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第六十七話 ヴィオ救出作戦
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俺たちは再び妖魔城に戻り、場所を食堂から会議室に移して情報の整理と精査、そして作戦の立案を始める。
思わぬ珍客で中断したが、大山猫タビーのもたらした情報はかなりありがたいものだった。
評判が悪いという獣魔王はさらわれた先代獣魔王の子で、恐らく操られている。
そして、獣魔王の子をさらっただけで、他の魔獣たちには関心を示していなかった様子を伝え聞く限り、連中の目当ては魔王の力だけで、獣魔族を統べる意志はないのだろう。
そこから判断する限り、悪役なのは魔術師だ。
それと、根城になっているという屋敷の持ち主、グレイヴィル伯爵は黒幕なのか、魔術師に利用されてるだけか。
「グレイヴィル伯爵の情報ってねえか?」
俺はヴィオラとその向こう側に控えている妖魔──名をアズールという、紺色の髪の男妖魔で、ヴィオラの側近的な立場についている──に尋ねた。
身の回りの世話を主にするライムやココアとは違い、アズールは情報処理などの担当であるらしい。ヴィオラを筆頭にチャラ男系が多い妖魔の中では、珍しくインテリクール系だ。妖魔には淫魔の気の強いのと夢魔の気の強いのと二通りのタイプがいるけど、アズールは明らかに夢魔のタイプだ。
「グレイヴィル伯爵についての情報を述べます」
アズールが淡々と語り出す。
「グレイヴィル伯爵であるサイード家はカシールでは比較的新興の家柄で、もともとは騎士の家柄でしたが、魔獣討伐などで功績を上げ、その報償として爵位を上げて来たという来歴があります。そのため、狩猟や魔獣討伐には熱心で、当主になる者は必ず騎士として叙任を受けなければならないという決まりがありました。ところが、その騎士としての任務中に時期当主で一人息子であった令息イルファン・サイードが事故で命を落としてしまい、後を継げる男子がいなくなってしまいました。そのため長女セシリーの婿に当主として後を継がせることにし、今のグレイヴィル伯爵と引き合わせましたが、まもなく当時の当主であった先代グレイヴィル伯爵が病を得て急逝してしまいます。それから程なくして結婚したばかりのセシリーも病で亡くなり、まだ子をなしていなかったためにグレイヴィル伯爵家の血は絶えてしまいました。現在の伯爵はカシールの属国にあたるレガタス公国の子爵家の出で、実はレガタス公と子爵令嬢であった侍女との間にできた庶子だと言われています。名をディールと言い、子爵令嬢だった母の家に引き取られ、子爵家令息として育てられましたが、元々の血筋もあり、幼い頃から将来は公国外の貴族家に婿入りさせると決められていたようです。亡くなった夫人であるセシリーとは伯爵家主催の狩猟イベントで知り合い、長い交際を重ねていたそうです。剣術に長け、元々伯爵家で行っていた狩猟イベントはさらに熱心に行うようになり、現在、伯爵家には常に何人もの貴族、そして冒険者も出入りしています──」
立て板に水。すげえわ、妖魔の情報収集力。実体のない魔物でしかも人の頭を覗けるんだから、本気になりゃこんな情報はチョロいよな。
で、まとめると、今のグレイヴィル伯爵家の当主ディールは伯爵家を継ぐためにレガタス公国から婿入りしたんだが、これが来た途端に義父が死に、妻も死んでいる。
さらに、ディールはレガタス公の庶子だという噂もある、というとこか。
「限りなく臭え野郎ってわけだな」
「すっごいざっくりまとめたね」
ヴィオラが笑い混じりに突っ込む。
「ま、今は怪しいヤツだってことだけわかりゃいいだろ」
そう言うと、アズールが深々と溜め息をついた。
「せっかくの調査が、そんなに無造作に丸めて切り捨てられると、虚しくなりますね」
「切り捨ててねえぞ。後で見返すだろうから、書面で貰えるとありがたいな」
「書面ですか。記憶魔石でもよろしいですか?」
アズールの言葉に俺が答えようとすると、ヴィオラが言葉を挟んだ。
