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第五十七話 獣魔族のダンジョンへ

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 「そう言えば、なんで俺とモーティスを交換しようと思ったんスか?」

 酔った勢いで投げかけたその言葉は、容赦なくそこの空気を変えた。

 デカい仕事を終えて上機嫌で飲んだくれていた男どもがピタッと口をつぐみ、「あー、モーティスな……」と言って顔を見合わせる。

 やべ。
 さすがにやらかしたのを悟って、俺の酔いがちょっと覚めた。

 さて、これをどうカバーするか。
 悩んだ俺はとりあえず、グビリと琥珀色の蒸留酒を飲んだ。

 ここはリックたちの行きつけの酒場。持ち帰ったメーヌワームの素材がかなりの高値で引き取られ、浮かれた面々により只今打ち上げ中だ。

 昨夜の討伐を終えてナルファに戻ると、もう昼過ぎだった。
 リックが酒場で分け前を配分すると言うので、俺もそのままリックパーティの面々と共に彼らの行きつけの酒場に来ていた。

 これがいい酒を揃えてる酒場で、料理も美味いし、その分やや値段も張るけど、それなりの価値はあると思える店だった。さすがB級、行きつけの店もレベルが違う。

 って言うか、アレスパーティは若い奴らが多くて、あまり酒は飲まないんだよな。若い連中は酒よりメシだし、質より量ってなるのはまあ、仕方ないだろう。

 で、美味い酒につい昼間っから杯を重ねてしまい、いい気分で滑らかになった口が、その禁断の質問を投げかけてしまった。

 いや、メンバーの一人が、魔術師が自分一人で大変だって愚痴ってたんだ。本来このパーティの規模なら魔術師は二人いるのが理想で、元々の自分は攻撃的魔術師だから守備的魔術師が欲しい、レイチ来てくんね? などとスカウトしてきた流れでさ。
 モーティスは確かに守備的魔術師だったなーなんて思って、ついペロッと口から出てしまったんだ。

 「モーティス、レベル以上に強い、魔法の使い方の上手い魔術師だったじゃないですか。なんで俺と引き換えようと思ったのか、ずっと疑問だったんスよね」

 こわばった空気をどうしようと考えた俺は、結局そのまま押し切ることにした。
 だって気になるもんは気になるんだ!

 深い溜め息をついて、皆が一様にうなだれた。

 「……どうしても聞きたいか?」
 リックがボソッと言う。

 「あ、別に無理だったらいいんスけど」
 さすがにこれ以上ごり押しするのもな、と思い、別の話題を探した。

 「…………リックさんが、挿れるから。だから逃げられるんだ」
 現在、このパーティ唯一の魔術師であるケネスがボソッと呟く。

 「仕方ねえだろ、勢いでついいっちまったんだから」
 リックもボソボソと言い訳をしている。

 なんだろ、これ、深く聞いたらそのこと、すっげぇ後悔しそうな予感がする。

 その時。
 『マスター、キオです。今、獣魔族の使者が来ました』

 キオからの念話が入る。

 ──救いの天使!
 ってか、何? 獣魔族の使者?

 「すんません、俺、ちょっと小用」
 そう言って、俺は一旦席を抜け出すと、店の外に出る。
 酒場に客用のトイレなんてない。路地に垂れ流しだ。その垂れ流しのものを狙ってスライムがウゾウゾと蠢いている。おかげでニオイはさほどでもないが、路地の危険度は増し増しだ。

 『獣魔族、何て言ってた?』
 『それが、迎えに来たとしか言わなくて。今もそこでずっと待ってるんですけど』
 『は? 今すぐ来いって話なの?』
 『そうみたいです』
 『ちっ、しゃあねえな、すぐ帰るから待ってろ!』
 『はい、お願いします』

 念話を切ると、俺は店に戻ってリックたちに急用が入ったから帰ることを告げた。
 みんな残念がってくれたけど、さっきの話題から逃れられてホッとした顔をしてそうな気もする。

 リックが俺に小金貨を一掴み寄越した。
 「レイチの取り分だ、持ってけ」
 「こんなに、いいんスか?」
 「ああ、稼げたのはレイチのおかげだからな。また一緒に仕事しようぜ!」
 ニッと笑って拳を突き出す。それに自分の拳を当てつつ、俺も笑った。
 「また、是非!」

 店を出ると俺は自身に〈解毒〉の魔法をかけ酔いを飛ばすと、そのまま街門に向かって歩く。
 魔法、便利なんだけど、ちょっと情緒がないよな。
 あっという間に素面に戻ってしまったことを、ちょっと残念に思う。

 “砂漠の狩人”は俺のお得意さんになりそうだな。リックは、要注意キャラっぽいけど。
 モーティスがリックに処女バックバージンを奪われていた可能性に、思わず身震いする。

 モーティス、体育会系ガチムチ揃いの冒険者の中では、魔術師なだけあって割と線の細い、優しげな顔をしたヤツではあったけど……うーむ。

 そんなことをつらつら考えながら街の外に出ると、妖魔のダンジョンに向かって俺は転移した。



 妖魔のダンジョンに戻ると、ノームの店の食堂でやたらデカい大鼠がシチューの材料と思しき生肉やら生野菜やらを積み上げて貪っていた。
 これ、獣魔族の使者?

