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第一章
6 思ひ出でて
しおりを挟む「し、清水さんも……あの夢を?」
「えっ」
思わずぽろりと言ってしまったのは、完全に無意識だった。だから清水の驚いた反応を見て急に体が竦んだ。
「あっ、あっ……ち、違うんです、そうじゃなくて」
「いや聞いたぞ。『も』って言ったよね?」
「い、いいい言ってませんっ」
「いやはっきり聞いた。耳はいいって言ったでしょ? 君も同じような夢を見てるんだ。違う?」
「うううううっ……」
まずい。完全に墓穴を掘った。
思わず頭を抱えた拍子に、膝にのせていたパンとパックのカフェオレがぼとぼと落ちてしまった。清水が長い腕をさっとのばして、それらを律の膝に戻してくれる。
「大丈夫? ごめん、その……君を問い詰めるつもりはなくて。ただ──」
「……です」
「えっ」
「本当です。俺もずっと見てるんです……変な夢」
「……そうなんだ」
ようやく安堵したような目になった清水に、こちらも少しだけほっとした。どうやらこの人なら、この話をしても「変な奴だ」とか「精神的におかしい」とか思わずに聞いてくれそうだと思ったからだ。
律はそこからぽつりぽつりと、彼にここまでの経緯を説明した。
聞けば清水も同じような状況で、あのドラマと夢とが原因で、あの日大学の図書館に来ていたのだという。
「それで……ええと。つまり君は、自分が鎌倉右大臣、実朝……だと?」
「……はい。なぜかそういうことらしくて」
──と。
いきなり清水がベンチから飛びのいた。まるで、驚いた猫が瞬時に飛んで逃げるときのようだった。
「えっ?」
いったい何が起こったのか。
目を白黒させている律の前に、なぜか地面に片膝をついた姿勢で清水が頭を下げていたのだ。
……まるであのドラマに出てくる武士みたいな姿勢で。
「あっ……あの、あのあのっ?」
「あ、う……。ごめん。か、体が勝手に」
清水本人も、自分がやっていることに盛大に戸惑っているらしかった。が、それでもその姿勢をやめない。さらに驚くべきことに、その目にぶわっと熱い雫が盛り上がった。
(えっ? ちょ、ちょっと──)
清水は即座に二の腕で自分の目のあたりを隠したが、そのまましばらく肩を震わせて頭を垂れているだけだった。
「……ごめん。お、俺にもわからないんだ。でも──」
言いながらも、今度はどすんと地面に土下座する格好になり、律にむかって深々と頭を下げていく。
律は慌てた。周囲に人目がないとはいっても、この状況は尋常ではない。
「ちょ、や、やめてくださいっ……!」
「……にございました」
「えっ」
その声はひどく淡くて儚く、とても非現実的なものに聞こえた。まるで、はるか遠い国や時間から届いてきたもののように。
「あの折は、おそばにお仕え申すこともできず……わが君をお守り申し上げることも叶いませんでした。まことに、まことに申し訳なくッ……!」
「ちょ、ちょっと……!」
「斯様な若年のまま、無残にもあのような凶刃にお斃れに……っ。臣としてあまりにも、あまりにも情けなくっ」
「清水さん──」
これは、あれだ。
完全に「北条泰時」の感情と今の清水とかシンクロしてしまっているのだろう。あまりオカルティックなことは信じないほうだけれど、いわゆる「憑依」とか、そういうものかもしれない。
「しっかりしてください、清水さん! 今の俺はもう、あのときの実朝じゃないんですから。って言うか、本当に実朝だったかどうかも怪しいんですから!」
「…………」
自分もベンチからおりて傍に寄り、肩に手を置いてゆすってみる。清水はまだべったりと平服し、ぎゅっと目をつむったままだ。
律は途方に暮れてしまった。
思ひ出でて 夜はすがらに 音をぞ泣く ありしむかしの 世々のふるごと
『金槐和歌集』596
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