「大丈夫、スラサンが記憶してくれたから、知識共有で呼び出せるよ」
「はい、いつでもお申し付けください!」
「おお、助かる!」
そうか、スラサンが同席してれば、会議の議事録作成をしてもらえるんだな。ありがたい、さすが有能社員スラサンだ。
そのやり取りを聞いて、アズールがピクリと反応する。
「知識共有? そんなスキルがあるのですか?」
「ああ、これね、魔物使い固有のスキルなんだ。テイマーと従魔の間で知識をやり取りするスキルで、もともとは言葉の喋れない魔物の知識や技能を知るためのスキルなんだよ。
僕らは言葉がわかるし、あとスラサンがいるからもっと色々なことができるよ。
レイチはスラサンの能力を利用して、各人の能力をフォーマット化して客観的に把握できるようにしたりもしてしてるし」
「各人の能力をフォーマット化?! ……それは、私にも閲覧できるのですか?」
「レイチと従魔契約をすれば見られるよ」
アズールはうつむいて暫し黙り込んだ。
「レイチ様、後ほどで構いません、私と従魔契約を結んでいただけますでしょうか。ヴィオラ様やスラサン殿と情報共有ができるスキルを使用できるのであれば、情報処理担当としては見逃せません」
「お、おお。いいけど」
突然、自ら従魔入り志願にややキョドりつつ頷く。
アズールって結構古い妖魔じゃなかったか? ローズさんと同じくらいか、ヘタするともっと上だったはずだぞ。見た目では全然わからないけど。
「アズールが従魔入りするとなると、他の妖魔たちもみんな志願してきそうだね。アズール、とりまとめ頼める?」
「はい、わかりました」
アズールはなんでもなさそうに頷く。
けど、待て。とりまとめってなに? 妖魔全員従魔入り? 待て待て、それはさすがに俺の魔力が──
「アズールにとりまとめてもらって契約すれば、魔力も一括で済むから節約できるよ。ライム、ココア、アッシュもアズール傘下で再契約させよう」
「はい、では三者にそのように伝えます」
「頼む」
俺がポカンとしてる間に、妖魔族全員? が俺の従魔入りすることが決まってしまったようだ。
いや、待て。“志願してきた妖魔全員”だ。ってことは、アズール&三妖魔だけで済む可能性もあるんだよな?
よし、大丈夫。俺がいきなり妖魔族の重鎮入りする可能性はまだ決定じゃない。
軽い現実逃避で心を落ち着かせている間に会議は先へ進んでいた。
「グレイヴィル伯爵の別邸はナルファと王都の間にある大森林の中程にある、ルベリー湖の湖畔にあります。対幻魔結界が敷いてあり、屋敷内部の調査はできませんでした。庭には数匹の闇狗が放たれているようです」
「闇狗か。なら、シルキオンで対処できるよね?」
「ああ、問題ない」
アズールの報告を聞きヴィオラがリウスに話をふると、リウスは鷹揚に頷く。
「ヴィオラ、俺、魔物使いなんだけど」
「……行くの?」
ヴィオラが嫌そうに顔をしかめる。
「行くよ! だってヴィオの救出だろ? 俺を助けるために捕まったのに、俺が行かなくてどうするんだよ!」
「レイチ自身が行かなくても、レイチは妖魔たちの連絡役で待機していてくれればいいし……」
「対幻魔結界が敷かれてるんだろ? それって実体のない、妖魔とか死霊系の奴らを弾くんなら、妖魔は行かれないんじゃないのか?」
「結界を解いてしまえばいいでしょ?」
「大事になるだろ。俺とシルキオンで行けば結界を解く必要もないし、ヴィオは俺の中に戻れるんだから出るときもスムーズに済む。俺が行くのが一番穏便に話を運べると思うんだが?」
ヴィオラは暫くしかめっ面で黙り込んでいたが、やがて根負けしたように溜め息をついた。
「……わかったよ。実行部隊はレイチとシルキオンで」
俺は机の下でグッと拳を握った。
あの時と同じメンバー。やり直しだ。今度こそ完璧にこなして、アイツらの鼻を明かしてやる。
「屋敷の内部ですが、鼠たちが潜入して調査してきています。大まかな見取り図を作成したので、〈知識共有〉で送ります。鼠の報告なので、かなり曖昧ですが」
続いて口を開いたのはキオだ。鼠や蝙蝠はどうやら魔獣つながりで、シルキオンがとりまとめているらしい。
「いや、充分だよ。──地下室があるんだね?」
