24 / 93
第一章
22 秋風は
しおりを挟むそれからしばらくは何ごともなかった。律は少なからずびくびくしながら大学に行ったのだったが、特に普段と違うことは何もなかった。
海斗が彼女に何も言わなかったからかとも思ったけれど、彼からはあの後、しっかり連絡が入っていた。
《笹原なぎさに話をしました》
《彼女との付き合いは解消しました》
《あなたの話も出ましたが、関係はないと伝えてあります》
《それでも疑っている様子でしたが、あなたに何かするようなら俺も黙っていないと伝えておきました》
と、大体そんな感じのメッセージだった。
あれから再び海斗は敬語に戻ってしまい、スマホのメッセージ上でもそれは崩れなかった。それが非常に不満だったけれど、指摘するのにも疲れていた。
自分の部屋でスマホを握りしめて、律はその夜、まんじりともせずに過ごした。翌朝までほとんど一睡もできずにふらふらと大学へ向かったのだったが、大学はいつに変わらぬ空気でしかなかったのだ。
とはいえ、ここに友達らしい友達もいない律のことだから、ただ一人で講義に出、一人で昼食をとってまた一人で講義を受けて帰る、それだけのこと。そのルーティンに異分子が入り込む隙がなかっただけのことかもしれなかった。
海斗とも会うことはなかった。彼女との付き合いを解消したからといって、彼の多忙さまでが解消するわけではないのだ。サークルに顔を出す頻度は減ったらしいけれど、相変わらずバイトはある。
ついでながら、あれ以降は笹原なぎさの顔を見ることもなかった。それは律が、例のテニスサークルの面々がよく現れる場所を無意識に避けていたからかもしれないけれど。
(う~ん。よかった、のかな……? これで)
ほんの少しの不安を残しながらも、律は少しずつそういう日常に慣れはじめ、ほっと息がつけるような気がしていた。
しかしそれは、単なる「嵐の前の静けさ」だったのだ。
その異変に気づいたのは、そんな矢先のことだった。
いや、それは正確ではないのかもしれない。そもそも律は、たくさんの学生が屯する場所にはあまり顔を出さないという生活様式を崩さないままだったのだから。
だからその日、たまたまカフェテリアのコーヒー自販機で売っているカップのホットコーヒーがふと飲みたくなったことが、それに気づいた原因だった。
(うん……?)
地味な見た目の律のことだ。だからいつもならそんなことはないのに、なんとなく背中に複数の視線を感じた気がしたのだ。
自販機の「ミルクあり」ボタンだけを押すと、低い唸りをたてて自販機がコーヒーを作りはじめる。律は自販機が頑張ってくれている間に、そっと背後をうかがってみたのだ。
(えっ)
いくつかの頭が、ささっとあちらを向く。わざとらしくならないように気を遣っているような、ややぴりついた空気。かれらは素知らぬ顔をしてにこやかに友達との会話を再開している。男も女もいたけれど、数としては女性の方が少し多いような気がした。
(なんなんだ……?)
非常にイヤな予感がした。
なんだかドキドキしてきて、律は慌ててコーヒーを取り出すと、人気のないいつもの中庭へ向かってそそくさと退散した。
途中の廊下でもずっとうつむき加減だったのに、なんとなく女子たちからの視線を浴びているのがわかる。「あ」とか「あの人」とか、こそっと小さくお互いに耳打ちしている声が聞こえた。
おかしい。これは明らかに異常事態だ。
中庭に着くころには、律は完全に小走りになっていた。そのときにはもう、持っていた紙コップのコーヒーは半分ぐらいになってしまっていた。
(なんだろう。いったい何……?)
