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第八十一話 大山猫タビーの独白

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 オレは、脳内に響くその声を追い、北へと駆けていた。

 発情期の声に似ているが、子獣の親を呼ぶ声にも少し似ている。行かなければ、と胸をざわざわさせられる声だ。

 「御子……」
 恐ろしい魔王の姿に変貌させられていたが、その内にはやはり、幼い子獣の心が今も残っているのではないか。その幼獣の心が泣いているのではないか。

 「行かなければ」
 父獣亡き今、オレしかいないのだ。あの痛ましい境遇に置かれた御子を抱きしめてやれるのは。



 声を追ううち、王都まで来てしまった。
 王都は久しぶりだ。
 先代様と何度か訪れたことがある。

 獣魔族は街を作らない。
 人間たちが“肥沃な砂漠ファーティルデザート”と呼んで忌避するその草原、魔獣が跋扈して人間を寄せ付けないその大地こそが、獣魔王が治める獣魔族と魔獣のくになのだ。

 先代獣魔王は洞窟に棲む洞穴虎ケーブタイガーであったので、王城代わりの集落は草原の地下に作られた大洞窟にあった。
 その獣魔族の邑で暮らすのは、まだ魔族になって日が浅い者たちで、獣として暮らしていた彼らが人としての振る舞いを身につけるために、王の元で仕えつつそれを学んでいた。

 王は獣たちから情報を集め、力を持ちすぎて人々の討伐対象になるような魔獣の元に赴き進化させて魔族とし、側に仕えさせることで彼らを守った。

 人としての振る舞いを身に付けた彼らへの試練として、王は時折人里に連れ出し、気付かれないかを試した。
 それは多くはより近いナルファで行われていたが、時には王都まで連れ出すこともあった。
 オレもそうして王と共にこの街を訪れたのだ。

 ふっと懐かしさにとらわれ、そんな事を思い出す。

 幼い御子を連れてきたことは、まだなかった。いつか、人身化を習得した御子をこの街に連れて来ると思っていたのだが。

 小さく頭を振り、そんな雑念を振り払う。
 オレは人身に変化し、暫く使うことのなかった人間としての身分証を確認した

 それは細いチェーンのついた、魔石でコーティングされた小さなプレートであり、そのプレートには先日までリンクスという仮名が記されていた。今はレイチ様からいただいたタビーという名に変更され、それと共にオレが肥沃な砂漠ファーティルデザート近くの獣人の村で生まれた人間の男だということが記されている。
 それをオレは手に持って、王都の街門へと向かった。



 街に入るとさらに呼び声は強くなった。
 声に従い、歩く。途中、御子の声をかき消してレイチ様の念話が届いたが、今は話せないので無視して再び御子の声に意識を戻す。

 やがて、場末の酒場に辿り着いた。
 半地下となっているそこは店でありながらまるで身を隠すようにひっそりとしていて、注意していないと見過ごしてしまう。
 いや、実際に店の入口を隠す〈幻惑〉の魔法がかけられているようだ。この声を追っていなければ、オレも見つけられず通り過ぎていただろう。
 この声を聞けることが、この店に入る資格なのだ。
 オレはためらわず、店に降りる階段を下りた。



 そこは安酒と脂の焦げたニオイ、そして男たちの体臭に満ち、ムッとする空気が充満していた。

 店内に足を踏み入れたオレを男たちの視線が貫く。
 魔族だ。オレが必死に探していた獣魔族が、ここに集まっていた。

 奥には首輪と手枷を付けられた男──御子だ。あの屋敷の地下で拘束されていた御子が、ここでもやはり鎖で繋がった首輪と手枷で拘束されていた。
 しかし鎖はかなり長く取られていて、特に動きを制するものではないようだ。動くたびにじゃらじゃらと音を立て、邪魔くさそうにはしているものの、御子は最奥の席で悠然とグラスを傾けていた。

 ふとまだ小さかった頃を思い出して、胸が痛む。オレの体によじ登ってきたあの頃。成長の過程がすっぽりと抜けている。
 まだそう遠い過去ではない。
 魔物は魔力を与えれば時間をかけず成長できる。が、時間をかけた方が心と体に無理がかからない。
 成獣の体内から取り出した心魔石からのやり直しの成育ならそれでも良いのだが、御子は誕生したてだ。ゆっくり育ててやりたかった。

 「誰かと思えば、お前は大山猫か」
 手にしているのは強い蒸留酒。獣魔族にはあまり好む者はいない。そもそも獣魔族は酒を好まない。この店でも肉を貪る者ばかりで、酒を飲んでいるのは御子であると見られる、この男だけだった。

 父に似た美丈夫だ。漆黒の長い髪に褐色の肌。二ヤルド(百九十センチ)はあろうかという長身は鎧のような筋肉をまとっている。
 眉目も父に似た面差しで男らしく整っているが、表情がひどくやさぐれている。

 「御子……」
 「その呼び方はやめろ、クソ猫。俺に親なんていねえ」
 「そんなことを──」
 「うるせえよ! てめえクセぇんだよ! そりゃなんだ、妖魔のニオイか!」
 吠えるようにそう言って、手にしたグラスの中身を浴びせかけてきた。
 避けられず浴びてしまい、きつい蒸留酒のニオイが立ち込める。

 「何しに来た」
 「御……あなたの呼ぶ声が聞こえた」
 「ふん。仲間になりにきたって言うのか」
 御子──いや、獣魔王の冷たい眼差しに突き刺される。
 「なら、そのニオイを取れよ。妖魔クセぇそのニオイをよ」

 そう言われても、そもそも妖魔のニオイがオレにはわからないから、どうしようもない。
 戸惑って佇んでいると、男は不意に立ち上がり、歩み寄ってきた。
 「それとも、消してほしいのか?」
 そう言ってニヤニヤと品のない笑みを浮かべて近づいてくる。

 嫌な予感に後退ろうと身じろぎしたとき、両腕をそれぞれ、店にいた獣魔族の男に捕らえられてしまった。
 皆ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

 「何をする気だ」
 「そりゃもちろん、俺のニオイでその妖魔の魔力のニオイを消してやろうってんだよ。一番手っ取り早い方法でさ」
 男が──獣魔王が言うなり、背後に迫ったもう一人の男がいきなりオレの穿いた下衣をずり下げた。

 「何をする!」
 「そりゃお前、今言っただろ? 俺の魔力でお前のそのクセぇ妖魔のニオイを消してやろうってんだよ」
 黒い巨人が──御子、獣魔王が眼前に立ち、オレの無様な姿を見下ろす。
 「ほぐせ」
 獣魔王が命じると、背後の男が幾ばくかの後に、油のようなものでぬるついた指をこともあろうにオレの尻に差し込んできた。

 「何をする?!」
 「だから言っただろ? ほぐすんだよ。獣王様のイチモツはデケえからな。そのまんま突っ込むと流血沙汰になる」
 ゲラゲラと男たちが下品な笑声をたてる。

 「やりにくいから膝突けよ」
 そう言って背を押され、両脇の男たちに体を引き下げられ、両手を床につけさせられた。
 男のゴツゴツとした指が、くぽくぽと音をさせながら尻穴を出入りしている。
 気持ち悪い。

 「御子……」
 苦しくて、開放してほしくて、眼の前に立つ黒い男を見上げたがその顔は見えず、腹のあたりまでしか視界に入らなかった。その股間は勃起していた。
 「その呼び方はやめろと言ったはずだ」
 氷の剣のように冷たく尖った声がオレを刺す。
 いきり勃たせたソレと、声音の冷たさのギャップがひどく背筋をゾワゾワとさせる。

 「おい、もっと力抜けよ」
 背後の男がイライラとした声を投げてきて、
 「いつまでもガチガチでちっともほぐれねぇ」と、ブツブツとこぼす。

 「──怖いか、大山猫」
 不意に獣魔王がオレの前に膝を突き、背に手を伸ばしてきた。オレの背をさすり、撫で下ろした手で尻肉を掴んで揉みしだく。
 「妖魔を相手にしたことはないのか?」
 「ないよ……そんなことしない」
 苦しい息の中でそう言うと、獣魔王はふっと笑うように息をつき、「そうか」と一言もらした。

 「お、さすが獣王様、柔らかくなってきましたよ」
 背後の男が喜色を滲ませると、“獣王”は「代われ」と言って男を押しのけてオレの背後に回った。

 オレの中で好き勝手していた指が抜けていき、ホッとする暇もなく別の指が──獣王の、より太く長い指が差し込まれる。
 「はっ……あ……」
 「力を抜け」
 強い囁きが耳朶を食む。

 片手でグポグポと尻をかき回しながら、もう片方の手を前に伸ばしてくる。
 萎えたそれをキュッと握り込むと、撫でるように柔らかな手つきでそれを擦り始めた。
 はじめは揉むように小さく小刻みに。やがて擦りあげるように。
 「……あっ、ぁ……」
 男の慣れた手つきに、思わず反応してしまう。
 「お、勃ってきた!」
 「ひゅう、さすが獣王様!」
 冷やかすような声が飛ぶ。
 「クソッたれ……」
 悔しさに歯ぎしりする。
 「周りは気にするな、俺だけ見てろ」
 熱い吐息を含む声が耳孔に吹き込まれる。

 尻を穿つ指はグチグチと卑猥な音を立てながらそこを押し開き、前を擦る手は激しいピストンで官能を煽り立てる。
 もう、何も考えられない。
 己の股間がたてる卑猥な水音がやけに耳につき、店内の猥雑な空気を遠ざける。

 「──挿れるぞ」
 熱い囁きと共に尻をえぐっていた指が抜けてゆき、代わって熱い肉棒の頭がソコに押し付けられた。
 「あっ……」
 喉が引き攣れて、言葉にならない。

 散々指で蹂躙された後孔は意外なほどあっさりとソレを飲み込んだ。
 痛みはない。自らの先走りで濡らしたかそれとも油を塗ったのか、ソレはやけにぬるぬるとした粘液を纏っていて、気持ち悪いほどするすると侵入してくる。
 ただ、圧迫感がひどい。
 下腹部が下から押し上げられるようだ。
 気持ち悪い。

 「大丈夫か?」
 やけに問う声が優しい。
 なぜだ。お前は、オレを凌辱しているのだろう?
 なぜそんなに優しくするんだ。

 首を横に振る。
 無理。ダメ。気持ち悪い。
 口に出してそう言ったかはわからない。

 獣王は暫くジッとしたまま、前に回した手だけを動かしていた。
 挿入のショックで屹立していたソレは萎えていたが、ジッとしているうちその感触に慣れてくる。
 やわやわと前を揉むように擦る手がやけにエロティックで、うなじに唇を這わされながら動くその手を意識していたら、再びソレが首をもたげてきた。

 ハァ……と、この口をついて吐息がこぼれる。
 それを切欠に、獣王は抽挿を開始した。

 緩やかに引き抜かれ、またそっと押し込まれる。
 辛抱強く、何度もその動きが繰り返される。

 その腰の動きが前を擦る手の動きとリンクして、気持ち悪さが快感に置き換わってくる。

 獣王に擦られるオレ自身が固く張りを増すごとに後ろを穿つ肉杭の律動は早くなり、激しさを増していく。

 いつか、パンパンと肌を打つ音がするほど激しくなり、オレは何やら意味のないことを喚きながら顎をのけ反らせ、達した──ような気がする。

 男が背からオレを強く抱き込み、何度も身を震わせると、そのたびに体内に熱が注ぎ込まれる。
 その熱が体に広がっていくのを感じながら、オレは床に崩れ落ちた。

 男たちがざわめく気配。
 触るな! とそれを制する獣王の声。
 「それは俺のだ。勝手に触れたら殺す」
 冷たい声がやけにくっきりと耳を刺し、やがて意識は暗転した。
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