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第七十一話 アズールの手記

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 私は報告会が終了した後、一人情報を整理していた。

 ヴィオ様の得た情報は、レイチ様の魔法〈知識共有〉で速やかに伝えられている。言葉を介さず知識をそのままやり取りできるので、報告者の主観が入ることなく見聞きした情報をそのまま受け取れるのは、非常にありがたい。

 正直私は、人間の従魔になるなど真っ平御免だし、その考えは今も変わらない。もしもヴィオラ様が契約した主でなければ、レイチ様と契約するなど考えもしなかっただろうと思う。

 しかし、レイチ様は“情報”の捉え方が、普通の人間とは少しばかり違うようだ。
 情報は鮮度が命だということをよく知っている。そのため、進化して得たスキルの多くを情報共有と通信のために割いている。レイチ様を“情報の魔女”と呼んでもいいと思うくらいだ。
 私は自身を情報の妖魔だと自認している。その私にとって非常に得難い主だと、今は引き合わせてくださったヴィオラ様に感謝しているのだ。

 おかげで私の知識は何倍にも増大した。とりわけ、ワイズスライムのスラサンからもたらされた知識は得難いものであった。あの小さな体に莫大な知識が──このメーヌス大陸全ての歴史と魔法、生き物のデータが詰まっている。それをいつでも自由に利用してかまわないと、かのワイズスライムの主たるヴィオラ様はおっしゃった。その時の私の興奮がいかばかりであったか、わかるだろうか。
 “魔王の至宝”・ワイズスライムの共有を許されたも同様なのだから。そして、それを可能としてくれたレイチ様に私は深く感謝している。

 さて、そのレイチ様が先の潜入で得た情報とヴィオ様が捕らわれていた中で得た情報、そして王都で王宮魔術師として潜入しているアッシュとサファイアから得た情報をまとめると以下のようになる。

 まず、なんと言っても魔術師ギレスの正体だ。我々は彼奴あやつを幽鬼に取り憑かれたものと推察していたのだが、ヴィオ様のもたらした情報でそうではない可能性が浮上してきた。
 もし幽鬼に生者が乗っ取られたなら、幽鬼の記憶と肉体の持ち主の魂の記憶が読めるはずだ。しかしヴィオ様は「中身がない」と言われた。仮に、肉体が既に死しており幽鬼がヴィオ様の読心を弾いたのなら、ヴィオ様は「中身がない」ではなく「弾かれた」などと表現するはずだ。
 スラサン殿が奴らの操る寄生スライムの記憶を読んだ際、「空っぽ」と表現されていたそうだが、ギレスがそのスライムに寄生されている可能性はないだろう。彼奴はむしろ仕掛け人のはずだからだ。そう考えると、彼奴は魂の一部を別の場所に置いている可能性が高い。
 心魔石を肉体から分けて保管する秘術の噂は聞いたことがある。その場合、肉体はただの操り人形で、その記憶を読んだ場合にはなにもない「空っぽ」になるだろう。
 が、ギレスの場合は、ある程度の情報はあった。深い記憶がなかっただけなのだ。心魔石を丸ごとではなく、分割して保管する術は聞いたことがない。
 この点については、さらに調査が必要だ。本体の在処をいかにして探るか。なにせ彼奴は対幻魔結界に籠もったきり、ほとんど出てこないのだ。今のところ、奴に関する情報源はヴィオ様が魅了した獣魔族と鼠や蝙蝠どもだけなのが歯がゆい。魔獣では心が読めぬ。

 そして、あの屋敷の主であるグレイヴィル伯爵について。
 グレイヴィル伯爵は普段は王都で第三騎士団長を務めつつ、領地の運営をしているようだが、グレイヴィル伯爵領はほとんどが森林で街道も通っていない。もとは管理者の居なかった土地だ。
 領民は狩猟で生計を立てる猟師の村が幾つかあるだけで、税収はほとんどないに等しい。収入のほとんどは冒険者に依頼して狩らせる魔獣の素材の取引で得ていたようだ。
 ということは、本来ならここ最近の魔獣の減少でそれなりのダメージを受けていておかしくない。にも関わらず、グレイヴィル伯爵、ディール・サイードは最近羽振りがよかったらしい。伯爵家主催の狩猟イベントはお茶会などと同じく、全て主催者持ちだ。イベントの中で商品の取引をとりまとめたりすることはあっただろうが、イベントそのものの費用を超えることはなかったはずだ。しかし、その狩猟イベントを伯爵はここ最近、頻繁に行っていたという。

 もしかするとその狩猟イベントとも関わりがあるかもしれないが、アッシュが王宮の侍女たちから聞き込んだ噂話では、今、王都の貴族たちの間に怪しい薬が出回っているという。なんでも、意中の人を思いのままに動かすことができる薬だそうだ。ある貴族の夫人は、横暴な自分の夫に使用したらそれ以来夫人の言うなりになり、今では夫人が全ての実権を握っている、という話だ。しかし閨の誘いが一切なくなり、退屈の余りアッシュに火遊びを持ちかけたというオチもついているが。
 これは、薬ではなく、あのスライムではないのか? だとすると、狩猟イベントはその薬の取引の隠れ蓑で、すでに例のスライムは王宮内に撒かれてしまっている可能性がある。
 アッシュとサファイアの両名には引き続き王宮内の人物、とりわけ王族とそれに近しい立場の者に異変がないかどうかの調査を指示した。

 そして、グレイヴィル伯爵が所有する湖畔の別荘には何人かの獣魔族がいたという話であり、レイチ様の情報では地下牢に獣魔王も幽閉されていたそうだ。
 ヴィオ様の情報では獣魔族たちは洗脳されていたらしいが、ヴィオ様が魅了を上書きし、虜にしたという。獣魔族たちの洗脳は解かれたわけではないのでこれまで通りギレスの指示に従うが、ヴィオ様の指示とぶつかり合った時にはヴィオ様を優先するはずだという。さすがヴィオラ様の分身体、優秀な働きぶりだ。

 王宮内に人を操り人形にするスライムを撒き、イベントで貴族や冒険者を集め、その一方で屋敷に魔獣の王を監禁する。グレイヴィル伯爵の、その意図は。

 全ての情報を統合した結果、どうやら私には透けて見えてきたように思える。


※※※

ギレス
種族 邪術師ウォーロック
性別 男

職業 魔術師 レベル推定6

体力値 487
魔力値 1364

職業スキル(魔術師)
火属性魔法 レベル6(推定)
水属性魔法 レベル5 〃
風属性魔法 レベル5 〃
地属性魔法 レベル6 〃
治癒魔法  レベル3 〃
死霊魔法  レベル6 〃
精神魔法  レベル4 〃
時空間魔法 レベル4 〃
無属性魔法 レベル5 〃

※※※
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