 ただでさえ大鼠は日本のイエネコくらいあってデカいんだけど、コイツは大型犬サイズだ。

 脇でキオとノーム夫妻が困り顔で佇んでいた。
 リウスは呆れ顔で「コイツにそんな良いもんやる必要ねぇ、その辺の虫でも食わせときゃいいって言ったのによ」とブツクサ言っている。

 「頭の中を探ったけど、ダメだね。コイツは何も知らないよ。本当にただのお使い」
 妖魔界から戻ってきていたヴィオラが肩をすくめて言う。
 「キオから僕にも同時に念話が届いたから、すぐにこっちに来たんだけどね。コイツ馬鹿だから話通じないし、レイチを迎えに来たはずなのにレイチを待たないで僕らを連れて行こうとするし、もう面倒くさいからなんか食べ物でも与えておいたら? って言った結果、こうなってる」
 「なるほど、よくわかった」
 思わず苦笑した。多分、最初はシチューを出したんだろう。あっと言う間に食い尽くされ、未調理の素材をそのまま出すに至ったってとこか。

 「ヴィオラを連れて行こうとしたってことは、行ってもいいってことか?」
 元々はヴィオラが獣魔王と話をすることを望んでいるんだから、ヴィオラが直接話せるならそれに越したことはない。

 「それは考えた。多分コイツが人間の顔の見分けがついてないだけで、僕が行っても現地で拒否される可能性が高そうだけど、行っていいなら現地まで僕も行くよ」
 「そうしてもらえると、俺も心強いよ」
 さすがに獣魔王が相手となると、俺だけでは心もとない。その場にいられなくても、すぐ近くにいるんだと思うだけでもちょっと安心できる気がする。
 ヴィオラは俺の肩をグッと抱き寄せてくれた。

 「よし、じゃ、行くか……って、あいつまだ食ってるのか」
 大鼠のほうを見やり、俺は呆れてため息をついた。
 積み上げた食い物の山が低くなるとノームの奥さんがせっせと新しい食材を追加するから、わんこそば状態であの野郎、延々食いっぱなしなんだ。

 ん? アイツ、さっきより微妙にデカくなってね?
 まさか、食えば食っただけデカくなるってやつか?

 「キオ。あの鼠、最初からあのサイズだったか?」
 「……いえ、最初は、ふつうの大鼠より一回り大きいくらいのサイズでした」
 「だぁー!! 終いだ終い! いつまで食ってやがる! 人んちの食料庫を空にする気か!」
 しまった! 魔物すぐ成長する法則はここでも生きてた!

 「〈岩作成/クリエイトロック〉」
 ヴィオラが巨大鼠に近寄るとそう呪文を唱え、鼠の前に積み上げられた食料を一塊の岩に変えてしまった。
 鼠が怒って毛を逆立てながら声をあげ、ヴィオラに対戦姿勢をとる。
 おーおー、魔王相手に鼠が喧嘩売るとか、見上げた根性だね。単なる食い意地か。

 「ほら、いつまでも意地汚く食べてないで、行くから案内しなよ」
 ヴィオラが鼠の尻をつま先でちょいとつつく。

 鼠は大げさに飛び上がり、文句を垂れた。
 「痛い! 痛い! 蹴るとはなんてヤツだ!」
 「そんなブヨブヨと脂の乗った尻してるくせに随分ビンカンなんだね。このダンジョン、闇狗ダークドッグだらけだから、いつまでもここでそんなムチムチの身体晒してると、そろそろ犬たちがニオイ嗅ぎつけて、ヨダレ垂らして狩りに来ちゃうかもね」
 「──!!」
 ヂュウ!! と声を上げて飛び上がりながら、鼠はあたふたとダンジョンを出て行った。

 あんなデカいなりしてても、犬は怖いんだな。
 デカいからこそ、かな? あのくらいデカいと、犬たちみんなで食ってもそこそこの腹の足しになるだろうし。

 「おし、リウス、キオ、行くぞ!」
 「はい、レイチ様!」
 「いつでもいいぞ」
 俺が声をかけると二人は何も持たない手ぶらでダンジョンを出てきた。もともと犬だから、人間の道具なんて持たされても使い方わからないだろうしな。
 この道中でできるだけ教えてやるか。
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