだって一応は人間のはしくれなんだから、あたりまえって言えばあたりまえのことなんだけど。
佐竹が珍しく、学校を休んだんだ。
「ええっと……。あと、なにが要るかなあ」
放課後、学校から帰る途中。駅前のドラッグストアで、俺は考え込んでいた。
氷枕も氷もあるって言ってたけど、一応、熱を冷ますシートは要るかな。あと、なんかこういうときに食べやすい冷たいものとか、果物とか。
本人は「何も要らない、来なくていい」って言ってるけど、そういうわけにもいかないし。だってあいつ、実質一人暮らしなんだからな。
お母さんである馨子さんは、海外をメインに仕事をしている弁護士さんだ。あいつと二人で住むマンションには、一年のうち、ほんの十日ぐらいしか戻って来ない。
だから高校生のあいつは、お父さんがいなくなってからずっと、ほぼ一人であのマンションで暮らしてきた。
「それにしても……。あいつが風邪だなんて、信じらんねー」
ひどい友達があったもんだとは思うけど、ほんとにそう思うんだから仕方がない。
……あ、いや。
ほんとはもう、厳密には「友達」ってことではないんだけどさ。まあ、今はそれは置いといて。
だってあいつ、めちゃくちゃ体も鍛えてるし。精神なんてもっと鍛えてるし。
朝晩の剣道の鍛錬は欠かしたことがないみたいだし、三食きちんとバランスのいい食事をとって、効率的に勉強した上、十分な睡眠も意識的にとってるし。
ウイルスなんて、みんな裸足で逃げそうだもん。
まあ、気合いで病気にならないんなら誰も苦労なんてしないし、お医者さんだって要らないわけなんだけどさあ。
なーんか、納得がいかないんだよな。
ついつい、「佐竹は無敵」って思っちゃう。
とかなんとか思ううちに、俺はもう佐竹のマンション前に到着していた。
弟の洋介は、まだ学童にいるはずだ。迎えに行くまでの時間を使って、俺は見舞いにくることにしたわけだ。
街にはひゅうひゅう、乾いた冬の風が吹いている。これに乗って、佐竹にとりついた病気のもとが大手を振って舞っているのかと思うと、ちょっとぞっとしないよな。
巷では、風邪だけじゃなくインフルエンザだの、海外で発生した新型のウイルスだのの話題に事欠かない。今回の佐竹のは、どうやらただの風邪みたいだったけど。
エントランスであいつの部屋の番号を押そうとして、俺はちょっと躊躇した。オートロックを病人に解除してもらえないと入れないシステムって、こういう時に不便だよなあ。
でも、仕方がないので佐竹を呼び出す。もう電話で、一応行くことは伝えてあるし。まあ、あいつは最後まで「来なくていい」って言い張ってたけどさ。
『……はい』
気のせいか、いつもより声に覇気がない。それに、ちょっと鼻声だ。
あの佐竹が。
あの佐竹が!
やっぱり俺、信じらんない。
「あ、俺。内藤」
ひょいとカメラらしきものを覗きこむ。こっちからは見えないけど、あっちからは俺の姿が見えているはずだ。
『来なくていいと言ったはずだが』
「来ちゃったもんはしょうがないだろ。いいから開けろよ」
『断る』
はあ?
なに言ってんだこいつ。
「さーたーけー!」
『洋介に感染したらどうするんだ。隆さんに申し訳ない。いいから帰れ』
「隆さん」っていうのは、俺の親父のことだ。
「もうっ。ちゃんと予防するから大丈夫だよ! 自分のマスクだって買ってきたし。手洗いとうがいはしっかりするし。いいから開けろよ。色々買ってきたもん、無駄になるだろっ!」
どうせそう言われると分かっていたから、俺はわざとドア前でぎゃんぎゃん騒いだ。
こんなこと、こいつに言える機会は滅多にない。それをいいことに調子に乗って、「バカ、大バカ」「このやせ我慢野郎」「いいから病人は言うこと聞いてろ」とかなんとか、わりと好き放題に言いまくる。
うん。普段だったら、速攻でゲンコツを食らうやつだ。
ふと振り向いたら、マンションの住人らしきおばさんが、後ろから変な目でこっちを見ていた。
それを察したのかどうなのか。
かちゃりとロックが開く音がした。
佐竹がとうとう、根負けしてくれた印だった。
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