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第九十二話 王宮ダンジョン①

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 敵のいなくなった一階を抜け、俺ら一行は二階へ向かう。

「上の連中が下に来ることはないんだな」
 なんとなく呟く。ほんとゲームのダンジョンみたいだ。
「階層ごとに死霊魔法の効果を持続させる結界を作っているのでしょう。普通は時間が経つと魔法効果が薄れていくことに加え、死体を操るものだと魔法の負荷により、普通よりも早く腐敗していきます。肉体が傷めばその分、戦闘能力も弱まります。強い死霊の戦士を作るには強い念を持った素体が必要ですが、急場しのぎでかき集めたので結界を作らないと維持できなかったのでしょうな」
 スラサンが生真面目にヴィオラの肩からオレの呟きに答えてくれる。

「なるほど。本人が望まない魔法で縛り付けて働かせている代償か」
「……だから、死霊魔法は嫌いなんだ」
 ヴィオラが低い声でぼそりと呟く。
 怒りを露わにした眼差し。

「妖魔族は基本的に本人が望むことを満たしてやる存在ですからな」
スラサンが答える。
「夢魔は? 悪夢なんて誰も望んで見ないだろ?」
「夢魔は多少異質ですが、悪夢の元は本人の心の底にある恐れや願望や記憶です。放置しておいてはいけない心のおりを掃除するために見せているものですから、妖魔族の中でも最も善なる存在かもしれませんぞ?」
「なるほど。うなされて飛び起きるほどの悪夢を見るってことは、それだけ心のおりが多いってことか」
 俺の言葉にヴィオラがにっこりと笑う。
「そうそう、そうなんだ! だから夢魔を嫌わないでほしいんだよね」
 うんうんと頷くヴィオラ。

「そう考えると、妖魔族と真っ向から対立するのがギレスら死霊魔術師ってことか」
「死霊魔術も、強い念を残してさ迷ってる死者を探して使うならまあそれはそれで有りかなって思うけど、こういう形で闇の神の元に送るべき死者を掠めとるようなのは、本当に不快なんだ」
「妖魔族は属性としては闇ですからな」
「そうなんだ?」
 スラサンの言葉に、ちょっと意外な気がして問い返す。
「左様。形無きものを司るのが闇の神ですから」
「風魔法をよく使うから、てっきり風属性なのかと思ってたよ」
「形無きものという意味では、風は闇と親和性が高いですから」
「へー」
 なんて会話をしつつ、アッシュの導きで王族の居住エリアに繋がる階段へとやってくる。

「……やっぱりか」
 ヴィオラが足を止めた。
「どうした?」
「結界が張られてる。対魔王結界とでも言おうか……」
「ナルファの大ダンジョンに張られてたみたいなやつか?」
 前に俺が敵の術中に嵌まって危うく死にかけたダンジョンだ。確かあの時もヴィオラは入口で結界に阻まれていた。
「あの時よりだいぶ悪質なやつだね。一定以上の魔力を持つ者が触れたら、何らかの魔法が発動する。スラサン、魔法の内容を解析できる?」
「調べてみます」

 スラサンがヴィオラの肩から降りていく。
 結界があると思われる階段の一段目でムニョムニョと伸びたり縮んだりしていたが、やがて
「……面目ないです、我が主君マイ・ロード。これは全く未知の魔法です。恐らくはギレスのオリジナルの死霊魔法かと。広範囲に影響を及ぼすタイプの魔法だと思われます」
 と、シュンと肩を落とす。……いや、肩はないから、少し小さく縮むスラサン。
「いいよ、それだけわかれば充分」
 ヴィオラは微笑んでプルプルの体をすくい上げ、なぜか俺の方に差し出してくる。

我が主君マイ・ロード?」
 スラサンが不安げに尋ねる。
「スラサン、レイチについて行ってあげてくれる?」
「はい、承知しました。我が主君マイ・ロードがそうおっしゃるのでしたら」
 不承不承といった様子ではあるが、ヴィオラの手から俺の手に移動してきた。
 俺じゃ不満なのか! なんてことを言うつもりはない。どう考えてもよりスラサンの力をうまく使ってるのはヴィオラの方だったし。
 それより、ヴィオラが何かよからぬことを考えているのでは? と心配になってしまう。
 スラサンを連れていけないような危険なことをするのではないかと。