「はい。鼠によると、人型の魔物が一人いたという話です。が、二人いたとか三人だったとか言っているものもいます」
「増えたり減ったりしている?」
ヴィオラが眉をひそめる。
息の止まるような思いがした。それってつまり──
「恐らく、監禁されている者が一名おり、そこを訪れるものがいるのでしょう」
アズールがそう推測を述べる。
そう、なんだろう。
あいつは生きている。そして、もしかしたら、連中の慰み者になっているんじゃ……。
「大丈夫だよ、レイチ。彼は分身体だ。耐え難いと思えば消滅する。そうすれば彼に与えたスキルが僕に戻ってくるんだ。だけど現在、そうはなっていない。ヴィオが今も存在している証拠だ」
「洗脳されてる可能性もあるんじゃないのか?」
「淫魔に薬は効かないし、やるとすれば催淫だろうけど、専門家の淫魔に催淫返しはなかなかレベルを要求されるはずだけどね」
「茶化すなよ! 不可能じゃないんだろう?」
ヴィオラが微かに浮かべた笑いに苛ついて、思わず声を荒げる。
「レイチ、落ち着いて。魔法なら解けばいい。記憶は消せる。存在さえしていれば問題なく回復できるんだ」
「そんな簡単に……」
「そう考えるしかないだろう? 彼は淫魔なんだよ。僕から存在を分けた今、魔王種でもない。本来なら救出対象にはならないんだ。けれど、彼が重大な情報を得た可能性があるから、僕ら妖魔族がこぞって動いている。レイチ、君が彼を想って感情を揺らすのは理解できるし、嬉しくもあるんだけど、今は抑えてほしい」
「────」
俺は大きく息をついた。
確かに、ここで俺が興奮して息巻いても、話は何も進まない。たとえどんなことになっていようと、回復させられる、そのことを今は喜ぶべきなんだろう。頭ではわかっているが、ついつい嫌な考えたくない光景を思い浮かべそうになってしまう。
もう、自分に〈鎮静〉をかけてしまおうか。
「悪かった。話を進めてくれ」
無理やりに自分を落ち着かせてようやくの思いでそう口にすると、ヴィオラは黙って微笑み、俺の手を握った。
「地下室には幻魔ではない三名、もしかしたら獣魔族がもう一人加わるかもしれないが、いずれにせよ結界の影響を受けない者で向かうから、問題なのは現地にどれだけの戦力が控えているかだな。その辺はわかる?」
「はい。グレイヴィル伯爵はこちらの屋敷にはほとんど来ないようです。逆に魔術師はこの屋敷にずっといるそうです。そのほかは人間が何人かいて、魔族も少しいるそうです」
キオの答えにヴィオラは柔らかく苦笑した。
「鼠の報告だから、やっぱり数はわからないか。魔術師をどうにかして外に出せないかな」
「アッシュを使って、王宮から召還させるように手を回しましょうか」
アズールがそう提案してくる。
「そうできれば助かるね。あとでアッシュに念話を送ろう。アズール、レイチと契約するなら、その辺の話も頼める?」
「はい、わかりました」
「できるだけ早急に頼む。今夜にも緊急召集って形にできるとありがたい」
「最善を尽くします」
「ああ、頼む。日を置くとレイチが暴れ出しそうだ」
ヴィオラがこちらにちらりと視線をくれて苦笑する。まるで野生の獣みたいな言われようだが、さっきの自分の行いを思えば反論の余地もない。
「では私はアッシュと連絡を取ります。さし当たって、レイチ様、従魔契約をお願いします。念話や知識共有が必要になるかと思いますので」
アズールに催促され、俺は席を立ち、膝をつく彼の前に立つ。
額に手を当て、呪文を唱える。
「〈従魔契約/ファミリアコントラクト〉」
さすが大妖魔、本人志願の無抵抗なのになかなか魔法が浸透しない。レベル4でやっと契約が成立した。
「これで、遠距離念話も知識共有もできるんですね!」
アズールがなんだか嬉しそうに言って、魔術師をおびき出す手配のために一足先に退室していった。
「アズールは人の秘密を知るのが大好きなんだよ。きっと、ステータスの閲覧がしたくて契約したんじゃないかな」
ヴィオラが小さく笑う。
「なら、私は皆様の最新のステータスをまとめておきましょう」
スラサンが体をプルンと一つ弾ませる。
