金槐の君へ

つづれ しういち

文字の大きさ
上 下
38 / 93
第一章

36 神山の

しおりを挟む

 「泰時」と呼びかけたせいなのか、海斗はほんの少しだけ落ちつきを取り戻したように見えた。「ご無礼をいたしました」と、もう一度だけ律に向かって頭を下げると、ようやく座り直してくれる。もとどおり、海斗の部屋の小さな丸テーブルをはさんで向き合った。

「考えれば考えるほど、まるで自分が頑是がんぜないわっぱのように思えてきました。まことに不甲斐ないことで……お恥ずかしい限りにございます」
「あの……泰時?」
「はい」
「もしかして──」

 言いかけて、今度は律まで言葉に詰まることになった。
 海斗が見たこともないような顔をしている。何かを恥じているような、または戸惑っているような。何より不思議なのは、彼の顔が妙に赤く染まっているということだ。窓から入ってくる薄い夕日の色とは関係なく。

(まさか)

 どきん、と胸が高鳴った。
 まさか。そんなことがあるはずがない。
 泰時が、北条泰時が……まさか、自分に嫉妬をしたとでも……?

(いやいやいや。ないないない)

 頭に浮かんだその二文字をふるふると追い払う。
 でも、ここまでの話を聞いている限り、ついそんな風に都合よく考えてしまいそうになる自分がいた。
 恐るおそる彼の目を伺い見ると、ばちっと目が合ってしまう。
 海斗はまたもや顔の下半分を隠している。その長い指の間から小さな声がした。

「……殿とのの、お考えの通りかと……思われます」
「ええっ?」
「はっ、はしたなくも──殿のご交友関係にねたみをいだくなどっ! 臣下としてまことにお恥ずかしき儀にございます。なれどっ……」
「って、こら! 臣下じゃないって言ってるのに!」
「……さ、左様にございました」

 部屋にはなんとも言えない沈黙がやってきた。
 いたたまれない。どうしたらいいのかさっぱりわからない。
 誰かなんとかしてくれ、助けてくれ!
 誰でもいいから、とにかくこの空気をどうにかしてくれ!
 律は自分の髪をぐしゃぐしゃかきまわした。

「あああっ、もう!」
「申し訳もございませぬ。いかに傲慢で、得手勝手な思いかということは自覚しているのですが」
「ご、ごうまん……?」
「自分ごときが、殿のご交友についてあれこれと妬みを抱くなど、許されることではありますまい」
「いや。だから臣下じゃないし。別にいいよ、それは……」
「まことですか」

 はっと海斗が目をあげて、またもや視線が合ってしまったが、今度は律が一瞬で目をそらした。

「ほ、ほんとうに海斗さんが──泰時が嫉妬してくれたんなら……むしろ、それは嬉しいかも、しれない……かな、なんて」
「えっ」

 かああっと全身が熱くなった。

「いや、えっと! じゃっ、じゃあ、私はこれでっ!」
「あの、実朝さま──」
「きゅっ、急用を思い出したっ。すまない、それではな!」

 もう無理だった。限界だった。
 律は自分が持ってきていた本やなにかを慌ててバックパックに詰め込むと、そのまま海斗の家を飛び出した。

「お待ちください!」

 背後から泰時の声が追いかけてくる。律はいっさい振り向くこともせず、エレベーターを待つこともしないで、一目散にマンションの階段を駆け下りた。



神山かみやまの 山下水やましたみずの きかへり 言はでもの思ふ われぞ悲しき
                      『金槐和歌集』433
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

処理中です...