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第一章
17 いまはしも
しおりを挟む「い、いきなり何を言うんですかっ」
「なにが『いきなり』よ! 知ってるんだからね。物欲しそうな片思い女みたいな目ぇして、こっそり海斗のこと見てるじゃないのよ! 隙あらば!」
「そっ……そんなことしてませんっ」
「いいや、してたわね。つい最近もカフェテリアの手前で見たし? なによ、あの嫉妬まみれの目は」
「…………」
しまった。どうやらあの時、気づかれていたらしい。
「女の勘を甘く見るんじゃないわよ。あんたみたいな目で海斗を見てる女、何人も知ってるんだから。あたしがいるからあからさまなモーション掛けてこないだけで、どの娘もいつだってチャンスを狙ってんの。そのためにサークルにも入ってんの。当たり前よ。あんな優良物件、そうそうないんだから」
「そんな──」
言いかけたら、鼻先に人差し指をつきつけられた。
「あんただって同じよ!」
「ち、違いますよっ」
「違わないのよ!」
会話が完全に堂々巡りだ。これはダメだ。だが、うまく言葉が出てこない。
「別にさ、あたしだって同性愛がどうのこうのってのは差別するつもりないのよ。前にどっかの大学で事件だってあったし、今どきダサいしね。あんたがゲイだろうとそのほかだろうとどうでもいい。人に言いふらしたりなんかもしないわよ。アウティングなんてもっとダサいしね!」
律は目を白黒させるばかりだ。
「ただ海斗にだけは手ぇ出すなって言ってんの。わかるでしょ? 今の彼女はあたし! このあたしなんだからっ」
自分の胸にばしっと手を当てて反り返るなぎさを前に、律は言葉に詰まった。
「あたしと海斗の大事な時間に割り込んでくるなって言ってんの。立場をわきまえろって言ってんのよ。海斗の時間をこれ以上ムダにするなってこと。わかるよね? 子供じゃあるまいし、そのぐらいはさあ!」
「…………」
律はうつむいて、膝の上の自分の拳をにらみつけた。それ以外になにもできることがなかった。必死で唇をかみしめる。
ウンともスンとも言わなくなった律を鬼の形相でしばらくにらみつけてから、なぎさは突然、長い溜め息を吐きだした。
「あのねえ。青柳くん」
今度は自分の髪をぐしゃぐしゃかき回している。そんな表情でそんなことをしていてさえ美しいのは、やっぱりずるいなとちらりと考えた。
「あたしだって、こんな女の腐ったのみたいなこと言いたかないのよ。だって考えてみて? もっと性格悪いやつだったら、もっとずーっと陰湿なことをさんざんやって、あんたいじめて悪い噂もどんどん流して、ゲイだって言いふらしてさ。あんたのことをボロボロにした挙げ句、きれいさっぱり追い払うとこでしょうに」
「…………」
ぞっとした。
確かに彼女の言うとおりだった。
「せめてもこうやって正々堂々、あんたの目の前にきて対面で話してるあたしのこともわかってよ。……いいでしょ? そのぐらいはさ」
が、はいそうですね、とはさすがに言えない。
この人とちゃんと話すこと自体、今がはじめてなのだ。
ただ、気が強いとは言っても一応、あの海斗の彼女だということを考えたら、やっぱり根は悪い人じゃないのかも、とほんの少し思った。こんなことを面と向かって言われていてさえ。
律はしばらく考え込んだが、ついに顔を上げて言った。
「……わかりました。あまり会わないようにすればいいんですよね? 海斗さんと」
「わかりゃいいのよ。これからは、彼から誘われてもできるだけ断って。もちろんあんたからは誘わないこと。いいわね?」
「……はい」
「わかればよろしい。じゃ、これ」
「はい?」
驚いて目を上げたら、もうなぎさは立ち上がっていた。有無を言わさない強さで手の中に冷たい缶コーヒーが押し付けられている。
「時間とらせたお詫びよ。じゃあね」
「あ、あのっ。笹原さんっ……」
が、なぎさはもう立ち上がった律のことなど一顧だにしなかった。来た時同様のつむじ風みたいな勢いで、あっという間に離れていく。
律は茫然と、その後ろ姿を見送った。
いまはしも わかれもすらし たなばたは 天の川原に 鶴ぞ鳴くなる
『金槐和歌集』171
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