「アズールはやると言ったらやる。今夜決行できると見ていい。詳細を詰めよう」
ヴィオラがそう言って、皆を見渡した。
思わぬ珍客で中断したが、大山猫タビーのもたらした情報はかなりありがたいものだった。
評判が悪いという獣魔王はさらわれた先代獣魔王の子で、恐らく操られている。
そして、獣魔王の子をさらっただけで、他の魔獣たちには関心を示していなかった様子を伝え聞く限り、連中の目当ては魔王の力だけで、獣魔族を統べる意志はないのだろう。
そこから判断する限り、悪役なのは魔術師だ。
それと、根城になっているという屋敷の持ち主、グレイヴィル伯爵は黒幕なのか、魔術師に利用されてるだけか。
「グレイヴィル伯爵の情報ってねえか?」
俺はヴィオラとその向こう側に控えている妖魔──名をアズールという、紺色の髪の男妖魔で、ヴィオラの側近的な立場についている──に尋ねた。
身の回りの世話を主にするライムやココアとは違い、アズールは情報処理などの担当であるらしい。ヴィオラを筆頭にチャラ男系が多い妖魔の中では、珍しくインテリクール系だ。妖魔には淫魔の気の強いのと夢魔の気の強いのと二通りのタイプがいるけど、アズールは明らかに夢魔のタイプだ。
「グレイヴィル伯爵についての情報を述べます」
アズールが淡々と語り出す。
「グレイヴィル伯爵であるサイード家はカシールでは比較的新興の家柄で、もともとは騎士の家柄でしたが、魔獣討伐などで功績を上げ、その報償として爵位を上げて来たという来歴があります。そのため、狩猟や魔獣討伐には熱心で、当主になる者は必ず騎士として叙任を受けなければならないという決まりがありました。ところが、その騎士としての任務中に時期当主で一人息子であった令息イルファン・サイードが事故で命を落としてしまい、後を継げる男子がいなくなってしまいました。そのため長女セシリーの婿に当主として後を継がせることにし、今のグレイヴィル伯爵と引き合わせましたが、まもなく当時の当主であった先代グレイヴィル伯爵が病を得て急逝してしまいます。それから程なくして結婚したばかりのセシリーも病で亡くなり、まだ子をなしていなかったためにグレイヴィル伯爵家の血は絶えてしまいました。現在の伯爵はカシールの属国にあたるレガタス公国の子爵家の出で、実はレガタス公と子爵令嬢であった侍女との間にできた庶子だと言われています。名をディールと言い、子爵令嬢だった母の家に引き取られ、子爵家令息として育てられましたが、元々の血筋もあり、幼い頃から将来は公国外の貴族家に婿入りさせると決められていたようです。亡くなった夫人であるセシリーとは伯爵家主催の狩猟イベントで知り合い、長い交際を重ねていたそうです。剣術に長け、元々伯爵家で行っていた狩猟イベントはさらに熱心に行うようになり、現在、伯爵家には常に何人もの貴族、そして冒険者も出入りしています──」
立て板に水。すげえわ、妖魔の情報収集力。実体のない魔物でしかも人の頭を覗けるんだから、本気になりゃこんな情報はチョロいよな。
で、まとめると、今のグレイヴィル伯爵家の当主ディールは伯爵家を継ぐためにレガタス公国から婿入りしたんだが、これが来た途端に義父が死に、妻も死んでいる。
さらに、ディールはレガタス公の庶子だという噂もある、というとこか。
「限りなく臭え野郎ってわけだな」
「すっごいざっくりまとめたね」
ヴィオラが笑い混じりに突っ込む。
「ま、今は怪しいヤツだってことだけわかりゃいいだろ」
そう言うと、アズールが深々と溜め息をついた。
「せっかくの調査が、そんなに無造作に丸めて切り捨てられると、虚しくなりますね」
「切り捨ててねえぞ。後で見返すだろうから、書面で貰えるとありがたいな」
「書面ですか。記憶魔石でもよろしいですか?」
アズールの言葉に俺が答えようとすると、ヴィオラが言葉を挟んだ。
「大丈夫、スラサンが記憶してくれたから、知識共有で呼び出せるよ」
「はい、いつでもお申し付けください!」
「おお、助かる!」
そうか、スラサンが同席してれば、会議の議事録作成をしてもらえるんだな。ありがたい、さすが有能社員スラサンだ。