「──レイチ、僕はここで一旦離れるよ」
「なんかやろうとしてるんじゃないのか?」
「ん、そうだね。この機会に、僕にしかできないことをしてこようかと思ってる」
「……命懸けてとか、そういうのじゃねえだろうな?」
「大丈夫だよ、そういうのではない。こっちはスラサンがいなくても問題ないってだけだから。スラサン、レイチのこと助けてあげてね!」
「はい! お任せください!」
 スラサンはその言葉で安心したらしく、明るい声でプルンと身を震わせた。

 俺の方はあまり安心しきれないけどな。
 ヴィオが……今のリーンがまだそう呼ばれていた時にした無茶を、俺は忘れてないからな。
 ヴィオラはその父だ。己の分身として作った創造主だ。同じ行動をしそうじゃないか!

「しかし、マスター、この結界、ヴィオラ様だけでなくシルキオンも弾いてしまいます」
 スラサンの言葉に、ヴィオラに集中させていた意識を戻す。
 視線を離す直前に、ヴィオラは大丈夫だよと言うかのように肩をすくめてみせた。

「シルキオンも? シルキオンだけなのか?」
 言葉にするのはためらわれて、チラリとベルケエルの方を見やるにとどめる。
 スラサンは俺の言わんとしていることを正しく読み取り、遠慮なく答えた。
「ベルケエル様は今、多量の魔力を放出したことにより、魔力値が下がっています。レイチ様から譲渡された魔力で肉体の再構成をした結果、今は恐らく魔法がほとんど使えない状態なのではないでしょうか?」
 言われてベルケエルは苦笑した。
「ああ、その通りだ。今、俺は魔法が使えない」
「なんだ、シルキオン並みじゃねえじゃんか。シルキオンはかなりの使い手だぞ?」
 ちらりとそっちに目をやるとキオと視線がぶつかり、照れたようにうつむく。
 かわいい。
 ……いや、今のキオは犬だし! かわいいだろ、普通に!

「……ふん、魔法なんぞに頼らなくても、俺はそれくらいには戦えると言うんだ」
 シルキオンが、いやリウスがむっと眉間にシワを寄せる。
「てめぇ……!」
「お、やるのか?」
「くぉらお前ら、いちいちケンカすんじゃねえっての!」
 俺の一喝で二人はふんと顔を背けあう。

「すると、シルキオンも抜けるのか……」
 いや、マジでヤバい。戦力として当てにしてた主力の二人に抜けられると。
「シルキオンとしては引っかかっても、二人別れたら問題ないんじゃない?」
 ヴィオラがそう言い出す。
「はい、シルキオン一個体としての魔力値は引っかかりますが、人間形態ヒューマンフォームあるいは闇猟犬形態ダレンスハウンドフォームならば問題ありません」
 スラサンの言葉にホッと胸を撫で下ろした。
「多少戦闘力は落ちるが、仕方ないな」
 俺が溜め息をつくと、ベルケエルがリウスの方を見やりつつふんと鼻を鳴らして言う。
「ふん、すると俺が一番強えぇってことになるな」
「──」
 リウスが言い返そうとしかけたところで割って入った。
「わかったからお前らもう少し待て! もう少ししたらどっちが強いかわかるまでたっぷり戦わせてやるから!」

 ただ──と、ベルケエルの方をに向き直る。
「ベルケエル。俺の従魔になったからには俺に従うと言ったな? ここから先は、勝手な行動は許さない。独走するのも禁止だ」
 ベルケエルがむ、と表情を険しくする。

「言うことを聞かなければどうする? 俺は人間のことなどこれっぽっちも助けたいなどとは思っていないが?」
「あまりに指示を聞かず独走するようなら、その時は、仕方ない。従魔契約を解いて〈服従強制〉に移行する」
「──え」
 ベルケエルの顔色が変わる。

