金槐の君へ

つづれ しういち

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第二章

6 草枕

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 その日、愛好会に顔を出していた時間は比較的短くて、ほかの会員たちが集まってきたタイミングで律と海斗はその場をあとにした。
 なんといっても、今はふたりだけの懸案がある。
 駅にほど近いコーヒーショップに席を見つけて、ふたりは鞄からおもむろに旅行雑誌を取り出した。

「まずは鶴岡八幡宮つるがおかはちまんぐうだとして」
「そうですね。そこは外せません」
「ええ。それで、あとはどのように回りましょうか」
「あと外せないのは、やっぱり墓所かな……。もとの場所から移転されたものも多いようですけど、できればみんなの墓所は訪ねたい」
「そうですね」

 ふたりは自分のスマホであれこれと検索しながらルート決めにいそしんでいる。
 鎌倉といえば、今では日本有数の観光地のひとつである。一般的な旅行雑誌には、いかにも観光客が喜ぶような情報は盛りだくさんだが、いかんせん律や海斗が求める情報まではないことが多い。そもそも鎌倉幕府にまつわる人物の墓だけを巡るような、地味でマイナーなツアーは企画されないだろう。
 観光地だとは言いながら、実は鎌倉そのものはそんなに大きな街とは言えない。だから主要な墓地をお参りするのに、さほどの日数は必要ないようだった。いくつか離れた墓所もないことはないが、工夫しだいですべて回れそうである。
 おおまかなルートを決めて店を出たころには、外はすっかり暗くなっていた。

「宿も決まったし、あとは新幹線のチケットを取るぐらいですか」
「そうですね。荷造りと、ご体調も十分に整えていただければ何よりです。睡眠はしっかりとっておいてください」
「あ、はい。それはもちろん」
「ああ、しかし。前日や当日になって体調が悪くなっても、決して無理や我慢はなさらないでくださいね」
「えっ。う、うん……」

 海斗の細やかな気遣いがくすぐったくて、体が熱をもつ。
 いよいよ鎌倉行きの日が迫っている。
 律は次第に胸が高鳴るのを覚えずにはいられなかった。

(いよいよだ。本当に行くんだな……鎌倉に)

 前夜はきっと眠れないに違いない。子どものころの遠足の前の日にも似たようなことがあったような気がするけれど、きっとその比ではないだろう。
 前世の自分は、自分の方が先に逝ってしまったことで、たいせつな方々の墓に手を合わせることすらできなかった。
 律にとって、今回の旅の主眼はまさにそこにある。

「楽しみです。……本当にありがとう、海斗さん」
「とんでもない。礼には及ばないことです。自分にとっても、鎌倉は特別な場所なのですから」

 静かに微笑む海斗を見上げて、律も微笑んでうなずき返した。



草枕くさまくら 旅にしあれば かりこもの 思ひみだれて こそられぬ
                      『金槐和歌集』513
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