そのやり取りを聞いて、アズールがピクリと反応する。
「知識共有? そんなスキルがあるのですか?」
「ああ、これね、魔物使い固有のスキルなんだ。テイマーと従魔の間で知識をやり取りするスキルで、もともとは言葉の喋れない魔物の知識や技能を知るためのスキルなんだよ。
僕らは言葉がわかるし、あとスラサンがいるからもっと色々なことができるよ。
レイチはスラサンの能力を利用して、各人の能力をフォーマット化して客観的に把握できるようにしたりもしてしてるし」
「各人の能力をフォーマット化?! ……それは、私にも閲覧できるのですか?」
「レイチと従魔契約をすれば見られるよ」
アズールはうつむいて暫し黙り込んだ。
「レイチ様、後ほどで構いません、私と従魔契約を結んでいただけますでしょうか。ヴィオラ様やスラサン殿と情報共有ができるスキルを使用できるのであれば、情報処理担当としては見逃せません」
「お、おお。いいけど」
突然、自ら従魔入り志願にややキョドりつつ頷く。
アズールって結構古い妖魔じゃなかったか? ローズさんと同じくらいか、ヘタするともっと上だったはずだぞ。見た目では全然わからないけど。
「アズールが従魔入りするとなると、他の妖魔たちもみんな志願してきそうだね。アズール、とりまとめ頼める?」
「はい、わかりました」
アズールはなんでもなさそうに頷く。
けど、待て。とりまとめってなに? 妖魔全員従魔入り? 待て待て、それはさすがに俺の魔力が──
「アズールにとりまとめてもらって契約すれば、魔力も一括で済むから節約できるよ。ライム、ココア、アッシュもアズール傘下で再契約させよう」
「はい、では三者にそのように伝えます」
「頼む」
俺がポカンとしてる間に、妖魔族全員? が俺の従魔入りすることが決まってしまったようだ。
いや、待て。“志願してきた妖魔全員”だ。ってことは、アズール&三妖魔だけで済む可能性もあるんだよな?
よし、大丈夫。俺がいきなり妖魔族の重鎮入りする可能性はまだ決定じゃない。
軽い現実逃避で心を落ち着かせている間に会議は先へ進んでいた。
「グレイヴィル伯爵の別邸はナルファと王都の間にある大森林の中程にある、ルベリー湖の湖畔にあります。対幻魔結界が敷いてあり、屋敷内部の調査はできませんでした。庭には数匹の闇狗が放たれているようです」
「闇狗か。なら、シルキオンで対処できるよね?」
「ああ、問題ない」
アズールの報告を聞きヴィオラがリウスに話をふると、リウスは鷹揚に頷く。
「ヴィオラ、俺、魔物使いなんだけど」
「……行くの?」
ヴィオラが嫌そうに顔をしかめる。
「行くよ! だってヴィオの救出だろ? 俺を助けるために捕まったのに、俺が行かなくてどうするんだよ!」
「レイチ自身が行かなくても、レイチは妖魔たちの連絡役で待機していてくれればいいし……」
「対幻魔結界が敷かれてるんだろ? それって実体のない、妖魔とか死霊系の奴らを弾くんなら、妖魔は行かれないんじゃないのか?」
「結界を解いてしまえばいいでしょ?」
「大事になるだろ。俺とシルキオンで行けば結界を解く必要もないし、ヴィオは俺の中に戻れるんだから出るときもスムーズに済む。俺が行くのが一番穏便に話を運べると思うんだが?」
ヴィオラは暫くしかめっ面で黙り込んでいたが、やがて根負けしたように溜め息をついた。
「……わかったよ。実行部隊はレイチとシルキオンで」
俺は机の下でグッと拳を握った。
あの時と同じメンバー。やり直しだ。今度こそ完璧にこなして、アイツらの鼻を明かしてやる。
「屋敷の内部ですが、鼠たちが潜入して調査してきています。大まかな見取り図を作成したので、〈知識共有〉で送ります。鼠の報告なので、かなり曖昧ですが」
続いて口を開いたのはキオだ。鼠や蝙蝠はどうやら魔獣つながりで、シルキオンがとりまとめているらしい。
「いや、充分だよ。──地下室があるんだね?」
「はい。鼠によると、人型の魔物が一人いたという話です。が、二人いたとか三人だったとか言っているものもいます」
「増えたり減ったりしている?」
ヴィオラが眉をひそめる。
息の止まるような思いがした。それってつまり──
