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第八十四話 王都の戦い

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 王宮前はかなり開けた広場になっている。戦時には騎士団の待機場所になり、平時には観兵式が行われることもあるという。
 その広場に、今、数体の魔獣と一組の冒険者パーティが睨み合っていた。

 「あれは、A級パーティの“黒鋼遊撃隊”ですね」
 アズールが囁く。
 「へえ、対応早いな」
 「……早すぎますね。街中で全員が完全武装済みとは。そして、あのパーティのリーダー、エリオはグレイヴィル伯爵の庶子だと言われてます」
 「……やらせの出来レースってことか?」
 わざわざ人の多いとこでやるのも、それなら納得ではある。
 少し様子を見るか。

 「街人を避難させよう。このままじゃ危ない」
 「騎士隊が出てきたようですよ?」
アズールに言われて目をやると、王宮の方から騎士服姿の男たちと、王宮の紋章入りのローブを羽織った王宮魔術師と思しき男女がバラバラと駆けてきていた。
 速やかに各方面に散って、野次馬を追いやったり広場に結界を張ったりし始める。

 「じゃ、ここはあっちに任せるか。俺らは魔族が野次馬に紛れていないか監視する」
 「了解」
 リウスとキオがさっと散る。
 俺はバックラーを片手に構えつつ、すぐに剣を抜けるように片手を空け、中央で睨み合ってる奴らを観察した。

 魔獣は三頭、熊と猪と牛のようだ。
 熊は五メートル近くもありそうなガチの魔獣だ。それに、通常は二メートルくらいなのを遥かに上回る巨大な牙猪ファングボア。そして牛は、長い牙と猫科の大型獣のような鋭い爪のある四肢を持つ、キメラだった。

 三頭だけとは言え、それぞれが──特に熊がデカすぎて、かなり広さのある広場が狭く感じる。
 野次馬もさすがに遠巻きだし、その粘ってる奴らも騎士隊に追われて散っていく。

 騎士隊は俺たちのところにもやってきた。
 「危ないから避難して!」
 「冒険者です! 避難誘導と警戒に協力できます!」
 そう言って冒険者証を見せる。
 「助かる! 外部からこの広場に立ち入る者がないように見張ってくれ!」
 「わかりました!」

 この場に留まる大義名分を得て、俺とリウス、キオはそれぞれ広場に通じる道の真ん中に立って封鎖する。

 同様に兵士や冒険者と思しき人たちが他の道も封鎖していき、やがて広場から野次馬の姿が消えた。
 広場を取り囲む建物の窓から怖々と見下ろす人たちはいるものの、もうこの近辺を歩いてるのは騎士と冒険者だけだ。

 『マスター、路地の奥に、魔族が隠れてる』
 リウスの念話が入る。
 『こっちもです』
 続くキオの言葉に、やっぱりそうか、と軽い溜め息をつく。あの店から出てきた人数からしても、この三頭だけのはずがない。
 だいたい、獣魔王がいないし。

 黒鋼遊撃隊という名の冒険者たちは総勢七人いた。前衛三人、射手二人、魔術師二人という編成。なかなかバランスは良さそうだ。

 しかし、A級にしては貧相というか……俺の目には、リックのB級パーティ“砂漠の狩人”より強そうには見えないんだが。
 もしかしてリックのパーティ、昇格間近か?

 「で、エリオってどれだ?」
 グレイヴィル伯爵は代々騎士を輩出してきた家柄だと言うし、その当主のディールの子なら、剣技に長けていてもおかしくはない。

 「前衛中央の男です」
 アズールの言葉でそちらに目をやると、そこには大柄な焦げ茶の髪の男が、板金鎧プレートアーマー長剣ロングソードで武装して立っていた。
 見た目は騎士っぽい。
 わりと余裕のありそうな表情だ。……出来レースなら、そうなるか。

 やがて睨み合い状態が解け、魔獣たちが前に踏み出す。
 冒険者パーティは王宮を背にして立っているので、魔獣から王宮を守る格好となっている。

 巨大熊がのしのしと無造作に前に踏み出す。牙猪ファングボアがガツガツと蹄を鳴らし、突進の準備を始める。
 牛キメラが頭を下げた。

 黒鋼遊撃隊の射手たちが続けざまに弓を射る。前衛三人がそれぞれに声を上げたり魔獣に挑発するような言葉を吐き、魔獣の注意を引きつける。
 魔術師たちが後ろで魔法の準備をする。

 熊と猪には矢はあまり効かず、掠り傷を負わせるにとどまった。牛には刺さるようで、射手は牛キメラに目標を絞った。

 前衛三人が動き、矢が効かない熊と猪に飛びかかっていく。
 熊に二人、猪に一人。

 「〈火槍/ファイアランス〉!!」
 魔術師が高らかに呪文を唱え、放たれた火炎の槍が猪に飛ぶ。
 巨大牙猪ファングボアが炎に包まれ、突進の足が止まったところに、前衛戦士の戦斧が振り下ろされる。

 熊が怒り、高らかに咆哮した。
 これは、リウスが持ってるのと同じ、威嚇の効果を持つスキルだ。
 パーティーメンバーたちの動きが一瞬止まった。
 熊にはその一瞬で充分だったようだ。
 一気に前衛を蹴散らし、後衛の面々に迫り、その太い前脚の一撃が迫る。
 ……え、出来レース、なのか、これ? ヤバくねえ?

