金槐の君へ

つづれ しういち

文字の大きさ
上 下
8 / 93
第一章

6 思ひ出でて

しおりを挟む

「し、清水さんも……あの夢を?」
「えっ」

 思わずぽろりと言ってしまったのは、完全に無意識だった。だから清水の驚いた反応を見て急に体がすくんだ。

「あっ、あっ……ち、違うんです、そうじゃなくて」
「いや聞いたぞ。『も』って言ったよね?」
「い、いいい言ってませんっ」
「いやはっきり聞いた。耳はいいって言ったでしょ? 君も同じような夢を見てるんだ。違う?」
「うううううっ……」

 まずい。完全に墓穴を掘った。
 思わず頭を抱えた拍子に、膝にのせていたパンとパックのカフェオレがぼとぼと落ちてしまった。清水が長い腕をさっとのばして、それらを律の膝に戻してくれる。

「大丈夫? ごめん、その……君を問い詰めるつもりはなくて。ただ──」
「……です」
「えっ」
「本当です。俺もずっと見てるんです……変な夢」
「……そうなんだ」

 ようやく安堵したような目になった清水に、こちらも少しだけほっとした。どうやらこの人なら、この話をしても「変な奴だ」とか「精神的におかしい」とか思わずに聞いてくれそうだと思ったからだ。
 律はそこからぽつりぽつりと、彼にここまでの経緯を説明した。
 聞けば清水も同じような状況で、あのドラマと夢とが原因で、あの日大学の図書館に来ていたのだという。

「それで……ええと。つまり君は、自分が鎌倉右大臣かまくらのうだいじん、実朝……だと?」
「……はい。なぜかそういうことらしくて」

 ──と。
 いきなり清水がベンチから飛びのいた。まるで、驚いた猫が瞬時に飛んで逃げるときのようだった。

「えっ?」

 いったい何が起こったのか。
 目を白黒させている律の前に、なぜか地面に片膝をついた姿勢で清水が頭を下げていたのだ。
 ……まるであのドラマに出てくる武士みたいな姿勢で。

「あっ……あの、あのあのっ?」
「あ、う……。ごめん。か、体が勝手に」

 清水本人も、自分がやっていることに盛大に戸惑っているらしかった。が、それでもその姿勢をやめない。さらに驚くべきことに、その目にぶわっと熱い雫が盛り上がった。

(えっ? ちょ、ちょっと──)

 清水は即座に二の腕で自分の目のあたりを隠したが、そのまましばらく肩を震わせて頭を垂れているだけだった。

「……ごめん。お、俺にもわからないんだ。でも──」

 言いながらも、今度はどすんと地面に土下座する格好になり、律にむかって深々と頭を下げていく。
 律は慌てた。周囲に人目がないとはいっても、この状況は尋常ではない。

「ちょ、や、やめてくださいっ……!」
「……にございました」
「えっ」

 その声はひどく淡くてはかなく、とても非現実的なものに聞こえた。まるで、はるか遠い国や時間から届いてきたもののように。

「あの折は、おそばにお仕え申すこともできず……わが君をお守り申し上げることも叶いませんでした。まことに、まことに申し訳なくッ……!」
「ちょ、ちょっと……!」
斯様かような若年のまま、無残にもあのような凶刃におたおれに……っ。臣としてあまりにも、あまりにも情けなくっ」
「清水さん──」

 これは、あれだ。
 完全に「北条泰時」の感情と今の清水とかシンクロしてしまっているのだろう。あまりオカルティックなことは信じないほうだけれど、いわゆる「憑依」とか、そういうものかもしれない。

「しっかりしてください、清水さん! 今の俺はもう、あのときの実朝じゃないんですから。って言うか、本当に実朝だったかどうかも怪しいんですから!」
「…………」

 自分もベンチからおりて傍に寄り、肩に手を置いてゆすってみる。清水はまだべったりと平服し、ぎゅっと目をつむったままだ。
 律は途方に暮れてしまった。


 思ひでて 夜はすがらに をぞ泣く ありしむかしの 世々よよのふるごと
                      『金槐和歌集』596
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

ペイン・リリーフ

こすもす
BL
事故の影響で記憶障害になってしまった琴(こと)は、内科医の相澤に紹介された、精神科医の篠口(しのぐち)と生活を共にすることになる。 優しく甘やかしてくれる篠口に惹かれていく琴だが、彼とは、記憶を失う前にも会っていたのではないかと疑いを抱く。 記憶が戻らなくても、このまま篠口と一緒にいられたらいいと願う琴だが……。 ★7:30と18:30に更新予定です(*´艸`*) ★素敵な表紙は らテて様✧︎*。 ☆過去に書いた自作のキャラクターと、苗字や名前が被っていたことに気付きました……全く別の作品ですのでご了承ください!

処理中です...