その奇妙な感じは、午後の講義がある大講義室の中でさらにはっきりしたものになった。
いつもなら友達同士で雑談したり机につっぷしたりしていてこっちのことなんていっさい見なかった学生たちのうちの何人かが、ちらちらとこちらを見たり、こそこそと内緒話をしているのだ。その視線が時折ちらっとこちらを盗み見る。
中にはくすくす笑っているのもいる。男子の中にはやや呆れたような、見下すような不躾な視線をよこしてくる者もいた。
もともと昼食はほとんど喉を通らなかったけれど、それらがあらためて喉元まで押し戻されてくるような不快感が襲ってきた。
(これは……)
どきん、どきんと胸の音が速くなっていく。
まちがいない。
何かが起こっている。しかも律だけに個人的に関係する何かが突然変わった。
そしてそれが、非常によくない方向に流れようとしているのだ──。
秋風は あやなな吹きそ 白露の あだなる野辺の 葛の葉の上に
『金槐和歌集』196
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は見る専です
小森 輝
BL
異世界に転生した私、「藤潮弥生」は婚約破棄された悪役令嬢でしたが、見事ざまあを果たし、そして、勇者パーティーから追放されてしまいましたが、自力で魔王を討伐しました。
その結果、私はウェラベルグ国を治める女王となり、名前を「藤潮弥生」から「ヤヨイ・ウェラベルグ」へと改名しました。
そんな私は、今、4人のイケメンと生活を共にしています。
庭師のルーデン
料理人のザック
門番のベート
そして、執事のセバス。
悪役令嬢として苦労をし、さらに、魔王を討伐して女王にまでなったんだから、これからは私の好きなようにしてもいいよね?
ただ、私がやりたいことは逆ハーレムを作り上げることではありません。
私の欲望。それは…………イケメン同士が組んず解れつし合っている薔薇の園を作り上げること!
お気に入り登録も多いし、毎日ポイントをいただいていて、ご好評なようで嬉しいです。本来なら、新しい話といきたいのですが、他のBL小説を執筆するため、新しい話を書くことはしません。その代わりに絵を描く練習ということで、第8回BL小説大賞の期間中1に表紙絵、そして挿絵の追加をしたいと思います。大賞の投票数によっては絵に力を入れたりしますので、応援のほど、よろしくお願いします。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
孤独な蝶は仮面を被る
緋影 ナヅキ
BL
とある街の山の中に建っている、小中高一貫である全寮制男子校、華織学園(かしきのがくえん)─通称:“王道学園”。
全学園生徒の憧れの的である生徒会役員は、全員容姿や頭脳が飛び抜けて良く、運動力や芸術力等の他の能力にも優れていた。また、とても個性豊かであったが、役員仲は比較的良好だった。
さて、そんな生徒会役員のうちの1人である、会計の水無月真琴。
彼は己の本質を隠しながらも、他のメンバーと各々仕事をこなし、極々平穏に、楽しく日々を過ごしていた。
あの日、例の不思議な転入生が来るまでは…
ーーーーーーーーー
作者は執筆初心者なので、おかしくなったりするかもしれませんが、温かく見守って(?)くれると嬉しいです。
学生のため、ストック残量状況によっては土曜更新が出来ないことがあるかもしれません。ご了承下さい。
所々シリアス&コメディ(?)風味有り
*表紙は、我が妹である あくす(Twitter名) に描いてもらった真琴です。かわいい
*多少内容を修正しました。2023/07/05
*お気に入り数200突破!!有難う御座います!2023/08/25
*エブリスタでも投稿し始めました。アルファポリス先行です。2023/03/20
王様のナミダ
白雨あめ
BL
全寮制男子高校、箱夢学園。 そこで風紀副委員長を努める桜庭篠は、ある夜久しぶりの夢をみた。
端正に整った顔を歪め、大粒の涙を流す綺麗な男。俺様生徒会長が泣いていたのだ。
驚くまもなく、学園に転入してくる王道転校生。彼のはた迷惑な行動から、俺様会長と風紀副委員長の距離は近づいていく。
※会長受けです。
駄文でも大丈夫と言ってくれる方、楽しんでいただけたら嬉しいです。
王道学園のモブ
四季織
BL
王道学園に転生した俺が出会ったのは、寡黙書記の先輩だった。
私立白鳳学園。山の上のこの学園は、政財界、文化界を担う子息達が通う超名門校で、特に、有名なのは生徒会だった。
そう、俺、小坂威(おさかたける)は王道学園BLゲームの世界に転生してしまったんだ。もちろんゲームに登場しない、名前も見た目も平凡なモブとして。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる