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第七十五話 魔女の使い魔

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 「なあ、スラサン。こいつに新しい名前をやりたいんだけどさ、なんかいいのないかな? どうも俺には“ヴィオ”ってイメージが強すぎて、どれもピンとこないんだよな」
 俺は新しい使い魔、元ヴィオであるところの黒い猫を前に、悩んでいた。

 「新しい名前ですか? なぜまた?」
 向かい合う俺と黒猫と三角形を成す位置にスラサンが陣取り、俺の言葉に疑問を投げかける。

 「んー。思うに、ヴィオってヴィオラの偽名として考えた名前だろ? それをそのままこいつにつけちまうのは、なんか違うなって思ったんだ。ヴィオラから独立した魔物になった以上、こいつにキチンとした新しい名前をやらないといけないんじゃないかと思って考えてるんだけど、どうも元のイメージがこびりついてなかなかうまいのが思いつかないんだよな」

 俺は朝食後、ヴィオラからスラサンを借りて、昨日からずっと頭を悩ませている問題を相談した。

 これからナルファに出かけるので身支度を整え、このチビ猫を連れ出そうとしていたところなんだが、ナルファではヴィオは小柄な美少年なわけで、こいつを同じ名で呼ぶわけにもいかないのでは、ということに気づいた。
 そんなわけで慌てて考え始めたわけなのだが、黒猫だから○ジとかヤ○トとか、チョコレートっぽい配色だからショコラとか、そんなあからさまにペットの名前くさいのしか出てこなくて困り果ててる。
 そこで、困った時のスラサン頼みとばかりにスラサンを召喚したわけなのだ。サモナースキルの無駄遣いこの上なしだが、許せ。

 「ふむ。確かにマスターのおっしゃる通りです。この方は新しく誕生した魔物なのだから、新しい名前が必要です。ならば、私スラッシュサンダーがお力になりましょう」
 「助かる!」
 思わず両手を合わせて拝んだ。ほんとにこういう時に頼りになるんだ、このわらび餅は。

 「イメージは、夜明けなんだ。ほら、全身黒くて目が藤色でポイントカラーが金色だろ? 夜明けの配色だからその辺のカッコいいのをつけてやりたいんだけどさ……」
 「ニィ!」
 元ヴィオ現在名無しの子猫は嬉しそうに尻尾を揺らめかせ、元気に一声鳴いた。多分、頑張れとかイイネ! とか言ってるんだろう。念話も使えるけど、魔力節約のためかあまり多用してこない。

 「夜明けですか。……なら、良いのがあります」
 スラサンはプルンと身を震わせた。
 「おー、何? どんなの?」
 思わず前のめりになる。

 「リーンラトゥルはどうでしょう? これは光の神が闇の神の髪の一本を得て作った最初の神獣の名です。
 双子であり夫婦でもある二柱の子として生まれた地の女神メーヌが闇の神の胎内より生まれ出ずる際、最初にメーヌに光を届けた使者で、額に白い星を頂く黒い獅子だと言われてます。
 神の名そのものをいただくことはできませんが、神獣の名は使っても問題ありません」
 「リーンラトゥル……縮めてリーンか。いいな! それ貰おう!」

 俺は被膜の翼とカギ尻尾を持つ子猫に向き直った。
 「新しい名前はリーンラトゥル。愛称はリーンだ。どうだ?」
 「ニィ~~!」『すごくいい! 嬉しい! ありがとう!』
 子猫は興奮気味に俺の手に頭を擦り付け、そのまま抱え込んでネコキックを始めた。

 あれ? たしかこいつは見た目が猫なだけで、中身は元妖魔のヴィオだったはずだけど……ま、いいか。
 「っつーか、オイ、まあまあ痛いぞ! こら、噛むな!」

 俺の手を相手にネコレスリングを始めた子猫型インプのリーンを引き剥がし、肩の上に追いやる。
 中身も見た目につられて猫化してるな。いや、猫要素があったからこの見た目になったのか?

 「さあ、出かけるぞ。今日はアレスにも会ってこよう」
 問題を一つ解決して、スッキリ気分で立ち上がる。
 「出掛けられますか、マスター。お帰りをお待ちしています」
 ポヨンと伸びるスラサンを抱き上げ、
 「ありがとな、助かったよ、スラサン。〈送還〉の魔法も試させてくれ」
 「はいマスター、お願いします」
 スラサンが俺の両手の上でチマッとまとまって、水晶玉みたいになる。
 「〈送還/センディング〉」
 呪文を唱えると、手の中のスライムが一瞬にして消える。
 「元の場所に戻ったよな? 変なとこ現れたりしてねえ、よな……?」
 初めて試す魔法だから、若干自信がないが、万一壁の中に送ってしまったとしても、スラサンなら自力脱出できるからな。うん。

 『マスター、リーン殿のステータスを作成しておきましたので、お時間のある時にご確認をお願いします』
 スラサンの念話が飛んできた。良かった、失敗してなかったみたいだ。
 そして、つくづく彼は有能だ。もうリーンのステータスを作ったって! 見るだろ、そりゃ!

 「なんだろ、こういうのってさ、強い奴より、まだこれから成長するっていう奴の方が見てて楽しいよな。俺だけかな」
 ウキウキとステータスウィンドウを呼び出す。

 正直、シルキオンのステータスとか見るとすげえなって思うけど、もう俺が指示して戦わせるってレベルじゃないせいか、見ても他人事みたいに「ほぇ~……」としか思わねえんだよな。

 その点こっちは、俺にずっとくっついてるわけで、もう俺のスキルみたいなもんだ。そりゃテンションも上がるよな!

※※※

リーンラトゥル
種族 インプ
従魔 主/レイチ・トモリ
妖魔王の眷属 忠誠/ヴィオラ

魔力値 159

種族スキル(インプ)
〈睡眠/スリープ〉
〈魅了/チャーム〉
〈誘惑/セダクション〉
〈幻惑/イリュージョン〉
〈混乱/コンフュージョン〉
〈反転/インバージョン〉
〈飛行/フライ〉

意思疎通/スライム

従魔スキル(主のみ対象)
知識共有
念話
魔力譲渡

※※※

 インプもやっぱり体力値はないんだな。この数字だと、そりゃ念話バンバン使う気にはなれないか。

 淫魔と被ってる魔法もあるけど、後半三つは他の妖魔族にはないな。特に、〈反転〉ってなんだよ?何を反転するんだ?

 悪戯インプの魔法だからな。そりゃ、ひっくり返されて困るものをひっくり返すんだろうけど。

 …………これ、使いようによっては、面白いかもしれねえな。しかしレベルが低ければ、多分コップを逆さにするとかそんなことしかできないんだろうし、レベルを上げるには多くの被害者が──俺ら含め──出る覚悟をしなきゃならない。
 むう。悩ましいな。

 『レイチ』
 リーンが俺に声をかけてくる。
 「ん、どうした?」
 『ヴァス君のステータス見て。僕と一緒だから』
 ん? と見ると、ヴィオ……じゃなくてリーンの首にいつの間にか半透明の首輪がついている。正面に菫色の星形の石がはまった、やけにお洒落な首輪……え、これ、もしかして。
 俺の前でその首輪は勝手にほどけてきて、リーンの前にちんまりと纏まった。その姿は小さいけど間違いなく、ナイトメアスライムのヴァスだ。
 
 「どこにいるのかと思ったら、お前……そんなに小さくなっちまって……」
 『ナイトメアスライムは姿をある程度自由に変えられるから、大丈夫』
 「あ、そう……」

 ヴィオラは、ヴィオがずっと怖かったと言っていた。インプになっても素っ気ないように見える。
 あいつは魔王だからな。妖魔族の魔物はみんな家族で子どもみたいなもんなんだ。だから、たとえ自身の魔力を分けた実子みたいな存在でも、特別扱いはできない。
 けど、こうして、自分で育てたスライムをつけてやるくらいには、気にかけてるんだな。

 『ヴァス君は、僕の友だち。ずっと一緒だから!』
 ニ! と子猫がドヤ顔で胸を反らす。
 「そうか、ずっと一緒か。それは良かった。じゃ、ヴァスのステータスも見せてもらうよ」
 ヴァスのステータスボードを呼び出した。

※※※

ヴァス
種族 ナイトメアスライム
魔王の眷属 忠誠/ヴィオラ

魔力値 152

種族スキル(スライム)
物理攻撃不能
情報共有

種族スキル(ナイトメアスライム)
〈治癒力上昇/インクリースヒーリングパワー〉 レベル2
〈睡眠/スリープ〉 レベル3
〈幻惑/イリュージョン〉 レベル2
〈擬態/ミミクリー〉 レベル3
〈催淫粘液/アフロディジアックミューカス〉 レベル3
〈夢の窓/ドリームウィンドウ〉 レベル2

※※※

 ちょっと、真顔になった。いや、これ、まあまあすげえスキルだぞ?

 ヴァスがヴィオの姿になったのは、この(擬態〉だな。
 〈治癒力上昇〉も持ってる。アラサーの俺を十歳も若返らせた、ヤバい魔法だ。
 〈催淫粘液〉とかも、ヤベえだろ。小瓶に取って売れば一財産できそうな気がするが……いや。いかん。

 そもそも、ヴァスは俺の従魔じゃない。そこは徹底してる。ヴァスはあくまでも淫魔のパートナーなんだ。人間は餌であって、決して主人にはならない。
 この能力を見ると、それも頷ける。これは、絶対に人間に与えてはいけない魔物だ。
 まあ、自分のパートナーと引き離された時点で、この繊細な魔物は恐らく溶解してしまうだろう。

 魔力値がスライムにしてはかなり高い。インプのリーンに引けを取らないくらいある。魔物の格としては同格なのかもしれないな。

 「友だち、か」
 ヴィオラにとってのヴァスはペットだった。リーンにとっては、同じレベルで付き合う友なわけだ。

 「おっと、時間を食っちまった。早く行かねえと!」
 ヴァスはまたリーンの首輪に擬態して収まり、リーンは俺の肩に乗る。

 俺はあたふたと妖魔城を飛び出した。
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