「大丈夫だって、既にピンノで安全性は立証済みだから! ──別に、あいつ普通だよな、タビー?」
「普通かと言うと……」
 タビーが少し首をひねる。
「レイチ様の絶対的な信奉者になっていると……しょっちゅうレイチ様がいかに素晴らしい方で、いかにしてあの屋敷から自分を救い出したかという話を何度も聞かされるのはいささか……」
「救い出したことになってんのか?」
「はい。居所のなかった彼をあの屋敷から連れ出したヒーローで、彼はレイチ様のいちの腹心ということになってます」
「うわ……」
 一瞬顔をしかめかけ……いや、なんかあいつストーカー臭するっていうか、ちょっと苦手なんだよな。

「ん? そう言や、そのピンノはどうした?」
「は? レイチ様が私を召喚したのでそれっきりです。レイチ様の命令だからとずっとつきまとって離れなかったのですが」
「あー。ってことは……」
 すげえタイミングで、その聞き覚えのあるちょっと高い裏返り気味の声が聞こえてきた。
「ああぁぁぁ、やっと見つけましたーー!!」
 背後からバサバサと羽音が響いてくる。
「レイチ様、その大山猫だけ召喚して私のことは喚んで下さらないなんて、ひどいではありませんか!」
 半べそ顔のデカい蝙蝠が飛んできた。
「ふーん、おまえ、俺にそんな口きいていいんだ?」
「はぁーっ、申し訳ありません!!」
 ピンノが蝙蝠姿のままバサッとひれ伏し、
「どうか従魔契約の解除だけはしないで下さい!」
 と、涙声で訴える。いや、これマジだ。
 ごめん、自分でやっといてなんだけど、ちょっとこわい。

 ベルケエルの方をちらりと見やる。
 ベルケエルは耳をぺたりと伏せて小さくなっていた。
「……済まない。ちゃんとおまえの言うことは聞く」
「よし、わかればいいんだ」
 大きく頷く。
 ちょっと自分が暴君みたいになってる気がして後ろめたいが、今は非常事態だ、仕方ない。

「大丈夫そうだね、レイチ」
 ヴィオラが微笑む。
「大丈夫そうに見えるか?」
 そう言う俺は、多分少し心細そうな顔をしていることだろう。
「うん。ベルケエルを服従させられるかだけが心配だったんだ」
 ヴィオラはそこで言葉を切り、続きを念話で伝えてくる。
『彼が好き勝手したら、最悪のことになりかねないからね』
 ああ、と俺も頷く。
 ──魔王結界の魔法発動とかな。

 さっきも自分で言ってた通り、あいつは人間がどうなったっていいと思ってるからな。
 魔法が発動して、人間たちがひどい被害を受けることになったとしても、自分たちが無事でギレスへの復讐が果たされればあいつはそれで良しとしてしまうだろう。そのへんの認識の違いが怖いんだ。

「リーン」
 ヴィオラが幼児姿のリーンに手招きをする。
 リーンは呼ばれて嬉しそうにトテトテと駆け寄っていく。
「なに、父さま?」
「うん、君にお守りをあげよう。──これを持ってお行き」
 そう言って、ヴィオラは虹色に光る美しい魔石を手渡した。首から下げられるように銀のチェーンがついている。
 ヴィオラは自らの手でそれをリーンの首にかけてやり、ペンダントヘッドを服の下にしまいながら言う。
「君の魔法は、この先きっと役に立つ。魔力が足りなくなりそうな時、これを使うんだよ?」
「はい!」
 リーンはにっこりと笑って、可愛らしく答えた。

「それと、レイチ」
 ヴィオラは俺に向き直る。
「できれば、サファイアを喚んだ方がいいと思う。サファイアは死霊魔法のスキルを持ってたはずだから」
「ああ、そうか。この間覚醒したばっかのあいつのスキルが、役に立つか?」
「ないよりはあった方がいい。ギレスの見張りは他の妖魔をつかせるよ」
「わかった」
 俺が頷くと、ヴィオラはひらひらと片手を振った。
「じゃあね、レイチ、みんな。気をつけて」

 そして俺ら一行は、ヴィオラ一人を残し、闇猟犬ダレンスハウンドフォームに変化したリウス&キオに、急ぎ召喚したサファイアを加えて階上に向かった。
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