 吹っ飛ばされた前衛、エリオが尻餅をついたまま叫んだ。
 「サモン、獣魔王ベルケエル!!」

 ──え、あいつ召喚士だったのか? なんかちょっと呪文がおかしかったような気もするけど。

 のっそりと、巨大な魔獣が現れた。
 あれ? 今、王宮の方から歩いて出てこなかったか?

 獣魔王は、あの時見た人面の虎の姿だった。ヌエ……いや、マンティコアの亜種か?
 しかし人身体の時には端正だった顔が、怒りの形相に引き攣って、ひどく醜く見える。
 熊よりも一回りは大きい、まさに巨獣だ。

 獣魔王は黒鋼遊撃隊たちの背後に立って、熊と向き合った。
 熊は獣魔王を前にして、居すくまったように動きを止める。
 対峙した巨獣の間で、エリオは勝ち誇ったように声を上げた。
 「獣魔王、獣どもを殺せ!!」

 あー、これが、やりたかったのか。
 獣魔王を監禁して、操り人形に仕立てた意図は。

 今A級なら、これを単独で収めれば、勇者級に昇格するだろう。
 勇者に認定されれば、公爵と同格扱いだと言う。王族との婚姻も認められるんだ。

 善政を敷いていた先代獣魔王を殺して、幼い子の心を踏みにじって、人々を騒がせて、やりたかったことがそれかよ。
 ──ヘドが出るわ。

 獣魔王は咆哮した。さっきの熊の咆哮とは比べものにならない、離れている俺たちですら身がすくむほどの強烈な一声だ。
 仲間のはずの黒鋼遊撃隊たちが一番その影響を受けて、身動きできなくなっている。

 熊が気圧されたか、少し後ずさる。
 獣魔王は剣のように鋭い爪を出した巨大な前脚を横なぎに振り払った。
 その爪は、一息に黒鋼遊撃隊のメンバーたちの命を刈り取った。

 「──え?」
 王都が、静寂に包まれる。
 上下に両断された無残な遺体が、辺りを血に染めながら、ゴロゴロと王宮前に転がった。

 何が起こったのか、よくわかんねえんだけど。

 頭上から悲鳴が降り注いできた。
 ああ、窓から見てた野次馬たちがいたんだっけ。
 ポカンとしたまま、上で泣き叫ぶ人たちの顔を見上げる。
 俺は思い切り自分の両頬を手のひらで打った。

 ──やべえ、呆けてる場合じゃねえ!!
 「みんな、戦闘準備だ!! 来るぞ!」
 アズールがバサリと羽ばたき、人身体に変じて降り立つ。

 オレの肩でリーンが身を震わせながら「ミゥゥ」と唸る。
 「隠れてろ」
 リーンに言ったが、かえってリーンは強くしがみついてきた。
 『僕だって戦える!』
 「無理するな、お前は戦闘向きじゃねえ」
 ますます爪を立ててしがみつくリーンに、おれは苦笑して避難させるのを諦めた。

 『レイチ、僕を喚んで!!』
 ヴィオラが念話で叫ぶ。
 喚びたいけど、それどころじゃなかった。

 王宮前で泣き叫んでるおっさんの姿がふと目に入った。
 「エリオ、エリオぉ!! なぜだギレス! なぜだ、全く言うことを聞かないじゃないか!!!!」
 股を濡らして、鼻水垂らして、ひどいありさまだ。
 あれ、グレイヴィル伯爵か。ディール・サイードって言ったっけ。初めて見たわ。

 傍らにいるおっさんも取り乱していた。グレイヴィル伯爵に揺さぶられながら「ベルケエル! 命令だ、下がれ!!」と鼻水垂らして泣きながらわめいている。

 グオオオオオン!!!!
 獣魔王が咆哮する。
 建物の壁がビリビリと震える程の声に、何人かが腰を抜かしてへたり込む。

 その声に応えたか、あちこちから新たな魔獣が姿を現した。
 王宮から武装した騎士団が姿を現す。
 王宮前広場は一瞬にして戦場になった。

 広場の端で警戒していた俺たちも否応なしに戦闘の中に放り込まれた。
 俺の前に迫ったのはデカい穴熊だった。アライグマみたいなやつだけど、ぜんっぜん可愛くねえ! ってそんな事言ってる場合じゃねえし!