「恐らく、監禁されている者が一名おり、そこを訪れるものがいるのでしょう」
アズールがそう推測を述べる。
そう、なんだろう。
あいつは生きている。そして、もしかしたら、連中の慰み者になっているんじゃ……。
「大丈夫だよ、レイチ。彼は分身体だ。耐え難いと思えば消滅する。そうすれば彼に与えたスキルが僕に戻ってくるんだ。だけど現在、そうはなっていない。ヴィオが今も存在している証拠だ」
「洗脳されてる可能性もあるんじゃないのか?」
「淫魔に薬は効かないし、やるとすれば催淫だろうけど、専門家の淫魔に催淫返しはなかなかレベルを要求されるはずだけどね」
「茶化すなよ! 不可能じゃないんだろう?」
ヴィオラが微かに浮かべた笑いに苛ついて、思わず声を荒げる。
「レイチ、落ち着いて。魔法なら解けばいい。記憶は消せる。存在さえしていれば問題なく回復できるんだ」
「そんな簡単に……」
「そう考えるしかないだろう? 彼は淫魔なんだよ。僕から存在を分けた今、魔王種でもない。本来なら救出対象にはならないんだ。けれど、彼が重大な情報を得た可能性があるから、僕ら妖魔族がこぞって動いている。レイチ、君が彼を想って感情を揺らすのは理解できるし、嬉しくもあるんだけど、今は抑えてほしい」
「────」
俺は大きく息をついた。
確かに、ここで俺が興奮して息巻いても、話は何も進まない。たとえどんなことになっていようと、回復させられる、そのことを今は喜ぶべきなんだろう。頭ではわかっているが、ついつい嫌な考えたくない光景を思い浮かべそうになってしまう。
もう、自分に〈鎮静〉をかけてしまおうか。
「悪かった。話を進めてくれ」
無理やりに自分を落ち着かせてようやくの思いでそう口にすると、ヴィオラは黙って微笑み、俺の手を握った。
「地下室には幻魔ではない三名、もしかしたら獣魔族がもう一人加わるかもしれないが、いずれにせよ結界の影響を受けない者で向かうから、問題なのは現地にどれだけの戦力が控えているかだな。その辺はわかる?」
「はい。グレイヴィル伯爵はこちらの屋敷にはほとんど来ないようです。逆に魔術師はこの屋敷にずっといるそうです。そのほかは人間が何人かいて、魔族も少しいるそうです」
キオの答えにヴィオラは柔らかく苦笑した。
「鼠の報告だから、やっぱり数はわからないか。魔術師をどうにかして外に出せないかな」
「アッシュを使って、王宮から召還させるように手を回しましょうか」
アズールがそう提案してくる。
「そうできれば助かるね。あとでアッシュに念話を送ろう。アズール、レイチと契約するなら、その辺の話も頼める?」
「はい、わかりました」
「できるだけ早急に頼む。今夜にも緊急召集って形にできるとありがたい」
「最善を尽くします」
「ああ、頼む。日を置くとレイチが暴れ出しそうだ」
ヴィオラがこちらにちらりと視線をくれて苦笑する。まるで野生の獣みたいな言われようだが、さっきの自分の行いを思えば反論の余地もない。
「では私はアッシュと連絡を取ります。さし当たって、レイチ様、従魔契約をお願いします。念話や知識共有が必要になるかと思いますので」
アズールに催促され、俺は席を立ち、膝をつく彼の前に立つ。
額に手を当て、呪文を唱える。
「〈従魔契約/ファミリアコントラクト〉」
さすが大妖魔、本人志願の無抵抗なのになかなか魔法が浸透しない。レベル4でやっと契約が成立した。
「これで、遠距離念話も知識共有もできるんですね!」
アズールがなんだか嬉しそうに言って、魔術師をおびき出す手配のために一足先に退室していった。
「アズールは人の秘密を知るのが大好きなんだよ。きっと、ステータスの閲覧がしたくて契約したんじゃないかな」
ヴィオラが小さく笑う。
「なら、私は皆様の最新のステータスをまとめておきましょう」
スラサンが体をプルンと一つ弾ませる。
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ヴィオラがそう言って、皆を見渡した。
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