 ずんぐりしてる見た目のわりにすげえすばしこいから、なかなか剣が当たらない。

 「〈風刃/ウィンドブレード〉」
 アズールが放った魔法で穴熊が両断された。
 「わりい、助かった!」
 「レイチ様は魔法を!」
 アズールに促され、やっと俺は召喚魔法の準備に入った。懐からタクトみたいな小さな杖を取り出し、召喚の魔法陣を地面に描こうとし、ふと広場の様子が目に入る。

 獣魔王は、仁王立ちして魔獣たちが戦うのを……いや、人間たちを食い散らすのを見ている。
 その向こうでコソコソとギレスらが逃げ出すのを見て、ゆらりと身を返した。
 「逃げるか」
 地を這うような声。

 ──クソ、集中できねえ!
 頭を一振りして雑念を払う。そのまま一気に召喚陣を完成させた。

 「〈召喚/サモン:妖魔王ヴィオラ〉!!」

 広場の石畳に描いた魔法陣が光り、そこに溢れる魔力と覇気を纏った妖魔王の姿が──美しい白金髪プラチナブロンドの髪をなびかせ、白皙の美貌に憂いを湛えたヴィオラの姿が現れた。

 「ヴィオラ……」
 ヴィオラは周囲を一瞥し、キリッと歯を鳴らした。
 「ちょっと、これはひどいね」
 ヴィオラは広場の方に歩み出ると、呪文を唱えた。
 「〈妖魔界/デモンワールド〉! 来れる人はみんな来て! あの子たちを止めて!」
 空中に現れた黒い穴から、次々に妖魔たちが姿を現し、広場に散っていく。

 「済まない、ヴィオラ、助かった」
 ヴィオラは静かに首を横に振る。
 「残念だけど、妖魔は戦闘力では獣魔族に負ける。僕は獣魔王を止めなきゃならないけど、妖魔たちだけではこの場を収められない」

 畜生、どうしたらいいんだ。
 思わず歯ぎしりしてうつむいたその時、アズールが言った。
 「レイチ様、光の竜に連絡を取りましょう。あの方もさすがにこの状況を見過ごしはしないでしょう」
 「は? 光の竜? 俺、全然何の契約も結んでな──」
 言いながら念話の送信先一覧を呼び出して、思わず絶句した。

 なんか、すげえズラーーッと覚えのない名前が並んで出てきたんだけど?!
 「え、何これ?! 何で、いつの間にこんな?!?!」
 「そんな事言ってる場合じゃない! レイチ、光の竜に連絡して、誰か寄越させて! 僕は獣魔王を宥めてくる!」
 ヴィオラは身を翻して王宮の方へ飛んでいった。

 俺は、頭の中をハテナマークで埋めながらそのリストをスクロールし、そこに確かに光の竜があるのを確認して、更に巨大なハテナを頭の上に浮かべつつ、半信半疑でその名を呼び出した。
 いや、これ、誰が編集したの?
 ってか、俺以外のやつが勝手に追加できるもんなの?!

 『どうした、そなたは、妖魔王の従者か』 
 聞き覚えのある、艶のある低い声が脳内に響く。これやべえな。
 にしても、従者って……そういう認識なのね。
 なら、従者っぽく振る舞っておくか。

 『すみません、突然呼び立てて。実は──』
 『ああ、妖魔王から事情は聞いている。残念ながら、妖魔王から預かっている風の竜はまだ戦えるほど育っていないのだ。代わりの者を送るゆえ、そなたが召喚するがいい。名は、陽炎竜フレイムドラゴンライエスだ』
 『──は?』
 念話は勝手に切られた。
 え? なに? 陽炎竜フレイムドラゴンライエスって……あのライエス?

 「どうしましたか、レイチ様」
 アズールの声に我に返り、慌てて召喚の準備を始めた。
 予想が当たれば、相当、ヤバい人が送られてくる──。

 急ぎ魔法陣を描き、呪文を唱える。
 「〈召喚/サモン:陽炎竜フレイムドラゴンライエス〉」
 「──ほう」
 アズールが軽く眉を上げる。
 魔法陣が光り、そこから一人の男が現れた。燃えるような赤い髪。真一文字の眉と、金色の強い光を湛える瞳。見上げるような長身に、赤くきらめく鱗鎧スケールメイルと、持ち上げるのすら大変そうなデカい剣。
 見たことはないけど、間違いない。

 「陽炎王ライエス……マジか」
 「これはなかなか、面白いことになってるな。少年、よく頑張ったな、後は任せろ」
 男が、めちゃくちゃイケメンの笑みを湛えてこちらを見た。

 少年じゃねえとか、そんなの考えてる余裕はない。
 マジだ。勇者だ。勇者ライエスだ。
 ……うわぁ、え、マジ? サ、サイン……!

 「うわ、あんたも来たの? 好きね~!」
 聞き覚えのある声が背後から飛んできた。
 振り返る。
 そこにいたのは、懐かしい、ローズさんだった。

 「ローザ、久しぶりだな」
 ライエスが片頬を歪めて笑う。
 「別に会いたかなかったけど、この状況では助かるわ」
 薔薇色の髪を靡かせたローズさんがライエスに並ぶ。
 ……うっわ、勇者ライエスと弓使いローザ!!
 伝説の光景が!!!!

 ふるふると震える俺の前で、二人は「一刻の猶予もならんな、行くぞ!」「オーケイ!」と言い合って、飛び出していった。

 ──で、なんで、俺の〈友好〉リストに、あんな人がいたんだ????
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